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保護と、契約

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 審問官たちが頷いて、ミナとともに部屋を出た。残ったのはグラントと、プリムと、フェンと――余だ。


 グラントが、プリムの正面の椅子に座った。組んだ手をテーブルに置いて、深い青の瞳がまっすぐプリムを見た。


「単刀直入に話す。昨日の配信映像は、ギルドも全て確認した。アムリタとソーマの存在は、今この瞬間も広まり続けている」


 プリムは、黙って聞いていた。


「ギルドとして、2つのことを提案したい。1つ目は、お前を保護対象探索者に指定することだ。ギルド加盟企業、提携機関、探索者ライセンス保持者による無断接触を禁じる。各国の行政機関から接触要請があった場合も、必ずギルドを窓口とする。違反者には資格剥奪や取引停止を含む処分を科す」


「……それって、私を守ってくれるってことですか」


「そうだ。ただし――2つ目がある。ギルドとの間で、アムリタとソーマの定期供給契約を結んでほしい。アムリタの効果は昨日の映像で明白だ。ソーマも、魔力汚染や呪毒への効果が同じ映像から確認されている。小瓶でいい。量や頻度は、お前の体への負担を見ながら決める」


「……それと引き換えに、守ってくれる、ということですか」


「強制はしない。保護指定は、契約を断っても行う。それは保証する」


 グラントは、そこで一拍置いた。


「今日は提案を伝えるだけだ。契約書は持ち帰って、カレン嬢や信頼できる大人に確認してもらえ。今この場で決める必要はない」


 プリムは、テーブルの上に視線を落とした。しばらく、何も言わなかった。


 余は、谷間の中から、プリムを見ていた。


 プリムが迷っているのは分かった。アムリタを誰かに渡すことへの戸惑いではない。もっと大きな何か――自分の力が、自分の知らないところで使われていくことへの、漠然とした怖さだろう。


 プリムが、顔を上げた。


「あのアムリタで、探索者が助かりますか」


「昨日の映像を見た限りでは、内臓損傷を伴う深手が十数秒で完全に塞がった。ギルドが扱う最高品質のポーションでも、安定した完全治癒まで数分はかかる。戦闘中の致命傷を十数秒で回復できるなら――死なずに済む探索者が、確実に出る」


「……そうですか」


 プリムが、もう一度、視線を落とした。それから――顔を上げた。翠の瞳が、グラントをまっすぐに見た。


「分かりました。やります」


「……いいのか。持ち帰って考える時間もあるが」


「私のアムリタで、誰かが死なずに済むなら――それでいいです。自分で決めます」


 グラントは、少しの間、プリムを見ていた。それから、静かに頷いた。


「……分かった。条件の細部は後日詰める。その判断を、ギルドは裏切らない」


「はい。あと一つ、聞いていいですか。発表はどうするんですか。アムリタとソーマの名前、もう広まってますよね」


「本日付で正式に発表する。世界で4人目となる虹金級星紋保持者の認定。黄金豊穣の神乳アムリタと銀光聖浄の乳酒ソーマの登録。両者の定期供給について基本合意に達し、条件を協議中であること。そして保護対象探索者への指定――全部、ギルドの名前で公式に出す。隠すより、先に正式に発表した方がいい」


(……この男、考え方が速い。確かに、正しい判断だ)


「フェン殿」


 グラントが、室内の隅を見た。フェンが、静かにグラントを見返した。


「探索者登録は、前向きに考えてもらえると有り難い。腕の立つ者には、ギルドとして、相応の待遇を用意できる」


 フェンがグラントを見た。グラントもフェンを見た。2人の間に、短い沈黙があった。グラントの目は、フェンが「ただの獣化系探索者」ではないと、見抜いているような――そんな深さがあった。


「……善処、します」


 グラントは、それ以上は踏み込まなかった。ただ、口の端を、わずかに上げた。


「いい返事だ」


 グラントが立ち上がり、扉へ向かった。


「プリム・ミルクホワイト。今日から、お前はギルドが守る探索者だ。忘れるな」


 それだけ言って、グラントは部屋を出た。


「きゅるっ(……プリム)」


「うん」


「きゅるる(……後悔していないか)」


「してない」


 プリムが、ふっと笑った。


「お姉ちゃんを探すのに、お金もいるし、強くもならないといけない。ギルドに守ってもらえるなら、それだけ深くまで潜れる。それに――私のアムリタが誰かの役に立つなら、それでいい。エロスちゃんが頑張って出してくれてるものだから」


