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第1章4話 エルフの耳はなぜ長い

 「そうだよ、エルフはあんまり人と交わらないから、見るのは初めてかな。」


 「・・・はい。」


 身体の疼きが気になって集中できない。

 視線が泳いでいる気がする。


 「表現型としては、マスクルス(男性型)だよ。」


 ん?

 

 最後に訳の分からない言葉が来た。

 変に確認するのは、また熱弁を誘発する可能性がある。

 

 まずは慎重に。


 エルフ、確かにラムスさんは、銀髪の綺麗な長髪に、整った中性的な美形、細身で長身の整った体形をしている。

 肌は白磁器のように白く滑らかだ。

 歩く様子も重さを感じない不思議な様子だった。

 しかし、耳は長くない、僕とほぼ同じ形をしている。


 本当にエルフなのか?


 深層という人間には耐えられないとされる迷宮の地下では、確かに普通の人間では暮らすのは無理だろう。

 この『ラボ』と呼んでいた場所が神殿なのか聖域なのか分からないが瘴気を寄せ付けない魔法かなにかで守られているにしても、普通の人間には暮らすのは無理があるのは確かだ。

 そして、僕は、うかつにもつい言ってしまった。

 

 「耳長くないんですね。」 

 

 その言葉を聞いてラムスさんが待っていたと言わんばかりの笑顔を浮かべた。

 プープラが少し嫌な顔をしたように見えた。

 

 やばい気がする。

 

 「君たち人間は、エルフに対して、

 森の精霊、弓の名手の狩人、魔法の使い手、

 耳が長く神秘的な存在

 という先入観を持っているからね。」


 「はい、・・・その通りです。」


 ラムスさんの口調が早くなってきている、

 これはやってしまったかもしれない。

 

 「そもそもね、森の中で暮らすとしたら、

 長い耳では枝に引っかかって千切れると思わないかい。

 そんな進化は不自然でしょ。

 森の中であれば、

 小動物以外は、小さい丸型耳じゃないと。」


 ラムスさんが自分の耳を撫でている。

 何の話が始まったんだ?


 「そして前面視界の捕食生物なら当然、

 収音のために、頭頂部に大きな可動式お椀型耳が合理的なんだけど、

 大脳が発達して球状頭部になるなら、

 筋肉を支持できないので

 耳が左右に分かれるとしても。」


 ラムスさんがつまむように自分の両耳をそれぞれ掴んで見せる。

 内容は、耳の話なんだろうけど意味は分かりません。

 僕は愛想笑いをしてうなずいて分かったふりをした。


 「このように手を添えれば、瞬間収音強化できるので、

 長くなるのは、両手が自由に使える二足歩行生物の進化圧として

 最適解ではないのだよ。」


 ラムスさんは耳の後ろに手を広げて満面の笑みである。


 「さらに、三半規管の位置が脳幹から離れるのもバランスが崩れるので、

 大脳が発達した1.8メートル前後の二足歩行生物としては、

 この耳のサイズでこの位置が

 進化圧として合理的だよ。」


 圧がすごい。

 耳の話ってこんなに盛り上がるんだ。

 乾いた笑いで返答したふりをする。


 「エルフの細長耳は、

 単に装飾品いっぱい付けるために遺伝子操作しただけなんだ、

 私の好みではないけどね。

 流行りものでね、いろんなトレンドがあるんだ。」


 楽しそうに早口でそして鼻息が荒い、そういえばこういう人だった。

 まあ、ラムスさんが満足そうだからいいことにしよう。

 内容については、わかりません。

 せっかく食事を出してくれているんだから付き合わないのは失礼なんだろうな。

 話を弾ませて楽しませた方がいいんだろうな・・・。

 トマスさんが教えてくれたエルフのことを一応聞いてみよう。

 

 「夜目が効くとも言われてます。」


 食事の席での会話だ、こちらも笑顔を作って、話を振らねばだ。

 ラムスさんは、本当にうれしそうに興奮している。

 

 「私の服装や、この建物、家具の配色を見てわかる通り、

 君たちと変わらないだろう。それはね、エルフも三色色覚だということなんだよ。」

 

 んんん?

 

 わかんないよ、もうどのタイミングで相槌していいかほんとわかんないよ。

 違和感ないだろうか。

 プープラは、氷のような無表情だ。

 僕だけぶんぶん顔を振っている。

 ある意味鼻息をかわしているようにも見えなくもない。


 「そうすると、眼球の大きさがほぼ同じであった場合、

 桿体細胞と錐体細胞の量も大差がないということになる訳で、

 瞳孔を見てごらん、猫のような縦型でも、山羊のような横型でもない、

 丸形だろ。」


 目を指さしている、見ろってことなのかな、透き通るような碧眼だ。

 しかし、興奮のせいか目が充血していて極めてキモイ。


 「光の量の調節機能もほぼ同じで、

 光学的には人間の目とかわらないんだよ。

 まあ、ニュアンスは微妙に違うけど構造場勾配を見ることができるし、

 赤外線も少しだけ見ることができる、

 でも赤い布が紫に見えたりはしないよ。」

 

 やっぱり、だめだ、言ってることがさっぱりわからない。

 しかも、話が長い。

 プープラが目を閉じて眉間にしわが寄っている気がする。

 

 「精霊の声を聴くことができるって言いますよね・・・。」


 またも、満面の笑み、鼻息が吹きあがる。

 プープラの眉間のしわが深くなった気がする、もうこれで辞めます。

 

