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第6章7話 黒騎士の襲来

 地面を蹴った瞬間、僕の体は自分の意思よりも速く前へ飛び出した。


 視界の端で、プープラがケーテを抱えて後退するのが見える。


 キマイラ化したマンティコアが、ゆっくりとこちらへ首を傾けた。

 2つの顔が別々の方向を向きながら、歪んだ笑みを浮かべる。


 距離が一気に縮まる。


 マンティコアの背の上に生えた人間の上半身が、 僕に向けて腕を伸ばすように震えていた。

  指は人の形をしているのに、関節の向きがどこかおかしく、まるで別の生き物が中で動いているような、不自然な震え方をしていた。


 「……だ…れ……か。」


 声は確かに人の声だった。


 でもその奥に、獣の唸りと金属の擦れる音が混ざっている。

 胸が締め付けられるように痛む。

 誰の声なのかすら分からない。


 僕は剣を握り直した。


  『プリーマ・パシス』

  

 手の中で短剣の青白い光が収束していく。

 強く捩じるように柄を握る手に力を込めると、剣が振動するように脈打っていく。

 この力を使うたびに、まるで僕の意志を学んでいるかのように、重さや質感、動きまでも変化していく感覚がする。


 目の前に迫るいびつなマンティコアは、アンネル、それともハンス。

 それとも別の誰かなのだろうか…。


 振りかぶった剣にも腕にも重さを感じない。


 マンティコアの赤い涙を流す金色の眼と視線が交差する。

 そこに、君達はまだいるんだろうか?

 

 アンネル、ハンス、ハインそして住民たちの顔が脳裏に浮かぶ。

 

 マンティコアの動きが鈍い、止まっているようにしか見えない。

 いびつな形だ、まともに動けないのだろう。

 スローモーションのように右前足を振り上げてくる。


 振り下ろす剣に重さが注ぎ込まれていくような感覚がして、マンティコアの胸部にめり込んでいく。

 

 空間が歪み世界が白く塗りつぶされていく。

 音のない、漂白された世界にいるような気がする。

 

 漂白された世界が僕の体と剣と彼女達の身体から放たれる青い光に塗りつぶされていく。


 「…ありがとう…わすれないでね。」

 

 そう聞こえた気がした。

 彼女達が塵になって粉々に崩れて消えた。


 

 

 深い穴だけが残ったその場所に音と色が戻ってきた。

 

 地面から、蒸気が上がり、僕を中心に地面が溶けている。

 爆風のような突風が脇をすり抜けていき、周囲の空気に焦げる様な熱を感じた。


 「…みんなは…。」


 ケーテが息を切らせて走って戻ってくる。

 白熱する地面の熱に阻まれて僕の近くには来られないようだ。


 ベルトラン副隊長とロバートさん、マルグリットさんの姿も見える、ロバートさんは、僕のまき散らした土砂が口に入ったのだろう、盛んに吐き出していた。

 ベルトラン副隊長とマルグリッドさんが頭から被った土砂を払いながら僕の方に向けてゆっくりと歩いていた。

 ラムスさんは、どこに行ったのか姿が見えない。

 この程度のことでどうかなる人ではないだろう。


 「ジャン、なんともない?」


 プープラは、僕の直ぐ背後にいて、僕の身体をいつものようにペタペタ触って確認してくる。

 いつもと違って、落ち着かない様子に違和感を感じる。


 「大丈夫、なんともないよ。」


 僕が袖をめくって右腕を見せると、結晶のような粒子が舞って、キラキラと綺麗に青白い光をはなって輝いた。

 腕には、黒ずみもなく、火傷もない。


 プープラが僕に怪我がないことを確認すると、僕に視線を合わせて、一瞬だけ微笑んだ様に見えた。

 しかし、プープラの微笑は、直ぐに消える。

 落ち着かない様子で周囲を気にしており、僕に張り付いている。

 

 いつもの余裕が感じられない?


 「僕は、大丈夫だよ?」


 「…。」


 周囲には大声で泣く、ケーテの鳴き声が響いてきた。

 胸が苦しくなる。

 

 勝利の余韻も達成感もない、僕は胸が痛くてたまらなかった。




 突然周囲に聞いたこともない轟音が響く。

 耳をつんざく地鳴りのような低音の連続音、空を切り裂くような高音がものすごい勢いで近づいてくる。

 音が反響してどこから聞こえてくるか分からない。


 なんだ、なにが起こった。

 マンティコアがまだ、残っているのか?


 僕は、突然の轟音に、全身が硬直した。

 プープラが空を見上げている。


 空?


 とっさに空を見上げると、巨大な黒い魔獣が空を飛んでいる。

 黒いドラゴン…。

 

 なんなんだ、あれは?


