漆黒の竜鎧は、なぜかバニーガール
狭いユニットバスの鏡の中に、見たことのない姿が現れた。
漆黒の流体が固まって生まれた被膜と装甲が、肩、腰まわり、太ももの側面を覆っている。
胸元は大胆に開かれていたが、漆黒の被膜が双丘の外側と下部を包み込み、全体のおよそ3分の2を覆っている。腰まわりはハイレグ状に深く切れ込み、おへそも脇腹も露わになっていた。それでも全体のシルエットは、華美ではあるが、確かに鎧だった。
それだけではない。
頭の上に、黒く小さなティアラ。中央に虹色の結晶が嵌まり、左右の装飾が緩やかに上へ反り返って、竜の角を思わせる意匠になっている。
ミルク色のツインテールは、根元のリボンによってふわりと後方へ導かれ、垂れ兎の耳のようなシルエットを描いていた。
肩の装甲は後方へ広がり、畳まれた小さな黒竜の翼を思わせる。腰の後ろには、細い竜の尻尾のような流体装甲が1本、ゆらりと揺れていた。
脚部は黒いニーソックスに軽装甲のソルレットを組み合わせたようなデザインで、つま先は竜の爪のようになっている。腕にはガントレットが装着されており、こちらも小さな竜爪が意匠されていた。
まるでバニーガールに黒竜を模したデザインの軽装甲を足したような漆黒の戦闘装備が、鏡の中のプリムの全身を覆っていた。
「な、なにこれ……!? 私、バニーガールになっちゃった……!?」
プリムは顔を真っ赤にして、鏡から目を逸らした。それでも気になるのか、チラチラと角度を変えては鏡を見て……また逸らしていた。
「鎧、なのこれ……? 肩とか腕は、装甲みたいになってるけど……胸とか腰のあたりのバニースーツが、際どいというか……その……」
「きゅるる(……竜の角のティアラと、翼の肩当てがある。文句を言う前によく見ろ)」
「た、確かに! このティアラ、エロスちゃんの角みたいだし……肩のこれも翼っぽいね。なんか、ドラゴンっぽくてカッコイイかも?」
「きゅるっ(うむ……余の玉座に相応しい装いだ)」
余は内心で満足した。
だが、このアーマーの本質は見た目ではない。
(余は今、流体としてプリムと一体化している。回復も浄化も、戦闘中は余が直接制御できる。攻防一体――これこそ余の新たな戦闘形態だ)
露出こそ高いが、全身が魔力の被膜に覆われている。プリムが傷つけば余が即座にアムリタを流し、穢れや異常にはソーマを回す。攻撃と防御、回復と浄化を一つに束ねた共闘形態である。
プリムが右腕を前へ出した瞬間、余はその動きに合わせてガントレットを変形させ、漆黒の大剣を伸ばした。
「ひゃんっ!」
プリムが飛び上がる。大剣は全長1メートルを優に超えているのに、質量を余が制御しているため、プリムの腕には軽い。
「え、え……剣!? 剣が生えた!?」
「きゅるっ(当然だ。試しに、振ってみろ)」
「ふ、振るの!? ここ、お風呂場なんだけど!?」
「きゅるる(縦に、ゆっくりでいい)」
プリムが、おそるおそる大剣を持ち上げて縦に振り下ろした。空気を切り裂くずっしりとした感触。それでいて、腕への負担はほとんどない。
「……重くない。全然、重くない。手の延長みたいな感じ」
(そうだ。余の流体だからな。お前の動きに合わせて動く)
が、そのときだった。
「あっ……む、胸の装甲が、減った……?」
プリムが鏡を見て声を細めた。
大剣に体積を取られた分、双丘を覆っていた漆黒の被膜が大きく後退していた。先ほどまで3分の2ほどを包んでいた装甲が、いまは下側と外縁の3分の1ほどしか残っていない。
ただし、左右の先端だけは、アムリタとソーマを吸い上げる漆黒の流体がぴたりと覆っているため、肝心な部分は露出しない。とはいえ、その周囲は少し動くだけでも見えてしまいそうな、危うい状態だった。
(大きな武装を作るほど、装甲が減る。我ながら業の深い仕様だ)
「うぅ……鎧なのに、恥ずかしいよこれぇ……! 剣が大きくなるほど胸が出るって、どういう設計してるの!?」
(余の体積は有限だ。武器に回せば、その分、装甲が減るのは道理であろう)
「もっと恥ずかしくない場所の装甲から持ってきて欲しいんだけど……足とか……」
「きゅるっ(……仕様だ)」
「また仕様って言った!」
風呂場で大剣を構えながら、胸元が見えていないか何度も確認し、隠そうと右往左往するプリム。
(何を恥じることがある。余がこれほど見事な鎧を作ってやったというのに)
余はそっぽを向いた。
大剣を消して装甲形態に戻すと、プリムはしばらく無言で鏡を見つめた。
今度は目を逸らさなかった。
ひとつ、大きく息を吸う。