 ほんとすいません。


 「私も精霊の声を聴きたいと思っているんだけど、

 聞いたことが一度もないんだよ。

 観測することができれば、

 色々と調べようもあるんだけどね、

 いろんな実験をやってみたけど、全くうまくいかないんだ。」


 精霊もこんなエルフと話したくないんだろうな。

 ラムスさんは特殊なエルフなんだろう。

 仕方ないと思います。


 「きわめて低い確率で物質にぶつかるニュートリノのようなものなのかと思って、

 水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置を改造して観測してみたり、

 特殊な粒子なのかと仮定して大型のハドロン衝突加速器を使ったこともあるんだけど、

 今のとこは、うまくいっていないよ。

 いつか必ず観測してみたいと思っているよ。」


 安定して何を言っているかわからない、というか気持ち悪い、つばも飛んでるし、顔にだいぶかかった。


 「そうそう、ジャン君にお願いがあるんだけどいいかな。」


 ラムスさんは、前のめりの姿勢を椅子に戻すと、落ち着いた口調になり、少しだけ申し訳なさそうに、僕を見つめなおしてきた。


 昨日は一切やめなかったのに、今日はあっさりだな。

 優しそうな笑顔は変わらない。

 

 ラムスさんには、返しきれないほどの恩がある、お願いされるまでもなく、恩を返したい。

 ここまでしてもらっていて、本来であれば、僕は何でも言うことを聞かなければならない立場である。

 何をやらされるか不安がない訳ではない、警戒で体がこわばった。


 「はい、僕にできることならなんでもやります。」

 勢いよく答えた僕の反応を見たラムスさんは、安心した様に満面の笑顔になった。


 「実は、食料が乏しくなってきていてね、

 そのうち狩りをしなくてはと考えていたんだ。

 私は狩りが得意ではなくてね、それを君にお願いしたいんだ。」


 「狩りですか・・・。」


 僕が冒険者の荷物持ちをしていたのは、弱いというのもあるし、武器や防具を持つことが許されないからだ。

 ここは迷宮深層、迷宮上層の魔物でも数人の探索小隊が連携して魔法を使ったりして戦わないと勝ち目がない。

 地上に戻って、普通の動物を狩ってきてほしいということだろうか、しかし、普通の野生動物は、領主様の財産で、対価を払わずに無断で狩りをしたらとんでもない罰を受けたり、場合によっては死罪になる。

 そもそも、致死の瘴気の中、深層から地上に戻れるのか、そして、また、深層に戻ることなんてできそうもない。


 できることには限界がある。

 

 悪いことに利用するつもりということなのだろうか?

 僕は、一瞬で顔面蒼白になってしまった気がする。


 「ごめん、ごめん、説明が足りなかったね。」


 僕の蒼白な表情を見て、申し訳なさそうにラムスさんが優しく声をかけてきた。

 

 「まず、今の君は、この深層の放射線の中でも、ある程度活動できるよ。

 そのような処置をしているからね。」

 

 ラムスさんが僕の胸の辺りを指さした。

 

 処置をしている?

 魔法をかけてるってこと。

 子の疼きの正体・・・。

 

 「次に、狩りは、このラボの周辺にいるトカゲを獲ってきて欲しいんだ、

 そんなに強くないから君でも簡単だよ。」

 

 トカゲ・・・あの得体のしれない食事はトカゲ汁とかだったということなのか。

 ものすごく嫌な想像をしてしまった。

 

 「そして、サポートとして、プープラさんに同行してもらおうと思っている。

 必要な道具も私が準備するよ。

 これなら、問題なく狩りができると思っているんだけど、

 どうかな。」

 

 プープラが一瞬僕を見た気がした。

 深層にも僕程度でも狩れる魔物がいるということなんだろう。

 

 専用の道具も貸してくれる?

 

 放射線というのは瘴気のことだと思うけど、深層の致死の瘴気の中で活動できるようにしたということは、教会の人たちが想像もできないような魔法でもかけてくれたのだろう、そんな魔法聞いたこともないけど?

 ラムスさんは、エルフで、深層で暮らすほどの凄い魔法使いだろうから、それを僕に掛けてくれたってことなんだろう。


 不安がない訳ではない。


 ここまでしてくれているのに断るなんてできない、僕にできると判断した上で言ってくれているなら、やってみよう。

 プープラが同行してくれるというのも、心強いし、彼女と二人きりで話ができる。

 いつも彼女がこの狩りをやっているかもしれないし、彼女を手伝うことができるのもうれしい。

 

 「すみません。情けない顔してしまって。僕頑張ります。」

 

 勢いよく答えた僕を見て、ラムスさんは、にっこりと笑った。

 

 「ありがとう。ジャン君、でも、無理はしなくていいからね。」


 「頑張ります。」

 

 「頼もしいね。」

 

 ラムスさんは、とても優しそうに微笑んでいて、自信はなかったけれども、この時僕は、とても安心してしまっていた。


 また・・・?


 自分の鼓動とは違う、もうひとつの鼓動が、 右腕の内側をゆっくりと叩いた気がした。


 火花が散るような微かな音がして、天井の証明が一瞬揺らぐ。

 視界が揺れたのか、光が揺れたのか、判別できないほどの微かな変化だった。


 プープラが、音もなく僕の方へ視線を向けている。

 赤い瞳が、ほんの一瞬だけ何かを確認するように凝視したように見えた。

 ラムスさんは、優しい笑顔のまま、 まるで何も起きていないかのように席を立って行く。


 僕は息を飲んだ。

 安心は、すぐに消えた。



MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 OFFLINE

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州TEURNIA地域

観測対象 人間+2_雄_AEG15_NAME:JEAN


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v2.02]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値: FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値: FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:99.9%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_005 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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