 それは、音を置き去りにするような速度で真っすぐに、僕の真上まで飛んでくると空中に静止した。

 そして、ゆっくりと僕の目の前に降り立った。

 黒騎士が降り立った瞬間、空気が一度だけ押しつぶされたように沈み、肺の奥が激しく震えた。


 鋭角な黒い羽が変形するように折りたたまれていく。

 背中の大きな穴から噴き出していた炎が収まっていくにつれ、規則的な高音が収まっていく。


 漆黒の竜の意匠の兜。

 僅かに濡れているように艶めかしい光沢のある漆黒の鎧。

 身体のラインに沿った身動きのできなそうな形状。

 その巨人は、持っていた巨大な両手槍を片手で軽々と振ると、先端を地面につけた。

 地面から蒸気が上がって、周囲に水蒸気が立ち込める。


 いつかの黒騎士がそこにいた。

 

 「ここに、寄生体が数体いたはずだが、君がやったのか?」


 黒騎士が僕に視線を合わせてくる。

 圧倒的な実力差を感じる。

 

 「…。」


 息を呑むだけで声が出ない。


 反応できない僕の背後で、プープラが素早く弓を構えていた。


 「ジャン、逃げて。」


 弦がきしむ音がかすかにする。

 青白い火花が散って、空間の歪みが僕の頬をかすめる。


 足元が白熱して勢いよく蒸気を上げ、地面が崩壊していく。

 プープラがほぼゼロ距離で、連続で矢を放っていく。

 放たれた矢は消えたように、空間に数本の線を刻む。

 

 空間だけが切り裂かれたように歪んだ。


 「プープラ、なんで…。」


 「ジャン、早く。」


 プープラは、矢を放つと、無表情のまま、強引に僕を抱えて一跨ぎに飛び、黒騎士から距離を取った。


 眼を疑う一瞬の出来事だった、黒騎士の身体が青白い閃光を発したかと思うと、奇妙な金属が弾かれたような共振音がし、黒騎士の遥か後方の山腹に、数個の巨大な土煙が上がった。


 土煙の数の轟音が遅れて響いてきた。


 「これだから、スタトゥアB型は…。」


 黒騎士が僅かに首を曲げ、左手で首をさすりながらつぶやいた。

 無傷なのか?


 僕は、がくがくと足が震えてきた。

 圧倒的すぎる、あのプープラの矢がまったく効かない。


 距離を取ったプープラが連続して、矢を放っている。

 矢を放つ動きが人間のそれではない、三十本ほど入っていた矢筒の矢が一瞬でなくなっている。


 身動き一つしない黒い騎士には、一本も命中せず、黒騎士の背後の山腹の形が変わってしまうほどの爆発が連続で起こっていた。


 プープラが時間を稼いでくれたおかげだろうか、ベルトラン副隊長達がケーテを連れて、後方に避難しているのが見える。

 

 そもそも、黒騎士の目的が何なのかも分からない。

 

 突然、黒騎士が槍を振った様に見えた。

 隣にいた、プープラが小さな悲鳴を発したかと思うと、遥か後方に吹き飛ばされた。


 胸の奥で、何か硬いものがひび割れるような感覚がした。


 何をした。

 

 全身の毛穴が開くような感覚がする。

 僕は怒りと恐怖で心が跳ねた。


 黒騎士は、そよ風にでも吹かれているかのように周囲を見回している。


 遥か後方で、プープラがよろめくように立ち上がっているのが見えた。

 最悪の状況にはならなかったようで全身の緊張が一瞬弛緩する。


 僕は今すぐにでもプープラのところに駆けつけたい衝動をおさえつつ、黒騎士を凝視した。

 プープラが吹き飛ばされた瞬間から胸の奥が冷たくなっていく。

 こんな怒りを覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。

 怒りというより、何かが静かに壊れていく感覚だった。

 

 「お前たちでは相手にならない、ラムス様はどこだ。」


 黒騎士が僕を睨むように凝視する。

 ラムスさんが目的ということなのか?

 

 前に攻撃的な態度のレグラとかいうエルフの女騎士がラムスさんを捕まえようとしていたような気がする。

 ラムスさんは、どうでもいいがプープラを傷つけたことがどうしても許せない。

 

 プープラの弓より、僕の剣の方が上だ、好きなようにはさせない。

 僕は唇をかみしめて、剣を強く握り返した。


 「止めておけ、無駄だ。」


 「……これ以上は、許さない。」


 「…。」


 僕の返答に黒騎士が初めて槍を構えるように動かした。


  『エクスペルギスケレ』

  『セクンダ・パシス』


 樹海竜の時にラムスさんから教えてもらった呪文だ、「二段階目」という意味も教えてもらった。

 僕のもてる最高の一撃をくれてやる。


 僕を中心に光の柱が立ち上がる。

 放出される光の帯がのたうち回り、周囲の岩盤が捲り上がっていく。


 白熱した地面が溶けて流れていく。

 周囲が青白い光で飽和していく。


 「…ラムス様のおもちゃかにしては、余剰排出が多いな。」


 「…それがどうした。」

 

 絶えれるもんなら耐えてみろ。


 僕が真っすぐに剣を天にかざす。


 光の柱が剣に収束を始める。


 黒騎士の口角が僅かに上がった。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS【NO AMMO】

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間+5_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.08]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:FALSE

 ‐対象社会性 > 閾値:FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:FALSE

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:96.2%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: DEFCON1]

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 1

- THEODRIC : CATASTROPHIC-CLASS_FULL COMBAT MODE


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_031 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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