「きゅるるっ(……余は頑張っていない。ただ生産されるだけだ)」


「核がオレンジになってるよ」


「きゅるっ(……気のせいだ)」


 フェンが、壁際から静かに言った。


「……プリムらしい判断だと思います」


「フェン、褒めてくれてる?」


「……事実を述べただけです」


「きゅるっ(……フェンに言われたくはないが、余も同意見だ)」


 事情聴取が終わり、ロビーに戻った瞬間、空気が変わった。

 ロビーにいる探索者が、ほぼ全員こちらを見ていた。好奇、驚き、そして何人かは、あからさまに胸元を見ている。


「あの……竜姫バニーちゃん、ですよね。握手、してもらえますか」


「あ、はい! もちろんです」


 プリムが両手を差し出すと、若い探索者は緊張した様子で握手し、何度も頭を下げて離れていった。


「……エロスちゃん、なんかみんな見てる?」


「きゅるる(……当然だ)」


 ジーンズとパーカー。普通の私服なのに、谷間に黒いスライムが収まっているせいで、むしろ余の存在が露骨に見えている。


(……そうか。竜姫メイルを着ていない分、余の存在が目立つのか)


「きゅるっ(……プリム。前を向いて、堂々と歩け)」


「エロスちゃんが、急に凛々しいこと言ってる……」


(……余は単に、この居心地の悪い状況を早く脱したいだけだ)


 プリムは首をかしげながら前を向いた。


 廊下の奥で、グラントが足を止め、ミナに何か告げている姿が見えた。


「今後の窓口も、君が担当してくれ」


 その一言だけが、遠くから聞こえた。ミナが小さく頭を下げるのが、遠目にも分かった。


(……あの主任に、担当を続けさせる気か。あの慌てぶりで、務まるのだろうか)


 プリムがロビーを抜けようとした時、ミナが追いかけてきた。


「プリムさん。先ほどの昇格、正式に手続きが完了しました。こちらが、銅級ブロンズライセンスのカードです。11階層から20階層まで、単独探索が可能になります」


 プリムがカードを受け取った。


「……ありがとうございます、ミナさん」


 ミナは完璧な笑顔のまま、一瞬だけ迷った様子を見せた。それから、意を決したように口を開く。


「……一つだけ、よろしいですか? 事情聴取の記録から、お姉様を探しておられると伺い、過去の探索記録を確認しました。サクラ・ミルクホワイト探索者の名前が見つかっています」


 プリムの表情が止まった。


「……お姉ちゃんの?」


「はい。最終到達記録は42階層です。その帰路、40階層の境界門付近で確認されたのを最後に、記録が途絶えています。銅級になったばかりの今のプリムさんには、まだ遠いエリアです。ただ――記録があることは確かです。詳しい記録を見たい場合は、いつでも窓口に来てください」


 プリムはしばらく何も言わなかった。


「……ありがとうございます」


 声が少し掠れていた。


 ギルドを出ると、外の空気が冷たかった。


 入口の前に、見慣れた赤い髪があった。


「カレン……? 待っててくれたの?」


「当たり前でしょ。どうだった?」


 プリムは、手の中のカードをそっと掲げてみせた。


「銅級、取れたよ。色々ありがとう!」


「――っ、取れたの!? よかった!」


 カレンの声が、いつもより大きかった。それから、プリムの顔をまじまじと見て、少しだけ表情を緩めた。


「……ちゃんと、元気そうね」


「うん。ギルドが功績認定してくれて。正式に付与してもらえた。それと――色々、話すことがあって」


「色々って?」


「保護対象探索者に指定してもらえることになった。それと、アムリタとソーマをギルドに定期で卸すことにした。細かい契約は、これから決めるんだけど」


「そう。契約書が来たら、私にも見せなさい。あなた、条件を読まずに頷きそうだから」


「ちゃんと読むよ!?」


「私も読むの」


 カレンが、少しの間、黙った。


「……プリム」


「うん」


「自分で決めたの?」


「うん。私のアムリタで、死なずに済む探索者がいるかもしれないって言われて――それなら、やろうって思った」


「……そう」


 カレンの声が、少しだけ、柔らかくなった。


「プリムらしいわ。よかった。正しい判断だと思う」


「カレンもそう思う?」


「思う。ギルドが後ろ盾になってくれれば、あなたが守られる。その分、深くまで潜れる」


「うん。お姉ちゃんに近づける」


「……お祝いしなきゃね。引っ越しも、決まりそうなんでしょ?」


「うん。スパチャと報奨金で、だいぶ貯まったから。カレンの家の近くに、良さそうな物件があって」


「じゃあ、引っ越し祝いで打ち上げしましょ。私、いいシャンパン持ってくから」


「ノンアルにしてね。私、お酒飲めないから」


「分かってる。ノンアルで探しとくわ」


 プリムは、空を見上げた。とてもいい天気だった。


「よし!」


 プリムが、一歩、踏み出した。


 フェンが――ゆっくりとその隣を歩いてきた。カレンも、反対側から並んだ。

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