ギルドと、銅級ライセンス
ギルドの救護室は、白く、静かだった。
プリムは、ベッドの上で目を覚ました。天井が、やけにゆっくり回っている気がする。
「……あれ、私」
左腕に、鈍い違和感があった。目をやると、肘の内側に細い針が刺さっていて、そこから伸びた透明な管が、ベッド脇に置かれた魔導装置へとつながっている。装置の中では、淡く赤い液体が、ゆっくりと管を伝って下りていた。
「……これ……」
「輸血です」
静かな声が、すぐそばから聞こえた。
白衣を羽織った、くすんだ金髪の女性が、ベッドの脇に立っていた。ハーフアップにまとめた髪、眼鏡の奥の目が、プリムの顔色を確かめるように動いている。手は大きく、指が長い。
「昨日、搬送された時点で、血液の成分バランスが大きく崩れていました。回復魔法や回復薬は傷を塞ぐことはできても、血液そのものの状態までは正常化できません。輸血で、成分のバランスを安定させる必要がありました」
「そう、だったんですね……」
「気分は。めまい、吐き気、指先の痺れは、ありますか」
「……ちょっと、天井が回ってる、くらいです」
「その程度なら、経過は良好です」
女性は手早く針の周りを確かめると、慣れた手つきで管を外していく。動きに、迷いがなかった。
「……あの、失礼ですけど」
「申し遅れました。ギルド医療班の、リア・メルディンです。今回、あなたの処置を担当しました」
「ありがとう、ございます。あの、私、傷とかは……」
「あなた自身に、目立った外傷はありません。今回の原因は、傷ではなく血液の消耗です。配信の記録映像は、こちらでも確認しています。おそらく、あなたのアーティファクトの生成物――治癒に使われていたもの、あれを短時間で大量に生み出したことで、体内の血液成分が急激に失われたのだと思われます」
リアは、そこで、わずかに眉を寄せた。何かを測るような、観察者の目だった。
「輸血への反応も非常に良好です。通常ならもう少し時間がかかりますが、すでに正常域へ戻りつつあります」
「は、はあ……」
「詳しい経緯について、また改めて伺うことがあるかもしれません。今は、ゆっくり休んでください」
リアは、それ以上は深追いせず、手元の記録板に何かを書きつけると、一礼して部屋を出て行った。
「気づきましたか」
フェンが、ベッドの脇の椅子から、すぐに身を乗り出した。目の下に、隠しきれない疲労の色がある。
「……フェン、ずっといたの?」
「……当然です」
そのやり取りの途中で、扉が勢いよく開いた。
「プリム!」
カレンだった。息を切らして、頬が赤い。
「カレン……? なんで、ここ」
「配信、見てたに決まってるでしょ! 顔色――」
カレンは、ベッドに駆け寄って、プリムの顔を両手で挟むように覗き込んだ。
「……よかった。ほんとに」
少しの間、カレンは何も言わなかった。それから、ふう、と息を吐いて、いつもの調子に戻った。
「はぁ……。約束通り、後でちゃんと説教するから、覚悟しときなさい」
「うぅ……ごめん」
「今はいいわ。休んで」
カレンは椅子を引き寄せて座り、フェンをちらりと見た。
「聞いたわよ、フェンさんが庇ってくれたんだって?」
「……当然のことをしたまでです」
「そう」
カレンは、それ以上は聞かなかった。代わりに、声を落として、別の話を切り出した。
「プリム。この後、ギルドの事情聴取があるんでしょ。フェンのこと、聞かれると思う」
「……うん」
「フェンのことは、獣化系のアーティファクトを持つ知人で通しなさい。見た目は隠せないけど、出自まで詳しく話す必要はないわ」
「……それで大丈夫ですか」
「珍しいけど前例はある。聞かれたことだけ答えて、余計なことは言わない。それでいい」
「うん、分かった」
「あと、聴取のときまで配信衣装で行こうとしないでよ」
「さすがに行かないよ!?」
(……当然だ。一体、何を心配していたのか)
余は谷間の中で、そっぽを向いた。
結局その日は、経過観察という名目で、ギルドの救護室に一晩泊まることになった。
翌朝、プリムはジーンズとゆったりしたパーカー姿で、救護室を出て、事情聴取のために窓口へ向かった。
窓口に座っていたのは、昨日、救護室まで付き添ってくれた、あのミナだった。
ミナは、プリムの姿を見るなり姿勢を正した。受付用らしい完璧な笑顔を浮かべているが、口の端がわずかに震えている。
「プリムさん。昨日はお加減、いかがですか」
