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第2部 第3章6話 平和の到来

 聖堂の中に絶叫がこだまする。

 一瞬にして、三十人以上いた騎士の数が半減した。


 騎士の鎧は、一つ一つが先祖伝来の魔法武具のはずなのに、まるで紙細工のように切り裂かれている。

 持っている剣も槍もそれなりに名のある魔法武器のはずなのに、アマルガム・スケルトンにやすやすと弾かれていた。

 それは、もう戦いという代物ですらないように見えてしまう。


 なんなんだよ…これ…なんなんだよ。


 僕は、足がガクガクと震え、立っているのもやっとだった。

 フランツ伯は床にへたり込んで身動き一つしていない。


 吹き飛んだ、騎士の頭部がフランツ伯の目の前に転がっていく。

 フランツ伯が言葉にならない悲鳴を上げる。

 僕にはフランツ伯が失禁しているように見えた。


 「た、助けてくれ…何でもする…頼む…。」


 フランツ伯が気でもふれたかのように絶叫した。

 ただ見ているだけの僕ですら、絶望の光景に身動きができない。

 フランツ伯の立場に居たら僕も正気を保てるか分からなかった。


 「止めろ。」


 吹き飛んだ大穴と化した出入り口から、聞き覚えのある声がした。

 人影がこちらにゆっくりと歩いてくる。

 アマルガム・スケルトンは攻撃を中止し、その人影に道を開けるかのように後退し、把持している剣を儀仗兵のように掲げた。

 床に広がる騎士の血が、深紅の絨毯の様だった。


 フランツ伯を含め、騎士は10名も残っていなかった。

 騎士たちは、剣を握りしめたまま、がくがくと震えている。


 その脇を髑髏の騎士が悠々と歩いていく。

 歩みと共に床が濡れた音を立てた。


 黒鳥の羽の装飾の漆黒のマント。

 両肩に竜の角を思わせる意匠の黄金色に輝く全身鎧。

 金色に見えた髑髏兜は、兜ではない。

 空洞の眼窩に異様な赤い光だけが浮かんでいた。


 髑髏の騎士は、僕の前に来ると、片膝をつき、頭を垂れた。

 嫌な汗が全身を伝っている感覚がする。

 騎士の絶叫が止み、かすれるように引きつる笑い声がする。


 「ベルトラン君、ご苦労様、首尾は上々のようだね。」


 何を言ってるの…ラムスさん?


 ラムスさんが楽しそうにほほ笑んでいる。

 プープラはうつむいて震えているように見えた。

 何が起こっているんだ?


 ベルトラン副隊長は行方不明だったはず。

 髑髏の騎士がベルトラン副隊長ってどういうことなんだ。

 それに、なんで髑髏の騎士は僕に頭を垂れているんだ。

 意味が分からない。


 「ジャン様、ご報告いたします。オヴィラワ防衛都市住民約13,000名は処理終了いたしました。

 投入したスケルトン兵の被害は、3パーセント以内です。順次、住民の擬態化を行っております。」


 ベルトラン副隊長の声だった。

 抑揚もなく、硬質で冷たい、でも聞き覚えのある同じ声。


 なんなんだよ、これは…。


 意味が分からない、震えが止まらない。


 「ジャン君、ベルトラン君を労ってあげてよ。大活躍だったんだよ。」


 「お褒めいただき、ありがとうございますラムス様。」


 「…どういうことなんですかラムスさん…。」


 「樹海竜誘引による、君の食材回収が思ったよりうまくいかなくてね

 回収が後手に回って、ほとんど傷んでしまったんだよ。

 そこでだ、オヴィラワ防衛都市住民を君の食材にしようと思ってね。

 ベルトラン君にひと肌脱いでもらった訳だよ。」


 何を言っているんだラムスさん…僕のための食材?


 「ベルトラン君にひと肌脱いでもらうも変な言い方だね?もう人の肌ないしね、あははは。」


 ラムスさんがケラケラと笑っている。

 何がそんなに楽しいんだよ、意味が分からないよ。

 樹海竜もラムスさんが原因だったということ…。

 それも、僕の食材を確保するのが目的で、今回のことも同じ目的。


 なんなんだよ、何人殺してるんだよ。


 「ジャン君の細胞内の同位体崩壊代謝オルガネラを安定的に増加させるために、

 最近は濃縮して提供してるんだよ。

 君は思った以上に大ぐらいなんだ、でも、これだけ確保できれば安心だね。」


 「…プープラは、知っていたの…。」


 僕の言葉にプープラの身体が僅かに跳ねた。

 プープラは小刻みに震えている。

 そして、うつむいたまま何も答えない。


 それが答えなんだろう。


 今まで僕が食べていたものの答えでもある。

 床に溜まっていた騎士の血が僕の足元に伝ってくるのが見えた。


 僕はとっくに人間を止めていたんだな。


 何でなんだろう。

 さっきまでの恐怖も不安も消えている。

 吐き気もなければ、嫌悪感もわかない。

 