「ねえ、エロスちゃん」
「きゅるっ?」
「これって……ダンジョンに入ったら、テールドローンに映るよね……」
「きゅるっ(……当然だ)」
「ミストチューブに、全部、配信されちゃうんだよね?」
「きゅるる(それが狙いだ。あのカメラ越しでも感情を喰らうことが出来そうだからな。視聴者から感情が集まれば、余の力が増し武器の威力も上がる)」
プリムはまた黙った。
漆黒の装甲。角を思わせるティアラ。垂れ耳のように揺れるツインテール。格好いい……とは思う。
実際に鏡の中の自分は、思っていたよりずっと様になっていた。けれど、格好いいより先に恥ずかしさが来る。それが、大きな問題だった。
この姿が、全世界に配信される。このままの格好で。
(……この女が今どれほど迷っているかは、体温の変化で、なんとなく分かる)
余は何も言わなかった。
これは、余が決めることではない。プリムが、自分で決めることだ。
10秒ほど、経った。
「……わかった。やってみる」
「きゅるっ(!)」
あっさりと、プリムは言った。
「お姉ちゃんを探すには、強くならなきゃいけない。ダンジョンに潜らなきゃいけない。それには、エロスちゃんのアーマーが必要で――だったら、私にはこれしかないんだから!」
迷いのない一本、筋の通った声だった。
プリムが、胸元の余の核を、人差し指でそっとつついた。
「エロスちゃんのことも、守るよ。一緒に強くなろうね」
(……余を、守る……だと? 余は魔王だぞ。世界の半分を統べた暗黒竜だぞ。貴様のような小娘に守られるなど……まあ、……覚えておいてやらんこともない)
余は、ぷいっとそっぽを向いた。胸の奥がほんのり温かいのは、風呂の湯気のせいだろう。
「きゅるっ(……精進せよ)」
「よし! じゃあエロスちゃん、明日からダンジョン再挑戦だよ!」
入浴後、プリムは改めて竜姫メイルを展開し、テールドローンにプロフィール用の姿を読み取らせた。
その後、布団の中でスマホを操作し、ミストチューブに配信アカウント――《プリムちゃんねる》を正式に開設した。
自動生成されたタグ欄には――【黒竜スライム疑惑】【黒いスライムが胸に住んでる】【竜の角のティアラ】【鉄級ライセンス】【初心者女子探索者】と並んでいた。
《プリムちゃんねる》としての初配信は、翌日の予定だった。配信予定を登録したことで、アカウントはミストチューブの新着配信者欄に表示されていた。
まだ、何も始まっていない。それなのに――。
開設されたばかりのアカウントには、もう何件か書き込みが来ていた。
『タグの「黒いスライムが胸に住んでる」ってどういうこと?』
『「黒竜スライム疑惑」ってタグ、なんか気になるな』
『竜の角のティアラ? ドラゴン系アーティファクトの探索者?』
『初心者なのに黒竜スライム疑惑って、ちょっと盛りすぎではwww』
『でも、なんか気になるな。自動生成にしては、タグが妙に具体的だな?』
プリムは布団の中で、スマホを片手にそれを読んでいた。
「エロスちゃん、もう見てる人いるよ」
「きゅるっ(……当然だ)」
「黒竜スライム疑惑って、そういえばタグなんて私つけてないんだけど……自動で?」
「きゅるる(……ミストチューブのシステムが、プロフィール作成時の見た目や装備の特徴から勝手に生成するようだ)」
「ふーん……黒竜スライム疑惑、か」
プリムは、しばらくその文字を見つめた。
「なんか、鋭いこと言うね、これ」
(……当たらずとも遠からず、というやつだな)
余は、そっぽを向いた。
コメント欄の片隅に、こう書かれていた。
『この子の初配信、楽しみにしてます』
『通知ONにした』
その夜。
プリムが電気を消して、余は谷間の奥で目を閉じた。
ノーマルへの進化が完了したし、流体アーマーも形になった。プリムの胸へ常時じかに繋がれることも確かめた。
(すべては、グレゴールへの復讐のためだ。余はこの女を利用している。それだけだ)
いつも通り、そう思った。
プリムの寝息が、穏やかに聞こえてくる。
鏡の前で、10秒。それで決めて、「わかった、やってみる」と、あっさりと言ってのけた。
(……この女はいつもそうだ)
迷う時間がとても短い。覚悟を決めるのがとても早い。怖くないわけがないのに、それより先に「やる理由」を取り出してくる。
(余がこの女を「資源」と呼ぶのは、正しい。間違ってなどいない)
そう、思った。
(……今夜ばかりは、その言葉が、少しだけ空々しく聞こえるが……)
明日――今までとは違う何かが、始まろうとしていた。




