第6章8話 境界からの伝言
光の柱と化した剣を大きく振りかぶり、はじけ飛ぶ岩盤と共に僕は、黒騎士に突進を開始した。
空間を捻じ曲げるように、剣を黒騎士に振り下ろした。
「子供に付き合っていられるか。」
黒騎士がそう呟くと、右手に持つ槍の先端から、一瞬にして退紅色の光の槍が数本生まれ、真っすぐに僕に突き刺さるように伸びてきた。
猛烈な突進をしている途中であり、僕には瞬時にそれをかわすことができない。
まずい、直撃する。
攻撃が直線過ぎたかと思い、全身が硬直するような感覚を覚える。
僕の身体が強く青白く輝き、突き刺さろうとした退紅色の光の槍は、捻じ曲がるように進行方向を変え、光の粒がはじけるように消えた。
どうやら、僕には効かないみたいだ。
なんともない。
このまま、剣を振り下ろしてやる。
全身の力を込めて、剣を振り下ろした瞬間だった。
腕が熱い?
僕の右腕の表面が捲れるように蒸発していく。
「うああああ。」
僕の剣に収束していた光が霧散するかのように薄くなり、弱々しくなっていく。
空間が歪にねじ曲がり、強い吐き気に襲われる。
全身が黒ずみ、身体の中から焼かれているような熱を感じた。
「おや、位相を立て直したか、塵も残らず蒸発するかと思ったのだが?」
僕が突進の勢いのまま、坑道の出入口があった方向に突っ込んでいく様を眺めながら、爆風で巻き起こる土砂すら意に介することなく、黒騎士は涼しげに微笑していた。
何が起こったんだ…。
息が苦しい、気持ちが悪い。
身体の内側がのたうつように、脈動し始めたような感覚がする。
焼けて皮が剥がれた僕の右腕の表面が急速に黒く結晶化していく、黒ずんだ皮膚の部分から、結晶のような粉が噴き出し、キラキラと宙を舞う。
身体の芯が蠢くように疼き、激しい脈動が気持ち悪い。
急激な飢餓に襲われる。
僕の身体に何が起こっている?
僕は両膝をついたまま左手で右腕を押さえ、目線を黒騎士に合わせるのがやっとだった。
右腕の感覚がまるでない。
剣の柄は溶けた右掌にめり込むように境界がなくなっている。
「…おまえ、どこまで改造されているんだ?」
僕の変化に興味を示したように、黒騎士がゆっくりと近づいてくる。
黒騎士が歩を進めるごとに足元の地面が瞬間的に蒸発していく。
足元が陽炎のように歪んで見えて、まるで宙を歩いているようだ。
勝てない。
圧倒的すぎる。
呼吸をするのもやっとだった。
「テオドリック君、ジャン君をいじめないでくれるかな?」
「そこにおられましたかラムス様。」
崩れた坑道の入り口の隙間からラムスさんが、出てきたかと思うと、僕の頭を優しく撫でた。
黒騎士は、歩を進めるのを止め、恭しく頭を下げた。
「ジャン君、高度な構造場操作を行う相手に真正面から突っ込むなんて感心しないなあ、
自動構造場防御機構も閾値を超えるとコヒーレンスの拡大と維持がオーバーフローしちゃうんだよ。」
「…何を言っているんですか…?」
相変わらず意味の分からないことを言う…。
今の僕は意識を保つのもやっとだった。
ラムスさんが来てくれたことで…なぜだろう?
とても僕は安心してしまっていた。
「いい質問だね、電子雲変化をトリガーとして同位体崩壊のタイミングに干渉を及ぼし、
核内のスカラー場の揺らぎを介して、ヒックス場に揺らぎを生じさせ、
見かけの質量増減や見かけのQ値に揺らぎが生じると前に説明したじゃないか。でね。」
今…それどころじゃないでしょ?
