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魔王、初配信の煩悩に舌鼓を打つ

 ダンジョンの入口前で、プリムはしばらく動けずにいた。


 理由は、装備だ。


 漆黒の流体が、肩、腰、太ももの側面を走っている。胸元は大胆に切り込まれ、ハイレグのラインが脚の付け根まで伸びていた。

 頭の上には、エロスが成形した黒竜角のティアラ。左右に結んだミルク色のツインテールが、垂れ耳のように後方へ揺れている。

 どう見ても、際どい水着の上から鎧の部品だけを貼りつけたような格好だった。

 ダンジョン前は、探索者や、その探索者相手に商売をしている露店などで賑わっている。

 その人波の中をハイレグバニー姿で漆黒の竜鎧のコスプレをした小柄なダイナマイトバディ美少女が一人、おどおどと歩いていれば――目立たないわけがなかった。


 すれ違う探索者が、二度見していく。露店の店主が手を止める。観光客がスマホを向けかけて、連れに小突かれていた。


「……み、見られてるよ~」


「きゅるる(……当然だ。気にするな)」


「気にするよ!」


 プリムは耳まで真っ赤にしながら、受付へと駆け込んだ。


「あ、あの、この格好でも、入れますか……?」


「法律上は問題ありません。アーティファクトによる戦闘装備は、探索者の裁量ですので」


 受付のスタッフの男性は、すっと目を逸らしながら、テールドローンを手渡した。


「では、ご武運を」


「ありがとう、ございます……」


 プリムは消え入りそうな声で礼を言って、テールドローンを起動させた。赤いランプが灯り、配信が始まる。

 余は谷間の中から、その瞬間を感じ取っていた。

 プリムがスマホを眺める横で、余もここ数日、インターネットとやらの仕組みを覚えてきた。あれは、なかなか面白いものだ。


 ミストチューブへ接続される。テールドローンが映像を拾い始め、視聴者が次々と集まってくる。


(同接……300、か)


 まだ少ない。いや、無名の新人の初配信としては破格だ。昨夜、新着配信者欄に表示され、自動生成タグが話題になっていたことを考えれば、この程度は集まるか。


(……来る)


 何かが、流れ込んでくる。


 最初は、霧雨のように細かかった。名前のつかない感覚。わずかな興味や好奇心。そして強い――煩悩だった。


(これらの感情が余の力を底上げしていく。感情ブーストと呼ぶとしよう。……それにしても煩悩の味わいも悪くないな……)


 暗黒竜だったころの余は、恐怖や憎悪、絶望といった負の感情を喰らい、力へ変えていた。戦ってる最中の敵の感情はどれも似たようなものだった。

 だが、この世界では違う。ミストチューブという奇妙な配信網を通じて、興味も、好奇心も、煩悩さえも流れ込んでくる。


(あの時のグラトニースライムの影響だろう。グラトニーの喰らう力が、あらゆる感情を喰らう力に拡張されているのか……)


 300人分の視線が、テールドローン越しにプリムへ集まる。その視線に混じる「熱」が、余の魔力回路に変換されて流れ込んできた。温かくて、どこかざらついた、独特の力だ。

 鎧の装甲の隙間を、淡い桃色の光が細く走った。


(……煩悩か。この桃色は、露出へ向けられた熱らしい)


 余は、ひそかに目を細めた。


「あれ……今この鎧が少し光らなかった?」


「きゅるっ(……気のせいだ)」


(……自分がどんな目で見られているか知らない方がよかろう……)


「そう? じゃあ行くよ」


 プリムは大きく息を吸って、ダンジョンの入口をくぐった。

 1階層はプリムにとっても慣れた場所だ。この辺りは照明も整備されており、魔物の気配も薄い入門エリア。

 だが、今日は違った。テールドローンがひょこひょこと追いかけてくる。それはいつも通りだが、その向こうに300人の目がある。


(緊張しているな)


 普段より体温が上がっていて、呼吸も少し浅い。


「えっと……1階層です。ホーンラットが出るエリアで、初心者向けなんですけど……」


 プリムが前を向いたまま、ぽつりと実況した。生真面目なトーンだが、たどたどしくて声が微かに上ずっている。


 コメント欄が、ゆっくり動き始めた。


『え、コスプレ? なにこの格好……えっろ……』

『ハイレグのバニーガール? 竜の鎧……? えっ、攻めるね……』

『胸の谷間に黒いぷるぷるの玉みたいなのがいるけど……スライム?』

『露出やばすぎでしょ……初心者なのに……再生数稼ぎ?』

『でも顔めちゃくちゃ可愛くない? スタイルも抜群じゃん。普通にグラビアアイドルとしてやっていけるレベルだぞ』

『恥ずかしがってるの伝わってきて尊い……恥ずかしいのに着てるってことはこれがこの娘のアーティファクトなのか?』

『この鎧のデザイナー絶対天才だろ……胸だけじゃなくお尻や脇、それにおへそと太腿まで男の欲望を引き出すことに特化してやがる』


「ふえっ……ううっ……恥ずかしいよ~。……進みます」


(……まずは、装備への反応か……最後のコメントした奴は分かっているな)


