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第2部 第4章3話 真鍮の丸バングル

 銅貨を5枚アンナに手渡したが、実は銀貨を1枚残している。

 帰りに買いたいものがあるのだ。

 何を買うかは決まってないけれど…。


 カウンターで売り子をしているアンナは、清潔感のあるくすんだ緑色のワンピースに白いエプロン姿で、コイフからはみ出している長い栗毛の三つ編みには飾り気のないくすんだ青のリボンが付けてある。

 やや丸顔で愛嬌のある素朴な笑顔は昔と何も変わっていない。

 鼻筋と頬に少しだけあるそばかすは、彼女の笑顔を彩っているようにも見える。


 パンを吟味しているふりをしながらアンナと僕のこれまでの話をし、アンナのこれまでの話を聞いた。

 そんなに多くの話ができた訳ではない。

 アンナも孤児で、パン屋の住み込みで朝から晩まで働いている。

 仕事中に抜け出して話なんてできる訳ないなんてことは当たり前だ。


 幼馴染の元気な顔を見れたことが嬉しかった。

 他愛もない当たり前の話がただ嬉しかった。


 「そういやジャン、町に最近人食いが出たって話知っている。」


 「人食い?」


 「そう、墓地とか安置所の遺体がなくなっているらしいし、襲われた人もいるんだってよ。」


 アンナがわざとらしい迫力顔をして、物知り風にしゃべってきた。

 アンナは、昔からこの手の怪談話が大好きで、昔はかなりビビらされていた。

 ただ、アンナの楽しそうな笑い声と対照的に僕の心は冷たいものに急激に冷やされた感覚がした。


 人食いか…。


 僕は無意識に自分の掌を見ていた。

 掌が真っ赤に濡れている錯覚がする。


 「…人食いって聖火病の人とかの見間違いでしょ。」


 「それがねぇ、そうでもないんだよ。」


 思わず、それっぽい反論をするがアンナは、自信満々だ。

 聖火病は、最近北部で流行りだしている、謎の病気である。


 手足が火で焼かれるような激しい痛みに襲われ、その後感覚がなくなって、真っ黒くなってポロリと脱落してしまう、激しく痙攣したり、錯乱する。

 教会の教えに反した呪であり、悪魔の仕業であって、その様子は人食いのように見えても不思議ではない。


 でもアンナは違うと言う…。

 ここでも、何かが起こっているのか?


 何かが起こっていたとしても、何も不思議ではない。

 ラムスさんの優しい微笑が脳裏をよぎる。


 「今回のは、明らかに違うんだって、暗闇で、遺体の一部を持った、

 光る赤い瞳の悪魔を見たって話がいっぱいあるんだよ。

 被害者は、内臓とか中身を全部くり抜かれてたって…。」


 「…赤い瞳?中身をくり抜かれる…」


 その意味を考えてプープラの顔が浮かび、僕は嫌な推論を否定する。

 アンナは僕の表情の変化にとても楽しそうに笑っている。

 狙い通りに、ビビっていると思っているんだろう。


 「ジャン、相変わらずビビりすぎ、マジ、ウケるんですけど。」


 「…うるせぇよ。」


 「でも、教会騎士団が調査してるらしいから、直ぐに解決するかもね。」


 「…教会騎士団。」


 ローリアクム要塞での記憶が蘇る、教会騎士団が裏で動いていること得体のしれない不安を感じる。

 良い印象が浮かばない。

 考え事してしまっていると、アンナが申し訳なさそうな顔をして、僕に顔を寄せてきた。


 「仕事にもどるから、今日はありがと、また来てね。」


 さすがに、おしゃべりが過ぎたな。

 アンナは仕事中だったということをすっかり忘れてしまっていたことが逆に申し訳ない。

 だが、もう一つ大事な用事があるのだ。


 「…ちょっとまって、教えて欲しいことがあるんだ。」


 「ええ、なに?」


 僕は、手短に用件を伝える。

 アンナは、微妙な顔をしながらも僕の質問に答えてくれた。

 

 買いたいものが決まった。



 僕は、アンナが選んでくれた5個のパンを抱えながら、アンナに手を振って、店を後にした。

 パンは、焼き立てで黄金色の香ばしそうな見た目と裏腹に、髪の毛が焦げたような不快な匂いがした。

もう、この不快な匂いにも慣れてきている自分がいる。


 気になる噂話だった。

 赤い瞳、遺体の一部を持つ黒い影、中身をくり抜かれている…最近現れた?

 教会騎士団が調査している…。


 嫌な考えしか浮かばない。

 パンから立ち上る不快な匂いが僕の思考を搔き乱していく。

 テウルニア丘陵都市で何が起ころうとしているんだ?



 黒翼団の仮拠点であるケーテ商会に戻ってプープラを探した。

 どうやら出かけていたみたいだ?