ラムスさんの言葉が、僕のどこにも引っかからない。
ラムスさんが楽しそうに早口になっていく。
黒騎士が一瞬痙攣するように震えたように見えた。
「スカラー場との結合は共鳴条件に依存し、任意のエネルギー抽出は不可能なんだけど、
コヒーレンスの拡大と維持を行うことによって…。」
「ラムス様、ラムス様、よろしいでしょうか。」
黒騎士がラムスさんの早口にかぶせるように大声で叫んでラムスさんを呼んだ。
さすがのラムスさんも早口を中断して、黒騎士の方に視線を移す。
何故か、とても残念そうな顔をしている。
「これからいいところなのに、何のようだい?」
ラムスさんは、腰に手を当て、優しく微笑した。
黒騎士は、ラムスさんと対照的に声が低くなっていく。
「樹海竜暴走事案の調査をしております、被害拡大防止のため、適切な事後措置も講じております。
本来であれば、樹海竜は、森林魔境地帯をはなれません。
ラムス様は、今回の原因に心辺りはありませんでしょうか?」
「『神の杖』で消し飛ばすのが適切なのかい?」
「あの段階での不可逆的な被害拡大措置においては、合理的と判断されております。」
「しかも私が関与してるとでも言うのかい?」
何なんだこの会話は、マンティコアに寄生された住民を吹き飛ばして処分したということなのか?
そして、ラムスさんが樹海竜の突然の進行に関与している可能性があるってこと?
僕は、軋むからだを支えながら、得体のしれない違和感を覚えた。
「ラムス様は、『レムス』様のアカウントをお持ちと聞き及びましたので、よもやと思いまして…。
いかがですか、ラムス・フラウデウス・イニティウム様?」
黒騎士の言い回しに不穏な気配を感じた。
『レムス様』?
誰のことを言っているんだ、ラムスさんに名前が似ているけど…。
黒騎士が『レムス様』といった瞬間、ラムスさんの眼が一瞬だけ剣を帯びたように見えた。
初めて見るラムスさんの表情に僕は、背中に氷柱を突っ込まれたような異様な冷たさを感じた。
「その人は、『アヴェンティヌスの丘』で眠っているよ。遠い昔のひとだ。」
「記録上は、そうなっていると承知しています。」
「そうかい、まあ、私が答えれることはないよ。」
ラムスさんの声が冷たくなっていく。
何の話をしているんだ?
全く話についていけない、話が見えない。
「わかりました。いったん上にはそう報告させていただきます。」
「おや、帰るのかい?」
「今日の所は引かせていただきます。最後にクィリヌス様からの伝言をお伝えいたします。
『我が壁を超える者は、今後誰であれ死ぬことになる』
以上です。」
黒騎士はそう言うと、踵を返した。
黒騎士の鎧の数か所が盛り上がり、背中、腰、脹脛にそれぞれ鋭角な三角形の羽のようなものが形作られていく。
さらに、首周りや胸部に奇妙な開口部が形成され、周囲の空気を吸い込み始め、背中に形成された2つの大きな穴から、何かが回転しているような高音を発しながら勢いよく噴出されている。
対照的に形成された奇妙な6枚の羽根が、互い違いに規則的に大きく動いた。
「それでは、ラムス様、失礼いたします。」
黒騎士がそう告げた瞬間、黒騎士の背中から爆炎が噴流のように吹き出し、一瞬の内に天に駆け上がっていった。
そのまま、爆音を響かさせて、黒騎士は遥か彼方に消えていった。
「やれやれ、面倒くさい奴がいってくれて良かったね。ジャン君。」
黒騎士を見送ると、ラムスさんがいつものように優しく微笑んでいた。
プープラがすごい勢いで、僕の方に駆けてくるのが見える。
ベルトラン副隊長たちの姿も遥か遠くに見えた、動いているように見えるので、何とか無事なのだろう。
僕の右腕にできていた薄い結晶の表皮がひび割れて剥がれていく、そこには、何事もなかったかのような、傷一つない肌が見えた。
キラキラと光を反射して結晶の粒子が美しく舞っていた。
僕は、何になってしまったんだろうか?