「あ、ミナさん。もう平気です! 昨日は本当にありがとうございました」
「……いえ。お仕事ですから」
声だけは冷静だった。だが、頬はうっすら赤く、確認する書類を1枚取り違えている。
(……なるほど。配信中とは随分、様子が違うではないか)
「本日は、イレギュラーモンスターの件について、事情を伺います。少々、お待ちください」
その時、ミナの肩が跳ねた。碧い毛並みの小さな幻獣――フェレットの様な体に、赤い宝石を額に光らせ、背中には淡い小さな翼が一対生えた姿が、ふわりと現れる。
「な、なぜ今……」
小さく漏らした声を、余は聞き逃さなかった。
(……カーバンクルか。なるほど、あれがこの女のアーティファクトらしい)
小さな幻獣は、現れるなり、プリムの胸元をじっと見つめた。主人よりも遠慮がない。
「プリムさん。少し、確認させていただいても、よろしいですか? 私のアーティファクトで星紋の鑑定を行います。融合しますので、少し見た目が変わりますが、驚かないでください」
カーバンクルがミナの額に触れ、光が弾けた。
額に赤い宝石、淡い光の翼、エメラルドの瞳。融合状態のミナが、プリムの胸の裏の星紋を見据える。
「……上級審問官をお呼びします。これは、私の一存では判定しきれません」
応接室には、上級審問官が2人いた。プリムは翠の瞳で正面を見て、背筋を伸ばして座った。谷間にはエロスが収まり、フェンは室内の隅に立っている。
部屋の奥、壁際の椅子に、大柄な男が静かに座っていた。口数が少なそうな鉄灰色の短髪で、深い青の瞳がプリムをさりげなく、しかし確実に観察していた。
(……あの男は。魔力の質が違う。この部屋の誰とも違う。深層で長い時を過ごした者の気配だ)
余は、内心で静かに警戒した。
「プリム・ミルクホワイト探索者。昨日の件について伺います」
聞かれたのは、時系列の確認だった。どの経路で8階層へ入ったか。イレギュラーを最初に感知したのはいつか。どう対処したか。同行者の身元。アーティファクトの概要。
プリムは、全部、正直に答えた。姉を探すために探索者になったことも、聞かれるまま口にした。
「アーティファクトは、胸部下縁の星紋から発動します」
「星紋のランクは」
「虹色、です」
審問官の一人が筆を止めた。
「……虹金級の星紋は、ここ、日本では前例がありません。もし本当ならば世界的な快挙となる。失礼。ミナ主任、鑑定結果を」
融合状態のミナが、一歩前へ出た。エメラルドの瞳が、星紋を見据える。
「……鑑定します」
額の宝石が強く光った。
「星紋、2基。申告名称は、右が黄金豊穣の神乳、左が銀光聖浄の乳酒。いずれも規格外。等級は――虹金級。間違いありません。私のカーバンクルが、これほどの数値を示したのは、初めてです」
部屋に、沈黙が落ちた。
もう一人の審問官が、無言で何かの術式を起動した。部屋の扉に、赤い封印灯が点る。
(……この部屋そのものを、閉じたか。世界規模の機密として扱う気らしい)
上級審問官たちが、視線を交わす。その間、部屋の奥の男は――何も言わなかった。ただ、静かに見ていた。
(……余に、気づいているかもしれん。この人間の目は、ただの観察ではない。深いところを見る目だ)
「……虹金級と、正式に認定します。これは、世界で4人目の事例となります」
審問官は、そこで一度、言葉を切った。
「星紋の等級と、探索者ライセンスは別制度です。実績と経験を伴わない飛び級は認められません。ただし、虹金級の星紋保持者であることに加え、昨日のイレギュラーモンスター撃退の功績と、映像で確認された戦闘能力を鑑みれば、特例昇格が妥当と判断します」
審問官が、書類に判を押した。
「銅級ライセンスを、本日付で付与します。11階層から20階層までの、探索許可が下ります」
「……っ」
虹金級と言われても、まだ実感はなかった。けれど、銅級という言葉だけは違った。これで、姉を探しにもっと先へ進める。
プリムの翠の瞳が潤んだ。
「ありがとう、ございます……!」
ミナの融合が、ふっと解けた。光の翼が消え、額の宝石が引っ込み、瞳が元の色に戻ると、カーバンクルが肩の上でぐったりと伏せた。
その時――部屋の奥で、グラントが椅子から立ち上がった。
「……グラント・ゼファーだ。このギルドのマスターをしている」
「プリム・ミルクホワイト。少し、個別に話をさせてもらえるか」




