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森の中の医者少女  作者: 鳥無し
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第四話『医者少女の受け取った報酬』

「はぁ……はぁ……」

 少女はひどく汗をかいていた。この川は川幅が広いから、せき止めている木や小石の数も非常に多い。いくら身体能力が高くとも、休みなしで作業を続けるのは体力が持たない。

 くわえて、空模様もいよいよ怪しくなってきた。今の時間帯は夕方のはず、だからあたりはそれなりに明るいはずだ。それなのに、空が雲で覆われているせいで、もうすでに薄暗い。

 あの真黒な雲の色から、大量の雨を含んでいるのが容易に想像できた。雨が降れば、水かさは一気に増し、決壊してしまうだろう。


「ふぅ……ん、んー!」

 少し大きな木の枝をどかす。いつもならこれくらい大したことないが、積み重なった作業が少女の体を苦しめていた。


「んー。あ、うわぁッ!」

 少女はバランスを崩してしまった。その先には川がある。

(危ない! ……あれ?)

 少女が水に包まれることは無かった。代わりに暖かな軟らかいものに受け止められる。


「あら? 熊さん?」

 受け止めてくれたのは、今日虫歯を治療した熊だった。

「大丈夫か?」

「ええ、私は大丈夫よ。熊さんは虫歯が再発したの? まだ試してないお薬があるから、飲んでみる?」

 少女は近くの鞄にゆっくりと手を伸ばす。

「!? いらな……」

「「「誰もいらないだろ! そんな物!」」」

 大きなクマの体の後ろから誰かの声が聞こえた。それも複数の……。


「……あ」

 少女がひょっこりと顔を向けると、そこにはたくさんの動物達が居た。みんな、いつか治療したことがある者達ばかりだった。


「呆れた呆れた! そんな小さな体で、ここの堆積物を全部どかそうとしていたとは、本当に信じられない」

「小鳥さんじゃない。こんに……こんばんは? また会えたわね、本当に嬉しいわ」

 少女は自分のペースをまるで崩そうとしない。周りの動物達は驚いたような表情をしたが、そこそこ付き合いのある小鳥は驚いたりしない。


「感謝しろよ、これだけ集めるのは大変だったんだから。イタチが『川が決壊する。森医者が巻き込まれてしまう!』とか、大騒ぎしながら森を走りまわっていたのを見た時は、何事かと思ったぞ」

「イタチさん……?」

 少女が視線を下ろすと、そこには照れたような表情をしているイタチが居た。


「別にお前を助けたかったわけじゃない。ただ、自然に生きる者としても、自分の住かが荒れるのは、我慢できないというか、そうならないために行動するのも普通というか……」

 イタチは言いながらそっぽを向く。少女はイタチの気持ちに気付いて顔がにやける。こんなときでなければ、指をさしてからかいたい気持だった。


「ありがとう。みんなこの天然ダムをなんとかしにきてくれたということよね? 頑張ってどかしましょう!」

 少女はそう言ってまた作業を始める。不思議と体力が戻ってきた気がした。

「待てよ、森医者。その前に言っておくことがある」

 動物達の中で誰かがそう言った。

「? 何かしら?」

 少女が顔をあげてそちらを見た。


「お前は、嵐のようにやってきて、嵐のように去って行くから、この言葉を言う暇が無いんだよ。報酬はしっかりと受け取ってもらわなきゃな」

 イタチが代表して前に出る。その頭の上に小鳥が止まって合図をした。


「「「ありがとう」」」


 動物達の声が綺麗にそろってその声が森の中に木霊した。

 瞬間、少女はじんわりとした物が目に溜まるのを感じだ。何故か、母親の顔が頭に浮かぶのだった。

「……どういたしまして!」

 涙はこぼさなかった。代わりに、満面の笑みで少女は答えた。


   *    *    *


「終わったー!」

 少女が両手をあげて声をあげ、作業は無事終了した。

 動物達が手分けをして堆積物を運び、慎重に水抜きをしていたため、最後に大本の大木をどかしても多少勢いの強い流れが起きる程度ですんだ。

 大木をいよいよ少女が切り壊そうとしたが、動物達がなんとか止めて、熊が大木をどかせてすべて終わった。少女は最後まで斧を持って残念そうにしていたのが、動物達には少し恐ろしく見えた。

