第177話 モーニングルーティン
目が覚めるとベッドの周辺は明るくなっていたがベッドの外はあまり良く見えない。薄っすらと光のカーテンのようなものがかかっていて何かが動いているくらいは見える。
ステータスから時間を見るともう七時だった。おタヒもグリセルダも目が覚めて着替えてはいたが、ベッドの上で座ったままだった。
「なんとなく、出づらいのよね」
「そうだな、物々しい雰囲気を感じる」
二人はそう言うが俺にはわからない。ベッドの上でサクッと着替えて外に出ると、二人の言うことが間違っていないことを理解した。
目にクマを作ったエト姫と愉快な仲間たちがコンソールや実験器具に一晩中かかりっきりであったことが見て取れる。
「……エト姫、皆、もしかして寝てないのか?」
「ん、ああ、茅原氏かおはよう。そうだね、ちょっと取り込んでいてね」
今日のエト姫のポンコツ度は限りなく低い。しかし、あまり良くない低さだ。もっと元気に、かつ低ポンコツであってほしい。
「……これから朝飯作るけど、食べる人ー?」
俺が声を掛けると無言でさっと四人の手が上がった。
「あと飲み物も頼むっす!」
「オッケー」
これは素直に従っておいたほうが良さそうだ。インテだけは材料を出すのに必要なので、今は使っていないようなので返してもらう。
「おはようございますチケン様!」
「おはよう、なんか忙しかった?」
「それはもう……」
インテはちょっと暗い声を出していた。
「それでも手伝ってくれるインテは偉いな、あらゆるカバンの中で一番偉いと俺は思うね! 個人の感想で申し訳ないけど……」
「チケン様の感想は最高に決まってます! ありがとうございます!」
元気になったようで良かった。朝飯についてグリセルダとおタヒに聞くと、温かいものなら何でも良いらしいので、全員まとめて適当にパンとコーヒーでも出すことにした。おタヒにはお茶かな……。コーヒー飲めないだろうし。
トースターはないので食パンをフライパンで焼き、もう片方のフライパンで目玉焼きを焼く。パンの上にチーズ、塩コショウ、ブレンドスパイスをかけて半熟と完熟の中間の目玉焼きともう一枚焼いた食パンを乗せる。
これを人数分作り、焼いている間にコーヒーを淹れる。とはえ、本格的なドリップを淹れるのも大変なのでインスタントである。
インスタントとは言え、ちょっと値段が張るやつなので香りは良い。
とりあえず、グリセルダとおタヒはテーブルに座らせて食べさせ、その間に全員に片手で食べられるようにサンドイッチ状にして食べやすく切ったトーストサンドとコーヒーを配る。
「茅原さんありがとうございます! 本当なら私達がお作りすべきなんですが……」
「茅原さん、お手数をおかけします……」
「チケン氏ありがとうっすー……腹ペコだけどやることが一杯あってえ……」
「あーカロリーが染み渡るな……脂質と炭水化物のマリアージュは人生の潤いだね」
エト姫はフードファイターの戯言みたいな言葉で褒めていたが、これは本当に褒め言葉なのかやや疑問がある。
エト姫の食事に対する語彙は、足りる、足りない、美味い、栄養素の味がする、この四種類に分けられる。
もうちょっと食育とかしたほうが良いんじゃなかろうか。この姫。
味で栄養素がわかるということは、多分繊細な舌は持ち合わせている気がするのだが……。
グリセルダとおタヒにも同じ物を出した。ただ、おタヒの分だけは緑茶のティーパックである。
グリセルダがサンドイッチをナイフとフォークで食べているのは想定内だったが、おタヒがサンドイッチを箸で食べているのは想定外だった。
「おタヒ、器用だな……」
「そうかしら? チケンも箸は使えるじゃない」
「まあそうだけど、これ、素手で食う食べ物だからな」
「そうなのね。でも私は嫌。手が汚れるの嫌いなの」
「わかるぞ、おタヒ。手は常に汚したくないものだしな」
二人はそう言うが、別の意味で手を汚すのは躊躇しませんよね? と言おうと思って俺はやめた。食ってくれればいいのだ。
「でもただ麺麭にちいずと卵を載せているだけに見えるのに、味わい深いわねこれ!」
「そうだな、何か胡椒の他にもスパイスの味を感じる。美味だ」
「ブレンドスパイスを振ったんだよ。前に作ったんだけど、意外にチーズと目玉焼きだけだと味気なくてな……」
以前朝食を食べようとして目玉焼きとトーストとチーズだけなら簡単に作れて美味いだろうと思って食べたら、意外に味気がなかった。
それから試行錯誤の末この手間と味のバランスを取ったホットサンドもどきが出来たのだが、一ヶ月食べたら満足してそれ以来数年作っていなかった。
あの時の試行錯誤が今微妙に生きていて胸熱である。
しかし、全員今血眼になっていて言い出せない。この飯の後どうするんだ?
神子というか、ヴェレルも追わないといけないだろうし……。
その時、エト姫のブレスレットからコール音のようなものが鳴る。
「何方かな?」
『僕だよー! 我が婚約者と我が愛妾候補、そしてその良き友は元気でいるかい?!』
王太子だった。呑気なのは良いが、その愛妾候補ってのやめろ。
「……元気だよ。ってか見えてんだろ!」
『うーん、今日もかわいいねえケンイチくん。ところでエトワール姫、提案がある』
「何かな、ディートリヒ殿下」
『今日さ、ゼルダとケンイチくんとおタヒ姫、三人に行動任せてみるのどう?』
「…………」
エト姫の顔が一気に厳しくなる。
『根拠はもうわかってるんじゃないかな。君たち、動けるのかい?』
「……確かにそうだが、私には彼らの安全を守る義務が」
『三人とインテがいれば大丈夫さ。僕が保証するよ。なんなら帰ってこなかったら僕のスキルを君にあげても良い』
「ディー! それは……」
なるほど、王太子には俺達が絶対に死なないという確信がある、と言うか見えているんだな。何かをする未来が。ちょうど、おタヒにも話しておきたいことがあったし、別行動できるのは有り難いが。
「うわー! 千里眼は欲しいけど茅原氏もおタヒ氏もグリセルダ氏のスキルも魅力的すぎる! 三人とも死なないけど帰ってこないでハッピーエンドになるうまい方法はないかな!」
エト姫が自分に正直すぎる発言をして、グリセルダとおタヒに睨まれているが気にする風もない。面の皮の厚さが素晴らしい。
さすが俺の推しだ。
『まあ、僕の提案はそれだけ。じゃあエミールとデートしないといけないし、ファビエ王子に愛の告白もしないといけないし、忙しいから。またね』
王太子はそう言って通信を切断した。エト姫も王太子もあまりにも自由すぎる。あとファビエ社長に迷惑はかけないで欲しい。
「追加調査を御三方にやってもらう手もありますね……」
「私も体動したいです~……が、やるべきことを、やります……」
「とりあえず分析機にいれるまでは終わったから結果が出るまで一時間だけ圧縮睡眠取るっす。チケン氏あとはまかせたっす……」
そう言い残してカハールカさんは俺達が使っていなかった方のベッドに倒れ込んだ。本当に徹夜だったのか……。
「うーん、まあいいや。じゃあ悪いんだけど、地図のこことここ、それとここの様子も見てきてもらっていいかな? サンプルの回収をするときは声をかけてもらえば私が選ぶよ」
「わかった、じゃあ準備していくかあ」
俺達はエト姫から地図を受け取り、出発の準備をすることにした。