 余は内心で苦笑した。露出の高さは余の体積配分の都合だ。だが、人間にはそこが気になるらしい。


 そこへ、見慣れたコメントが滑り込んできた。


『カレン:出たわね』


「あ、カレンだ!」


「きゅるる(……見ているのか、あの女が)」


『カレン:その格好で外に出るの、勇気いったでしょ。やるじゃない、プリム』


 桃色の光に混じって、細い赤い筋が装甲を走った。先ほどのざらついた熱とは違う。真っ直ぐで、温かい。


(……これは応援か。刃へ向かって流れている)


「カレン……! ありがとう!」


『カレン:まあ、似合っているわよ。普通の娘が着たら公開処刑ものだけどアンタなら着こなせるわね……』

『公開処刑w……確かに相当スタイルが良くないと恥ずかしくて着られないな……』

『友人ちゃんなのかな? てぇてぇ……』


 照れ隠しのカレンらしいコメントだった。


「エロスちゃん、行くよ! ホーンラットが来てる」


「きゅるっ(……右だ)」


 通路の奥から、小さな影が一つ飛び出してきた。

 ホーンラット。ネズミ型の魔物で、小さな角を持つ魔物だ。体長は30センチほど。1階層の雑魚の中でも特に弱く、初心者が最初に戦う定番の魔物だった。


「アーティア!」


 プリムがアンダーバストの隙間へ指を差し込み、左右の星紋に触れた。虹色の光とともに一滴ずつ滲んだアムリタとソーマを吸い上げ、余は右腕のガントレットを短剣へ変形させた。

 淡い桃色の光が、装甲の隙間を縫うように肌の上を細く走っていた。


「んっ……いくよ!」


「きゅるっ(……行け)」


 プリムが踏み込んだ。ホーンラットが牙を剥いて跳ねかかってくる。


 短剣が、一閃した。


 ほとんど手応えを感じないまま、ホーンラットは切り裂かれ、光の粒になって消えた。小さな魔石が一つ、床に落ちた。


 プリムはそれを拾い上げ、ろくに確認もせずリュックの底へ放り込んだ。回収用の布袋に包むこともなく、他の荷物と一緒くたである。


『魔石そんな雑に扱っていいのか』

『カレン:ちょっと、また適当に放り込んでる……欠けたら買取額下がるって前に言ったでしょ』

『カレン:それに、いつまで普通のリュックで潜るつもり? 最低でも回収袋と折り畳みキャリーカートくらい買いなさい』

『カレンさん配信越しでも小言飛ばしてくるの草』

『ミナりん:あわわ、魔石は布袋に包んでから収納したほうが……! でも初々しくて可愛いです……』


「あっ……倒せた」


 プリムは数秒その場に立ち尽くした。それから、翠の瞳をゆっくりと見開いた。

 今までも苦戦はしていなかったが、一撃で倒せたことはなかった相手だ。


「倒せたよ、エロスちゃん……!」


「きゅるっ(……当然だ)」


 コメント欄が、わずかに色を変えた。


『あれ、かなり動き良くない?』

『初心者っぽくない動きだったな。鎧型のアーティファクトは身体強化が付いてるのが基本だが……』

『おっぱいがめっちゃ揺れて最高でした……』

『露出に目が行ってたけど、努力の跡を感じる……結構強そう』

『ミナりん:今の踏み込み、無駄がなかったです! 初心者であの動きはなかなかできないですよ』

『ミナりんさんじゃないか!……初心者の配信に現れては的確なアドバイスをくれるありがたいお方』

『言われてみれば確かにいい動きだったね』


 そこへ、別のコメントが滑り込んできた。


『Olivia_G:推論だが――』


『初配信に脱がし屋が来てるの何なの……』


「え、脱がし屋……?」


「きゅるる(……っ。来たか)」


『Olivia_G:推論だが、アーティファクトの発動手順が通常と異なる。胸元へ手を差し込む動作が発動トリガーだとすれば、星紋の位置は胸部下縁付近――アンダーバストである可能性が高い』


『星紋がおっぱいにあるってこと? さっきの動作だけで看破しかけてるとか凄いな……』

『ヒェ……個人情報が丸裸にされるぞ! 脱がし屋マジで怖い……』


『Olivia_G:ただし、発動後の魔力放射パターンに、解析しきれない部分がある。続きは観測してから述べる』


『脱がし屋が「解析できない」って言うの珍しくない?』

『ふーむ……エロ釣りかと思って見ていたが……あの鎧がアーティファクトじゃないのか?』


 桃色と赤色の隙間へ、細い青い光が流れ込んだ。複雑だった術式の流れが、わずかに整っていく。


(考察……理解しようとする感情は、術式に作用するのか)


(……解析できない、と言ったか。今は、それでいい)


