第176話 間話17:スピリットリンク
「ねーむーいー! ねーむーいー! アイムスリーピーオーイェー! FOOOO!」
大声を上げ目を爛々と光らせ歌うカハールカ。それを見つめるエトワール。
「うるさい。寝たいのは皆同じだ。次そのしょうもない歌を歌ったら【静粛に】をかけるからな」
「うーん、姫にスキルをかけていただけるなんて誉れっすね、親戚に自慢できそうっす。動画撮ってもいいっすか?」
「お前無敵か?」
「姫に褒められるなんて光栄っすね……できれば作ったゲームにお褒めを頂きたかったっすけど」
エトワールが鼻白んだ顔をするが、カハールカは気にしていなかった。
インテの中に準備されていたそこそこの量の実験器具で、資料室にあった筒の中身を調べている。
実際のところ、カハールカには大体の推測はできている。学生時代、大量に見た物質によく似ていたからだ。
いくつかの試薬と混ぜた物体Xの反応をポータブル電子顕微鏡で確認する。
やはり見慣れた痕跡だった。
カハールカは学生時代生命工学を専攻していた。魂を物質として扱い、また魂に関する疾患や延命などを扱う学問でもある。
もちろん、学生が学習のために使うのは人間の魂ではない。ニヒトという線虫の魂を用いる。これは、人間の魂に似た性質の魂を持つ虫である。
社会的であり、希薄ながら意思があり、繁殖させやすく扱いやすいのだ。
毎年、生命工学科ではニヒトの鎮魂式を執り行うのが恒例行事だった。
昔は鎮魂式をやらない年もあったらしいが、その年は明らかに実験の失敗が増えるのだという。なので、年度初めと半ばに必ず鎮魂式をする。
カハールカは懐かしく学生時代を思い出しつつ試薬を垂らし、手慣れた様子で分析機に掛ける。
だから、そのニヒトの死骸だと思っていた。見慣れていたし間違いないと思った。
しかし、構成分子のいくつかが明らかに違う。ニヒトに確実にあるはずの分子がないのだ。
「…………」
カハールカは筒をもう一度よく観察した。筒の底には『検体ナンバーΣ652』と書かれたラベルが貼ってあった。字を見るに年代はやや古い。テオネリアにも書体の流行り廃りはある。これはカハールカが子供の頃によく使われていた書体だった。
「姫、ヨシュアさん、セーレさん、そっちの調査文書の中にΣ652ってナンバーの物品、納入されたり記録にないっすか」
「うーん、ないなあ」
「ないですねえ」
「……あ、さっき見つけたノート」
エトワールがチケンがエリア鑑定で見つけたノートを思い出す。清掃用具入れの上に置き忘れていたのか、埃が積もっていた。それを手で払いのけると名前が記入されている。刑務所では各自の持ち物に囚人番号と名を記するルールがある。
『囚人番号Σ652 イルネリ・アリファ』
皆で中を開いてみることにした。一人で読まないのは誰かが重要情報を見落とさないように、という意味もある。
几帳面な文字で、古風で小さな紙のノートにメモ書きのように日記が書かれている。最初の方は何気ない収監の記録であったが、
4/15 今日も退屈な作業だ。面会日を待つくらいしか楽しみがない。娘は元気だろうか。
4/16 供血をした。スプーン一杯分の供血で刑期が一週間短縮される上、そのうえ刑務作業が一日免除される。こんなことで刑期が短縮されるなら毎日供血したい。でもそもそも俺は冤罪で入所したので、それもおかしい話なんだよな……。俺は無罪だ。これを自分に言い聞かせねばならない。
4/17 今日は健康診断があるらしい。お陰で刑務作業が免除された。余った時間で娘に会った時に何を話そうか考えている。刑務所にいる時間でこの時間が一番楽しい。
4/18 刑務作業の中身が荷運びから、健康管理室の助手に転属になった。腰痛があったから配慮されたのだろうか? 細かい仕事は苦ではないから構わないが……。
4/19 面会日が来た! 娘は相変わらずありえないほどに可愛らしかったし、妻も少しやつれたようだが元気そうで良かった。冤罪だということは変わらずに訴えていきたいが、どうすれば証明できるんだろうな……。早くここを出て三人で暮らしたい。
4/20 健康管理室の助手には予防接種が義務付けられているということで予防接種をした。なんの病気かは聞いても知らされなかった。接種後熱が出て休みになった。
4/22 今日も熱が高い