 感情が沈んでいくような感覚がした。


 「悪魔…いや…魔王めええ、地獄に落ちろおお。」


 フランツ伯が突然絶叫のような悲鳴を上げた。

 狂気の目が僕を凝視している。


 「ジャン様に対して不敬である。」


 ベルトラン副隊長だとする髑髏の騎士がそう言葉を発したかと思うとフランツ伯の首が床に転がった。

 何かが光ったように見えただけで何が起こったのか分からない。


 フランツ伯の身体が遅れて、血だまりにゆっくりと倒れた。


 「殺さないでって言ったのに…まあ、いいか、残りもやっちゃって。」


 ラムスさんが呆れた様子でため息をついている。

 さして困っている様子もない。

 僕は、何も考えられなかった。


 ラムスさんの言葉でアマルガム・スケルトンが動き出す。

 直ぐに生き残っていた数名の騎士の悲鳴も聞こえなくなった。

 

 大聖堂は、静寂に包まれる。

 いや、オヴィラワ防衛都市全体が静寂に包まれているように感じた。

 

 もう、この都市には、生きている人間は誰一人いないのだろう。

 

 僕はそう思った。



 後にオヴィラワの動乱と呼ばれる今回の衝突はコンラート辺境伯の全面勝利で幕を閉じた。

 表向きは、黒翼団がオヴィラワ防衛都市から進軍した300を半数の150という少数でほぼ損害を出さずに打ち破ったことで、フランツ・フォン・シュワルツェンベルク伯が和睦を申し出たということになっている。


 防衛都市オヴィラワは、無血開城され、コンラート辺境伯が名実ともに領地を掌握するに至ったのだ。

 フランツ伯は、コンラート辺境伯の臣下となり、掌を返したように協力的になっている。


 簡易砦はコンラート辺境伯の管理下に置かれ、ユヴァウム交易都市に駐留していた教会騎士団は、テウルニア丘陵都市に後退し、メディタラニアン王国北部は、コンラート辺境伯がほぼ掌握した状態となった。

 

 表向きはそうなっている…。


 防衛都市オヴィラワの住民は、何事もなかったかのように生活しているし、ベルトラン副隊長は、行方不明のままだ。

 動乱は収束し、日常が戻ってきている。


 僕が目にしたことがまるで幻だったかのように…。


 食堂でプープラが僕に食事を運んできた。

 いつかの夕食で食べた『ポルケッタ』だ。

 前に食べた時は、肉の旨味と、脂の甘味、香草の香りが一体となった、とても美味しい料理だったが気がする。


 今はなんの味も感じない。


 「お嬢、俺にもそれ作ってよ。」


 ロバートさんがからかってくる。

 いつものとおり、プープラが無視している。


 「お姉さんにだけ一口頂戴。あーん。」


 マルグリッドさんがプープラの髪を撫でている。

 いつの間にかプープラがマルグリッドさんにだけ僕の食事を食べることを黙認するようになっていた。


 そういうことなんだろうと思った。


 プープラは誰になんと言われようと、眉も動かさずに反応しない。

 というか徹底的に冷たい。


 「ジャン、いい嫁さん持ったな。」


 「そ、そんなんじゃないですよ。」


 僕は上手く笑えているだろうか?


 「毎日、見せつけやがってこの野郎。」


 攻撃隊の何人かに首を絞められるようにからかわれたが、プープラは無表情、そして徹底的に無反応。

 僕は、首を絞められているのに、胸が苦しくてたまらない。

 

 なんだろう、前はどんな風に笑っていたっけ?


 「…プープラ、ごめん。」


 「…ジャン…。」


 プープラが僕を無表情に凝視している。

 悲しそうにも見えた。


 僕には世界が色あせて見えていた。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS+1

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間亜種_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1_LIMITED


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v8.12]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数(コアプロトコル): 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:FALSE

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:58.6%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]

* FILTER TARGET 0

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 0


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_048 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象(ジャン)の観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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