 余は内心でわずかに安堵しながら、2匹目のホーンラットの気配を拾った。


「エロスちゃん、もう一匹!」


「きゅるっ(……来い)」


 ホーンラットが自分から短剣の軌道へ飛び込んできたように見えるほど、プリムは正確に半歩踏み込んで切り払った。再び一撃で、光の粒になって消えた。


「やった、これも倒せた!」


 プリムが息を吐いた。翠の瞳に少しだけ、自信の色が宿る。


「なんか、エロスちゃんのおかげで、動きが分かる気がする……」


「きゅるる(……余が気配を拾っているのが伝わっているだけだ……)」


「ありがとう、エロスちゃん」


「きゅるっ(……礼には及ばん)」


『胸の谷間にいるの……スライム? なんか話しかけてない?』

『こんなスライム見たことないぞ……角や尻尾みたいなのあるしユニークじゃないか?』


 2階層へ降りると、通路が広くなった。壁の光苔が増え、天井が高くなる。遠くから低い唸り声が聞こえてきた。

 ウルフは狼型の魔物だ。ホーンラットより大きく俊敏さがある分、鉄級ライセンス帯では少し手ごわい相手だった。


「来るよ、エロスちゃん」


「きゅるっ(……分かっている)」


 1匹が低い姿勢で正面から走り込んでくる。プリムは下がらなかった。


(……成長している)


 余は素直にそう思った。


 初めてミルキーシープに吹き飛ばされた頃のプリムは、とにかく後退する癖があったが、今は違う。

 余が気配を拾い感覚で方向を知らせることで、プリムがそれを読んで足を止める。


「アーティア……っ」


 もう一度、星紋を起動する。


 アーティファクトは使い続けるほど出力が鈍る。学院で習った通り、短く切って再起動すれば、出力を立て直せる。

 再び勢いを取り戻したアムリタとソーマを、余は流体を通じて吸い上げた。

 その力を武装へ回すと、右腕のガントレットがさらに大きく変形した。長剣――ほとんど大剣に近い長さだ。


「うわ、さっきより大きい……あ、胸が……」


「きゅるっ(……黙れ。集中しろ)」


「は、はい!」


 ウルフが跳躍した。ホーンラットに比べれば素早い攻撃だったが、プリムは冷静に半歩横へずれ、しっかりとウルフの攻撃を躱しながら剣を振り抜く。

 ざん、と鈍い手応え。ウルフが地面を転がり、光の粒になった。残ったのは、先端の欠けた粗末なウルフの牙が1本だけだった。高値にはならないが、プリムはそれも一応リュックへ突っ込んだ。


 コメント欄が、一気に流れた。


『え、普通にうまいな』

『剣が大きくなった?……あ、胸の露出も増えた?』

『剣がでかくなると胸の露出が大きくなるのどういう仕組みなんだ』

『Olivia_G:推論だが、武器の体積と鎧露出面積に相関がある。あの黒いスライムが全身を覆っており、武器に体積を割くほど、他部位の流体が減る仕組みと見られる』

『論理的すぎてこわい』

『つまりスライムが鎧になってるってこと? めちゃくちゃ有能なスライムやん』

『脱がし屋の解説で見方が変わってきたぞ』

『ミナりん:さっきから動きにキレが出てきてます! 配信に慣れてきたのかも』

『ミナりん実況上手いな』


「うぅ、仕様なんです……恥ずかしいからあんまり見ないでください……エロスちゃん……コメント欄が、すごいことになってるよぉ……」


「きゅるっ(……見るな。前を向け)」


(……同接が、増えている。当然だな。余の作った鎧がそれだけ素晴らしかったということだ)


 余は谷間の奥で、流れ込むエネルギーの密度を測った。同接は400を超えていて、煩悩だけではなく「すごい」「もっと見たい」という、別の熱が混じり始めていた。

 鎧の縁を走る桃色のラインが、先ほどよりも太く、鮮やかになっていた。


(……煩悩が、濃くなってきたな)


「エロスちゃん、なんか今、ちょっとドヤ顔してない?」


「きゅるっ(……してない)」


「してたよ、絶対」


(……してない)


 余は谷間の奥へ引っ込んだ。


 その時、コメント欄の片隅で誰かが呟いていた。


『最初はエロ釣りの再生数稼ぎだけかと思って開いたけど……かっこよく見えてきた』

『なんか、普通に応援したくなってきた。恥ずかしながらも一生懸命戦う姿が尊い』

『この子、将来大物になりそうな予感!』


 鎧を走る桃色の中に、新たな赤い光が一本、静かに灯った。

 なぜか、その小さな熱は、ひどく心地よかった。

 それだけではない。赤い光が灯った瞬間、プリムの足取りが、ほんのわずかに軽くなる。


(……これが、応援によるブーストか)


 煩悩とは違う。恐怖とも、憎悪とも違う。

 だがこの力を、余はもっと喰らってみたいと思った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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