第179話 工場見学2
貯蔵庫の中に入って気がついたのだが、この部屋は今まで通ってきた通路と違ってかなり静かだ。
通路や従業員休憩室には空調やモーターやエンジンの音が遠くから聞こえていた。いわゆる自然な雑音だ。
だがこの材料貯蔵庫にはその音がほとんど存在しない。俺達の息遣いや足音が妙に響いているが、今までたくさん湧いていたドローンや警備ロボットの類は一切いない。
警備も音もなさすぎて逆に不安になる。
「……妙だな、あまりにも物音がなさすぎる」
「防音室かなにかなのか?」
「防音で保管しないといけないものって何だろうな、思いつかねえや」
防音で保管するものというものが思いつかない。ニトログリセリンのような、僅かな衝撃でも爆発するような危険物だろうか。なら、従業員、もしくは刑務作業者のためにその注意書きがあってしかるべきだ。
それに、こんな間隔を開けて置くのもなんか違う気がする。もっと厳重に保管されているべきだろう。
それに、まだ刑務作業者も発見したことがない。俺は棚に何か現地語で数字が書いてあるのを見つけた。
『2962/10/15』『3013/09/32』『3095/03/40』『3165/01/19』……
年月日だろうか? 奥に行くたびに最初の四桁が増えていく。
「インテ、こっちのカレンダーって1年が10ヶ月50日くらい?」
「はい! 左様でございます!」
なるほど、やっぱりこれは日付だ。奥に行くたび新しいものが有るのは、おそらく『先入先出』をしている。古いものから順に使っていくごくありふれた在庫管理システムだ。しかし、あまりにも古いものも有る。
「ちなみに今は何年?」
「テオネリア歴3203年2月8日でございます」
35年前の在庫がどうやら最後のようだった。一番手前にあった数字は2962だったので、最古の在庫は241年前のもののようだ。
一番奥には風伯の描いた地図通り管理室のような、ガラスに囲まれた簡素な部屋ががあった。
入ろうと思ったんだが、中が灰色に曇っていて、ガラスに埃がこびりついている。埃まみれだ。
「うわ、ホコリすげえ! どうしよ、吸い込んだら絶対病気になる量だぞ、これは。空気清浄機とかマスクとか何かないかな……」
俺が困っていると、グリセルダが一歩前に出る。
「しょうがない、魔法を使うか……【埃よ、一処に集え】!」
グリセルダが魔法を唱えると地面の埃が波のようにうねって一箇所にまとまって固形のゴミに変わった。
グリセルダ、元々士官学校にいたせいかたまにすげー便利な魔法持ってるんだよな。ロボット掃除機要らずでいいなあ……。
「その魔法めちゃめちゃいいな。便利すぎる、超欲しい!」
「まさか学校を出ても使う機会があるとは思わなかったがな……忘れておらず良かった」
「掃除の術なんてあるのね……」
おタヒは掃除なんか絶対自分でやらなそうだもんなあ。もし知ってても使わないだろうけど。
なにはともあれ、お陰で中を安心して調査できる。
「エト姫! 書類のありそうな部屋着いたぞ!」
『みてたよ、グリセルダ氏本当に器用だね! 是非我が星間司法庁に……』
『姫、駄目っすよ。インテ氏~、入庫記録とか何かあったらお願いするっす! インテ氏の確かな鑑定眼を私は信じてるっす!』
カハールカさんの言葉にインテの心の目が輝いた気がした。もう殆どの時間をともにしているから、何か雰囲気でわかっちゃうんだよな。
「畏まりました! インテにお任せください!」
インテは褒められるのが好きなのでややエキサイトしつつ、それでも冷静に俺達と一緒に机や引き出しを漁る。
『入庫記録』
『原産地記録表』
『勤怠管理表』
『刑務所生活の手引』
割といろんな物が見つかる。刑務所生活の手引はパンフレットのようだった。犯した罪を反省し、刑務作業をすることで被害者に償いましょうとか、そういう感じの道徳的なものだった。どこの世界にもこういう道徳はあるもんなんだな。
調べてみたところ冊数は多くなかったので全部持っていくことにする。ふと気がつくと先程は埃で気が付かなかったのだが、現地語ででかでかと標識が書かれている。
『材料貯蔵庫での私語・騒音厳禁
私語はテキストチャットか室外で行いましょう』
やはりこの部屋、何か変……。
私語厳禁はわかる。職場だし、刑務所だからだ。でもテキストチャットや室外で話すのは許されて、リアルボイチャは禁止。
声を上げると何が起こるかについてはどこにも記載されていなかった。
俺達はこの標語に気がついたあと思わず黙り込み、耳を済ませる。先程には全く聞こえなかったはずのざわめきが聞こえてくるような気がする。
「誰かいるの?」
思わずおタヒが呟くと、とたんにざわめきは消えて元の沈黙が戻った。
俺はインテにゴーグルを三つ出してもらい、テキストチャットに切り替えることにした。
(これかけて話したいこと念じると文字になるからそれで話そう)
(わかった、しかしなんだ、この部屋は?)
