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第2部 第1章5話 赤い瞳の思い出

 「ここだと魔物が寄ってきてウザイから『管理事務所』にいこうぜ。」


 「かんりじむしょ?」


 「歩けるか?」


 「…なんとか。」


 スタトゥア2Bと名乗った赤い瞳の少女は、私に近寄ると片手を差し伸べて私を立たせようとしてくれた。

 掴んだスタトゥア2Bの手は柔らかく、とても華奢で透き通るように綺麗で見とれてしまう。

 しかし、その見た目と反するように、私を掴んだその手は、トレッドホイール・クレーンのようにものすごい力で私を引き上げて立たせてくる。


 「…あああ…。」


 「なんだよ、足に力入ってねーじゃねえか。」


 「…ごめんなさい、歩けそうもないです…。」


 体力を消耗していて、空腹、疲労、目眩、吐き気と倦怠感がピークに達していて体に力が入らなかったということもあるのだけれども、そもそも、私は、スタトゥア2Bに片手で宙に吊り上げられており、足が地面から10センチも浮いている。


 スタトゥア2は、私よりも10センチ以上も身長が低く、小柄で華奢な見た目をしているのに、恐ろしいほどの怪力だ。

 助けてくれた直後は、天使に見えていたのだが、今は、まったくそんな風には思えない。


 私は、迷宮の底で一体何に助けられたのだろう?


 底知れない恐怖を感じてきた。


 「歩けないんじゃ仕方ないな、担いでいくか。」


 「担ぐ?」


 スタトゥア2Bは、片手で吊るし上げていた私を、まるで小麦袋でも担ぐように、軽々と右肩に乗せてしまった。


 「ぐえええ。」


 「きたねぇな。」


 勢いよく肩に乗せられたんだ、腹部が圧迫されて、胃液を吐いてしまっても不可抗力だ。

そもそも扱いが雑過ぎる。

 何も食べていなかったから、胃液で済んだものの、ちゃんと食事をとっていたら今頃、胃の中の全部吐いている自信がある。

 私は、スタトゥア2Bの右肩に、両足を前方方向にして担がれていた。


 「…下ろしてよ、一人で歩けるから…。」


 「無理でしょ、BT 38.5の中程度発熱、HR毎分120の頻脈、

 BP収縮期血圧92の低血圧、RR 22/MINの軽度頻呼吸、SPO2が95%、

 消化器症状、脱水・電解質異常症状、神経症状、ARS初期症状もある。

 担いでやるよ、ありがたく思え。」


 急に訳のわからないことを、これでもただ冒険者を3年もやってきたわけじゃない、体力には自信があるんだから。

 強がってみたものの、今にも意識が飛びそうで体に力も入らない。


 「ここは迷宮下層の直ぐ近くだからさ、線量がたかいんだよ、

 おまえ、そんなところで三日くらい彷徨ってただろ、

 バカなんですか?」


 「…く、うるさいわね。」


 スタトゥア2Bは、私を担いで、巨大な門の脇にある階段を登っていく、視界に入る巨大な門に圧倒される。


 「…これって、試練の門?」


 「はあ?何言ってんのどこからどうみても水門でしょ。」


 「…。」


 この子は、どこかおかしいから言い返すのはやめておこう。

 これは、教会で伝えられる、神様が作った試練の門で間違いない。


 今はそれどころではない。


 急勾配の階段を肩に担がれて移動するのがこんなに恐ろしいとは…。

 巨大な門の構造物が距離感を麻痺させるが、どんどん離れていく地面との落差に恐怖を感じる。


 「…もう、無理…。」


 全身の力が抜けるように弛緩していく。


 「あああ、なに漏らしてんだよ。きたねぇな。」


 薄れいく意識の中で、スタトゥア2Bの叫び声、そして壮大な試練の門に架かる虹を見た気がした。



 眼を覚ますと、崩れたがれきしかない場所で焚火の炎が揺らめいていて、私の身体を優しく温めていた。

 焚火と言っても、なにが燃えているんだろう?

 奇妙なトロみのある液体と何かのカスのようなものが勢いよく燃えていて、即席で作られた、三点窯でポットが蒸気を上げていた。

 赤い髪、赤い瞳の少女がそこにいた。

 その赤い瞳は、焚火の光を反射しているのではなく、 内側から淡く発光しているように見えた。


 「目を覚ましたか?一応さっき口移しでも飲ませたけどさ、改めてこのORS飲んどけ。」


 突然、スタトゥア2Bの声がしたかと思うと、顔面に透明な液体が入った、ぶよぶよした不思議な容器をぶつけられた。


 「痛い、なにすんのよ。」


 「生分解性ボトルだから、ごみはそこらへんに捨てていいよ。」


 「なんなのよ、これ?」


 「これだから、原始人は、黙って飲めよ。めんどくせぇ。」


 スタトゥア2Bは、私からぶよぶよした容器を取り返すと、先端を捩じり、色の違う部分だけを取り外して、私の口にねじ込んできた。

 スタトゥア2Bの突然の行動に混乱してものの、口の中に広がる液体の味と体に染み渡っていく感覚は生まれて初めてのものだった。


 なんだ、この液体?


 こんなおいしい水、初めて飲んだ。


 夢中で、不思議な容器に入っていた液体を飲み干してしまった。

 液体を飲んだせいだろうか、お腹が激しく鳴った。


 「腹減ってんだろ、これ食べろよ。見た目は悪いがこれだけで2000カロリーあるからな。」


 スタトゥア2Bは、私の手元に、三センチメートル四方の四角い何かの塊を投げてきた。

 積み木?

 レンガ?

 この塊を食べろと?


 「ステムセルコーヒーを淹れてやる、ボケた頭がすっきりするぜ。」


 ステムセルコーヒー?