プープラが僕をきつく抱きしめて泣いている。
優しくプープラの頭を撫でると、プープラが涙を浮かべた赤い瞳で僕に笑いかけてくれた。
フォルスタウの町は、跡形もなく消失しており、周囲の森は、山火事が発生し、街道も消し飛んでいた。
そもそも馬や荷馬車を失っているため移動手段が徒歩しかない。
おかげで、僕達がケーテを連れてユバヴァウム交易都市に戻るのに、かなりの日数を費やすこととなった。
ユバヴァウム交易都市では、フォルスタウの町の消失について、樹海竜侵攻事件の直後でもあり、『世界の終りの到来』、『神の怒り』などと、凄まじい大混乱になっていた。
「神よ、お許しください。」
自らの身体を鞭で叩き、神への許しを大声で叫びながら練り歩く集団にすれ違うこともあった。
僕達がユバヴァウム交易都市についた時には、フォルスタウの町は『聖夜騎士団』という教会騎士団が封鎖したと聞かされた。
教会騎士団の活動が活発化して、都市全体に張り詰めた雰囲気がある。
宿の窓から町の様子を眺めながら、フォルスタウの町で見たこと出会った人々のことを思い出す。
誰かに話しても誰も信じないだろうな…。
ケーテは、あれ以来、魂が抜けたようになっている。
無理もない、生まれ故郷も、友人も隣人も家族さえも、何もかも無くしたのだから。
「ジャン、ご飯。」
「ありがとう。プープラ。」
プープラが僕の食事の様子を無表情にじっと見つめている。
あれ以来、プープラが僕のそばからますます離れなくなり、過保護になったような気がする。
そして、僕と視線を合わせると依然より笑ってくれる気もする。
それはそれで悪い気がしない。
食事に手を伸ばした際に、袖が捲れて僕の手首が見える。
手首から上腕にかけて、一部が青黒い鱗状になっているのが見えた。
ここだけは、元通りにならなかった…。
僕は、直ぐに袖で手首の鱗をみんなに気が付かれないように隠す。
プープラが僕の様子を見ている気がした。
「みなさん、馬車の手配がやっと着きました、これで、やっとオヴィラワ防衛都市に向かえますね。」
「ラムス様、何から何まで本当申し訳ありません。」
ベルトラン副隊長がラムスさんに深々と頭をさげている。
マルグリッドさんが、負傷したことで、ベッドに横たわったままだ。
ロバートさんが心配そうにマルグリッドさんを看病している。
「ベルトラン殿、ヴォルター隊長からのお手紙を預かってきました。」
ラムスさんが、ベルトラン副隊長に手紙を手渡すと、ベルトラン副隊長は急いで封を開け、食い入るように手紙を読みだした。
そして、その内容を深刻な顔で僕達に教えてくれた。
MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_
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型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE
PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS【NO AMMO】
セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域
観測対象 人間亜種_雄_AEG15_NAME:JEAN
PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1
[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.09]
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* 目的関数: 【観測対象報酬累積最大化】
* 閾値判定マトリクス:
‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]
‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]
‐対象社会性 > 閾値:FALSE
‐対象感情多様性 > 閾値:FALSE
‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]
‐………
* 安全装置プロトコル
‐マスター命令優先度:95.2%
‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先
[PROCESS_STATUS: NORMAL]
* ENEMY 0
* DANGERROUS INDIVIDUAL 0
[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_032 ONLINE]
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対象の観測、および飼育環境の最適化処理を開始。
外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。
次回ログ生成時の再接続を要望します。
【お知らせ】
お読みいただきありがとうございます。今回で第一部完結となります。
第二部は、9月6日(日)午後9時更新から開始しますので、引き続きよろしくお願いいたします。