4/26 最近ところどころ皮膚が変色している。健康管理室の助手どころか、ずっとお世話になりっぱなしだ
4/30 てがふるえ て じ かけな ありあ えーりけ あいた ぃ
……ここで記録は止まっている。
「……何年頃の人物かな」
「僕、司法府のデータ見てきます」
「このノートは発売日が三十年前くらいの割と新しい定番商品ですね、その範囲で調べましょう」
イルネリ・アリファという人物は過去百年に複数存在したが、刑事事件で収監されたのは二十五年前の一人だけだった。
アリファは内務庁の下部組織、農務部で事務をしていた。しかし、収賄容疑で逮捕され、懲役五年の実刑を受けることになる。そして、収監された最初の年に当時流行していた風邪で命を落とした、と記録にはある。
内務庁健康課ではできうる限り全国民の取得スキルを管理している。
アリファはユニークスキルを持っていた。【スピリットリンク】というスキルだ。
その効果はは汎用的なものとはとても言えない。視界内にいる自分が家族と認めた人間と言葉を使わずに意思疎通ができるというだけのもの。
ユニークスキルは偶然の産物であり、汎用性のあるスキルは多くないのが現状だ。
「本人は冤罪で収監と書き残していますね」
「確かに裁判記録をざっと見ると証拠が証言しかないですね……もうちょっと精査しないとなんともいえないですが」
エトワールはカハールカに問う。一応専門家の意見を聞きたかったからだ。
「カハールカ、スキル移植はもう実現しているのか?」
カハールカはこわごわと答える。真面目な顔をしたエトワールは上官であり、王族である威厳があった。
「八十年くらい前に理論が出来てまだ完全実用は出来てないはずっす。論文は今でも読んでるんで一般レベルで実用化されてないのはガチっす」
「理論的には可能?」
そう言われたカハールカは、聞かれたくないことを聞かれた子供のようにしどろもどろになる。
「……あの、その……ドナーの命を無視すれば可能っす。……だからまだ動物実験以上に進んでなくて、それに、スキル移植よりもスキルの解析をして特許料払って一般スキル化する方が倫理的にも人的にも金銭的にもコストは低いっす」
テオネリアではユニークスキルが有用だと認められた場合、保持者の死後国が買い上げてスキルを解析し、一般スキルとして使えるようにすることがある。
特許や著作権のようなもので、ユニークスキル保持者の遺伝子を一定比率で保有しているものにはその特許料が支払われる。
もちろん一般スキル化されないスキルも、遺族が拒否してそのまま消えたスキルも、一般スキルに出来なかったスキルなどもある。
この【スピリットリンク】には汎用性がない。家族間でしか使えないのだ。一般スキルにするようなものでもないし、わざわざ奪うほどのものでもない。【意思疎通】や【暗黙の了解】というスキルで必要十分なのである。
「たまたま冤罪でユニークスキル持ちが収監され、たまたま死んだから実験材料になった? 偶然にしては出来すぎているな」
エトワールは頭をかしげ、ふと思いついた顔をする。
「現在、そのスキルを保持している者はいるのか?」
「調べますね……えーと、えー……」
ヨシュアが珍しく顔をしかめて見つめて困惑している。
エトワール達はヨシュアの肩越しに検索結果を見た。
【スピリットリンク】保持者リスト
アリア・アリファ
サラサ・スオウ
以上全二名
「サラサ・スオウって……」
「蘇芳宮の花嫁のヒロインの名前に激似ですね……」
ヨシュアやセーレが調査業務に励む中、カハールカは手を休めていなかった。話をしながら作業ができるのはカハールカの特技である。本人にはそれが特技である自覚はあまりないのだが。
「姫。分析完了したっす」
「えっ、いつのまに? まあ良いや、結果は?」
「ニヒトっていう研究用の線虫の残骸と混ぜてカムフラージュしてるけど、これガチの人間です。多分、スキルを奪った後線虫に魂を移植して、線虫で研究してますってカムフラージュをしたんすよ。二百年前に似た事件があって国試でも判別法の問題が出るっす」
おそらく、何らかの理由があってヴェレルがそのユニークスキルを奪ったことは間違いないのだが……全く奪う理由がわからない。
四人は頭を抱えつつ、夜が明けるまで調査を続ける羽目になった。