 本当、なにをいっているのか分からない。


 スタトゥア2Bは、沸いたお湯で、何やら黒い液体を作り私に渡してきたが、見た目が最悪だ。

 しかし、穀物や生豆を彷彿とさせる香ばしいとてもいい匂いがした。


 戸惑う私を見て、スタトゥア2Bがケラケラと笑っていた。

 体力が少し戻ってきたのだろうか、私もつられて笑ってしまった。



 「さてと、私はそろそろラボにかえるよ。」


 「え?地上に戻らないの?」


 「んー?仕事があるんだよ色々と、マスターがまってるしな。」


 「マスター?」


 立ち上がったスタトゥア2Bがめんどくさそうに頭を掻いている。

 スタトゥア2Bと離ればれになることに、強い不安を感じた。


 「そうだ、これやるよ。」


 スタトゥア2Bは、そう言うと、首から赤い宝石のネックレスを外して私の手元に投げて渡してきた。

 光が屈折してキラキラと輝いている。

 いや、宝石の内部が規則的に僅かな光を発しているようにも見える。


 「なに、これ?」


 「ドックタグみたいなもんだけど、お前用にアップデートしといた。

 放射線進入軸ずらし効果とかもあるし、地上への誘導もセットしてあるから、

 それあれば地上に帰れるぜ。」


 「これがあれば、帰れるってこと?」


 「ああそうだ、じゃあな。もうしょんべん漏らすなよ。」


 「…うるさい。」


 私が赤面して言いかえすと、スタトゥア2Bは、私に背を向けてさっさと迷宮の奥底に消えていった。



 その後、私は、彼女の言ったとおり、あっさりと地上に戻ることができ、迷宮中層の試練の門の目撃者の数少ない一人となった。

 兄たち冒険者仲間は、誰一人生還しておらず、私は天涯孤独になったものの、スタトゥア2Bのくれたペンダントには、他にも不思議な力があり、私は魔法士として才能が開花し、黒鷲団にスカウトされ、黒翼隊に配属され、今に至っている。


 あの時以来、スタトゥア2Bに会うことはなかった。

 生きるのに精いっぱいで、すっかり忘れていたくらいだ。

 お礼を言い損ねていたことを思い出したのは、数年もたってからのことだった。


 フォルスタウでプープラが強力な弓を使ってマンティコアを爆散させたとき、全身に電気が走る様に記憶が鮮明によみがえった気がした。


 印象的な赤い髪。

 深く無機質な赤い瞳


 ペンダントの特殊魔法効果、私だけしか使えない『隠蔽魔法』を自分自身にかけ、現在、『ラムス工房』に向かうプープラちゃんとその他大勢をストーキングしている。


 性格や言動は、スタトゥア2Bとはまるで違うけど、記憶のなかの彼女とプープラちゃんの見た目はまさに瓜二つ。


 もしかして、親戚?

 まさか、娘さん?


 あの時、迷宮の底で私を救ったのは、彼女だけだった。

 私の中の感情が恩義なのか…憧憬なの…執着なのか分からない。

 何でも、いい、とにかくかわいい。


 おや?


 プープラちゃん、みんなと別行動?


 プープラがヴォルター団長達から離れて、『ラムス工房』があるという建物の裏手に移動していく。

 いつもジャン君から離れないのに珍しい。


 でも、二人きりになるチャンスかも、追うにきまってるじゃない。


 プープラを追って、建物の裏手から中に入り、地下に降りていく階段をしばらく降りていくうちにいつの間にか、プープラを見失ってしまった。

 複雑で入り組んだ経路だったけど、間違ったのだろうか?


 プープラちゃん足早すぎ、追いつけないじゃない。


 マルグリッドは、二人きりになるチャンスを逃してしまったことに心底がっかりしてしまった。

 それにしても、ローリアクム要塞の地下にこんなところがあったとは。


 夢中でプープラを追いかけていたので、気に留めていなかったが、隠しとびらとか、あったような気もする?

 非常に嫌な予感がしてくる。


 戻らなくては…。

 ここは危険だ。


 帰り道がよく分からない、目の前に大きな扉があるので、そこから地上に戻れるかもしれない、最低でも何らかの接続通路の可能性もある。

 そう考えて隠蔽魔法を継続したまま、大きな扉を少し開け、静かに中に入った。


 巨大な部屋だが、霜が降りていて、極端に寒い。

 人間サイズの複数の袋が天井からぶら下がっている奇妙な部屋だ。


 袋の中身は分からない。

 一番近くの袋を見ると名札だろうか、何かが書き込んである木札が付けてあるのに気が付いた。


 ここは、いったなんなの?

 やけに寒い?


 マルグリッドは、木札の文字を何気なく見てみた。


   『ケーテ43KG』


 なにこれ、ケーテってどういうこと?

 全身に悪寒が走る。

 ここにいてはいけないという危険信号が全身を駆け巡っている。


 その瞬間だった、視界が回転して、奇妙なことに、首のない自分の身体が見えた。

 視界が落下していく。


 なにが…。


 引き延ばされたかのような時間の中で視界に映るのは、赤い髪、赤い瞳の無表情な私の大好きなプープラちゃんの顔?


 違うスタトゥア2Bだ、やっと会えた。

 私を助けてくれたあの赤い瞳…。


 伝えたいことがある。

 言いたいことがあった。


     ありがとう。


 やっと…言えた…。



 マルグリッドの意識が暗闇に溶けると同時に、床面に砂袋が落ちたような鈍い音が響いた。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS+1

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間亜種_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1_LIMITED


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v8.04]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:FALSE

 ‐対象社会性 > 閾値:FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:FALSE

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:70.2%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 0


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_037 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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