 若干雨が降り始めていたが、せき止められていなければ問題ない。


「みんなありがとう!」

 少女がぺこりと動物達に頭を下げる。

「お礼を言われるのもおかしな話だな」

 イタチが照れながらそう呟く。すると小鳥もそれに同意する。

「そうだぞそうだぞ。この川が決壊して困るのは、むしろ私達の方。それを防ぐのを手伝ってお礼を言われるというのは、変な話だ」


 少女は指を突き出し、首を振る。

「ノンノン! これは私の治療作業。それを手伝ってくれたんだから、お礼を言うのは当然のこと。さてと……鞄を持って退散しましょ……うわっと!」

 少女は疲れていた。だから、鞄を持った時に、いつもより重く感じてよろめいてしまった。倒れ込んだ先に今度は動物達はおらず、そこには水かさの増した川があった。


「も、森医者ー!」

 イタチが慌てて駆け出しても遅かった。少女は水の中だ。


「がぼがぼがぼ……ぷはぁ! ぁが!」

 少女はなんとか水面に顔を出そうとしてもがく。しかし、体力の減った状態で、この水かさの増した川を泳げるはずが無い。少女の体は徐々に沈んで行く……。


(ちょ、ちょっと……ドジふんじゃった。体が……自由に動いてくれない)

 体が冷たくなっていくというよりは、感覚が薄れて行く。少女は死を覚悟した。

「お、お母さんと同じような最後か……ふふ、血は争えな……がぼッ」

 もがくことすら面倒になってきていた。少女はこのまま流れに身を任せたくなる欲望に負け、力を抜く……。


「諦めるな森医者ッ!」

「はッ! うぐ、た、鷹さん?」

 自分のことを呼ばれ、少女はもがいて顔をあげる。すると、そこには翼を治療してやった鷹の姿があった。


「ここだー! 森医者はここに居るぞ!」

 ものすごい速さで流される少女にぴったりとくっついて、鷹は声をあげる。そしてそこをめがけて熊が泳いでくる……。


   *    *    *


「はぁ……はぁ……あはは、ありがとうねみんな。今度は文句を言わずに聞いてくれるでしょ?」

 少女は河原で仰向けになっていた。周りには動物達も泥だらけになって寄り添っている。

 少女はかなり流されてしまっていた。動物達はそれを必死に走りながら追いかけてきたのだ。泥だらけにもなる。


「何がありがとうだ。こっちがどれだけ驚いたと思ってるんだ」

 イタチが怒る。すでに夜になっていたせいで分からないが、もしかしたら目に涙がたまっているのかもしれない。

「どういたしましてって言って欲しかったんだけどな。はは、残念」

「騙されるな騙されるな! こいつは小言を言われたくなくて誤魔化しているぞ」

 小鳥もわざと耳元で歌って少女をイジメる。まあこのくらいは我慢しなくてはならないだろう。


「……綺麗ね」

 少女は仰向けになったまま空を見上げた。どうやらあの雨は通り雨だったらしい。あれだけ真黒になって覆い隠していた雲はもう無く。白い雲が幻想的に夜空に掛かり、星と月明かりに照らされていた。

「月明かりを色で表現するなら、私なら白を使うわ。身体の中まで透き通るくらいに綺麗だもの」

「俺達は疲れすぎて頭が真っ白という感じだけどな。でも確かに……今日の夜空は、最近見た中では一番綺麗だな」

 イタチもそう言って空を見上げる。他の動物達も、イタチに続く。


   *    *    *


「さあ、お仕事しなくちゃ!」

 一時間も夜空を眺めていた少女が立ちあがり、開口一番にそう言った。

 周りの動物達はあっけにとられて少女を見つめる。


「仕事ってお前、もう夜だぜ? まだ患者を探すのかよ?」

「何言ってるのよー。患者ならもうここに居るじゃない!」

 言われて動物達は、たがいに顔を見合わせる。見れば全員、堆積物を壊す作業中に負った傷と、ここに来る途中に負った傷があちこちについていた。


「まさか……俺たちか……?」

 イタチが一番に気付いて青ざめた顔をする。そして他の動物達も同じ表情を作った。

 だが、思い返せば、少女の鞄は流されたはず。ということは、素直に治癒の力で……。


「じゃーん!」

 少女の服の中から、あの鞄が姿を現した。

「な、何で服の中に……」

「これは私の命も同じだもの。川に落ちた時に、服の中にしまいこんだの。この鞄は、防水加工もバッチリでね? ……ほら! 薬は全く濡れてないでしょ?」

 少女がカバンから取り出したのは粉薬。全く濡れてないらしく、サラサラだった。


「「「………」」」

「さあ、今日は長い夜になるわよー!」

「「「い、いやぁああああああああ!!」」」

 夜の森の中に、少女の楽しそうな声と、動物達の悲鳴が木霊した。

完結です。

短い話でしたが、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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