(何か不気味ね、ねえ、この積まれた荷に関係しているのではない? 包みを解いて中を見てもいいかしら?)
確かに関係していそうだが、光に弱い物質とか、光に反応して爆発する物質だったら始末に終えない。
(エト姫ー、この材料皆包装されてるんだけど、中身開けてみていい? おタヒが開けたいみたい)
『うわー! ダメダメダメダメ! 絶対駄目! 生死に関わるから!』
(あ、危険なんだ……というわけでおタヒ、駄目)
(もうなによ! 乳母みたいな物言いをしないで頂戴、チケン!)
こいつ自分が被保護者である自覚がないのか……。反抗期のキッズと思えばまあ可愛いもんか。
俺がラーメン屋のように腕組みをして頷いて、おタヒがテキストチャットに怒りの文章を認めていると、グリセルダが横を向いて目を逸らし、笑いをこらえていた。
のんびり歩きながら箱の中身について考える。すごく軽い。本当に重さは紙箱という感じで、中にはいっているものも音を立てない。
俺は最初、今までの経緯から何か人間の死体や脳なんかを保存しているのだと思っていたのである意味肩透かしを食らったような気もある。まあ細かいことを気にするのは辞めよう。
この工場はなんの匂いもしないけれど、血に塗れた歴史を持っている。俺のような素人が勝手に触ってかき回すのもよくないだろう。
(気にしないでおこう、君子危うきに近寄らずだ)
(チケンのくせにちょっと賢そうなこと言ってる! 背伸びしなくてもいいのよ!)
(お前本当にアレだよな……)
(ほら、語彙が少ない、さっきの賢い返しはどうなったの?)
ぐぬぬぬぬ……。まあ否定はできねえ。クソ、こいつがあと十歳くらい大人ならご褒美ですありがとうございますって返してやるのに……。いや、それもどうなんだ。
性癖と倫理の狭間で悩む俺。
(まあいいや、行くぞ。次の場所に)
(そうだな、お前たちの喜劇を見るのも楽しいものだが次に向かったほうがよろしかろう。休むにもここは何か不穏なものがあるしな……)
(そうね、ここ、なんか嫌な感じがするわ。早く出ましょう)
テキストチャットで話し合った結果、ここから一番近い品質管室と分析室に行って、その次に従業員休憩室で少し休憩することに決めた。
二十分ほど歩いてやっと通路に出る扉を開けた時、全員がホッとした顔をしていた。もちろん俺も。
気のせいだろうか。ドアを締める寸前に何かが聞こえた。
「……ないで」
声が聞こえた気がした。うまく聞き取れなかったが……背中を氷で撫でられるような感覚に襲われつつも、俺はドアを締めた。三人で目を合わせる。
一体、積み荷の中身は何なのだろうか。
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