 建物の外に出て敷地の中を、プープラを探してうろうろしていると、ラムスさんが僕を呼び止めた。


 「休暇を楽しんだみたいだね。」


 「…ラムスさん…テウルニアに来てたんですね。」


 「丁度、今、着いたところだよ、ジャンク君に、会えなくてとても寂しかったよ。」


 ラムスさんが優しげに微笑み僕の頬を優しく撫でようとする。

 僕は無意識に避けてしまっていた。

 僕の表情は緊張しているはずだけど、ラムスさんは気にする様子もなく優しく楽しげだ。

 ラムスさんが僕の抱えているパンに視線を移した。


 「スペルト小麦と大麦のブレンドのパンですか。みんなへのお土産かな?」


 「…そうです。」


 「君は食べれないもんね、ふふふ。」


 ラムスさんが愉快そうに微笑する。

 胸が一瞬チクリと痛んだ。


 「他にも何かあるみたいだね?私へのお土産とかあったらうれしいんだけど。

 私用ではなさそうだね。」


 「…。」


 見透かされたような気がした。

 硬直した僕をラムスさんが再び頬をなでてくる。

 今度は黙って撫でられることにした。


 「プープラさんもお帰り、休暇を満喫できたかい。」


 「…マスター、煩い。」


 振り返るとプープラが居た。

 赤い瞳が僕を見つめている。


 心臓の鼓動が早くなってくる。

 何処かに出かけていていたのだろうか?


 どこに行っていたのかはわからないが、非常に不機嫌そうだ。

 最近僕が沈んでいることもプープラの機嫌を悪くしている気がする。

 プープラはラムスさんの命令で僕の面倒を見ている。

 それが役目とも言っていた。


 プープラは、知っていても言えない立場でもあるのだろう。

 だから僕は、プープラを嫌いにはなれない。

 こんな僕の面倒を見てくれることに感謝している。


 何よりも、僕のことを心配して苦しむプープラを見るのが辛い。

 プープラの笑顔に救われる気持ちにすらなる。

 めったには笑ってくれないのが残念ではあるのだけれど。


 今日も僕が何も言わずに出かけたからだろうか、そういう時はいつもプープラの機嫌が悪くなるように感じる。

 ほとんど表情に変化がないので表面的にはわからないのだけれど、最近はだんだんわかってきた気がする、なんとなくそう感じるのだ。


 今日は、一人で出かけなければならない理由があった。

 次は、プープラも誘ってアンナの所に行こう。

 プープラのことをちゃんとアンナに紹介しておかなくては。


 前回、二人が初めて会った時、微妙な雰囲気だったので今回、一人でアンナに会いに行ったのだけど、僕としては、二人が仲良くなってくれると嬉しいなと素直に思っている。


 そう思ってプープラを見ていたのだけれど、プープラはずっと僕を観察するように凝視していた。

 ラムスさんがクスクスと笑いながらその場を去っていった。


 沈黙の間ができる。

 無言でプープラと見つめ合うような状態になっていた。


 「プープラ、これ。」


 「…。」


 僕は、アンナから聞いた露店で手に入れた、真鍮製のシンプルな装飾の丸バングルをプープラに差し出した。

 僕の面倒をいつも見てくれる日頃の感謝のつもりだった。

 黒翼団の男性陣にそれぐらいのしておけと前々から言われていたのだ。


 女の子に贈り物とか初めて経験かも知れない。

 プープラの存在が僕を僕のままでつなぎとめていてくれる。

 僕にとっては、日頃の感謝以上の意味があった。


 プープラは、受け取った丸バングルを空にかざすようにして大きく目を見開いて少しだけ眺める。

 でも、直ぐに何かを求めるような不機嫌な表情で僕につき返してきた。


 気に入らなかったのだろうか?


 僕の世話は役目と言っていたし、プープラには迷惑だったかな。

 別に変な期待をしていた訳でもない。。

 僕は自分にそう言い聞かせる


 日頃の感謝を伝えたかっただけだ…それだけだ。

 僕は、苦笑いをして丸バングル受け取った。

 すると、プープラは、無表情のまま左手の袖をまくって、僕に突き出してきた。


 「…つけて。」

 

 僕との距離を一気に詰めてくる。

 プープラの透き通るような白い肌と、あの怪力からは想像もできない華奢な手首が視界に飛び込んで来て心臓が跳ねる。

 プープラの潤むような赤い瞳が真正面から僕を見つめてきて、吸い込まれそうになった。

 こんなプープラ初めて見た。

 緊張で手が震える。


 「えっ、…うん。」


 僕は、プープラの左手に手を添えて、緊張で震えながら、丸バングルを通した。

 触れたプープラの肌が柔らかい。


 「…。」


 丸バングルを付けた左手を空にかざして、プープラが大きく見開かれた瞳で眺めている。

 その赤い瞳は沈みかけた夕日のせいだろうか、いつもにもまして鮮やかに輝いて見えた。

 気に入ってくれたのだろうか?


 「…どおかな?」


 「…綺麗。」


 プープラは僕のすぐ目の前で、空にかざした手首を回転させながら丸バングルを眺めている。


 「ありがとう、ジャン。私は何があってもあなたの味方だから。」


 え?


 今まで見た中で一番の笑顔だった。

 プープラに見とれた瞬間、キスをされた。


 僕は何が起こったのか分からない。


 だけど、赤い瞳が綺麗でとても印象的だった。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 OFFLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS+1

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間亜種_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1_LIMITED


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v8.14]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数(コアプロトコル): 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:58.0%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]

* FILTER TARGET 0

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 0


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_051 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象(ジャン)の観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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