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第6章6話 消滅のフォルスタウ

 巨大な地響きがして、足元から全身を突き上げられるような激しい揺れが襲ってくる。


 なんだ、何が起こった。


 地中の岩盤を伝わって轟音が響き、空気が激しく振動する。

 岩が軋んで悲鳴を上げているような錯覚に襲われた。

 

 耳がツーンと痛くなり、周囲の空間の圧力が急激に変化している感覚がし、天井や壁の岩石の一部が崩れ、細かい土砂の粉が舞い上がる。


 ベルトラン副隊長、ロバートさん、マルグリッドさんが、放心したように坑道の地面に座り込んでいた。

 ケーテ達はうずくまって震えている。

 アンネルは呼吸が浅く、肩が激しく上下している。


 アンネルの呼吸に同調し始めたのか、ハンスの呼吸も荒くなり始めた。

 同時に多くのことが起こったため頭が混乱する。


 プープラは何事もなかったかのように平然としており、無表情に折り畳み式の弓を展開して、金属製の円筒形の小さな筒を弓に詰め始めた。

 ラムスさんは、優しげな表情をしつつも顎に手をやり、何事か考えているようだった。


 「…神の杖でも使ったのかな?」


 ラムスさんがつぶやいた。


 地響きが続いている。

 神の杖ってなんだ、この地震の原因ってことなのか?

 

 「ラムス様、神の杖とは、いったい何が起こったのですか?」


 ベルトラン副隊長が立ち上がってラムスさんの発言の意味を確認した。

 ラムスさんは、考え事を止めたのか、にっこりとほほ笑んだ。


 「時速約12,000キロメートルで、

 タングステン合金の金属棒がフォルスタウの町に打ち込まれたんだよ。

 マンティコアの卵と寄生された中間宿主を汚染地域ごと処理した結果だね。」


 「ラムス様、できればもっとわかりやすく…。」


 「簡単にいうと、消えたんだよ、町も、卵も、中間宿主も、全部まとめてね。

 何もないってことさ。

 まさか、ここまでやるとはね、しかも想定より早いし。めんどくさい連中が来たみたいですね。」


 「何を言っているんですか、そんな馬鹿なことが…。」


 誰もがラムスさんの言っている言葉の意味を理解できなかった。

 全員が動けずにいたその時、アンネルが大声で叫んだ。


 「痛い、痛い、痛いいいい。」


 「アンネル、大丈夫、しっかりして。」


 ケーテが、地面にうずくまるアンネルの背中をさすろうと手を置いた瞬間、空間が歪んだ。


 アンネルの背中が盛り上がり、背骨の棘突起が巨大化していき、服を突き破る。

 衣類と異なる湿った何かが弾けて引き裂かれる音もしていた。

 鉄が錆びたような金属的で生臭いにおいが充満してくる。

 腐ったチーズ?強い体臭のような、酸っぱく鼻を衝く匂いもした。


 何が始まったんだ…。


 アンネルの激痛をこらえるような悲鳴が響きわたる。


 ケーテが後方に後ずさり、つまずいてしりもちをついた。

 腰を抜かしたともいえる。


 僕は、目の前の光景に身動き一つできなかった。

 ベルトラン副隊長とロバートさんが、硬直した表情で剣を構えた。

 マルグリッドさんが、大杖をかざしている。


 アンネルの胴体が風船のように大きく膨らんだかと思うと、全身に硬質な血の色のような体毛が生えていく。

 両手両足が、人の胴体のように太くなり、指先の爪がナイフのように鋭く、獅子を思わせる形状に変わっていく。


 アンネルの背後から見ているからか、顔は見えない。

 甲殻類のような毒々しい紫色のサソリのような尾が見える。


 ついさっきまで、小さな少女アンネルだったそれは、瞬く間に体長3メートルを超えていた。


 アンネルが振り返って僕の方を見た。


 素朴でかわいらしかった顔が、水にふやけたように崩れかけている。

 大きく見開かれた金色の瞳からは、血のような涙が流れていた。


 「…た…す…けて。」


 かすれるような、金属の擦れるような不快な声で、それは、確かに『助けて』と僕に言ったように聞こえた。


 アンネルの顔が痙攣するように震えている。

 苦痛の表情で僕達を見ていた。


 坑道に隠れていた住民が次々にうずくまり悲鳴を上げ苦しみ始めた。

 次々と骨の軋む音が連鎖して響いてくる。


 ハインだけが、腰を抜かしたようにへたり込んで放心している。

 小便を漏らしていた。


 「いやあああ。」


 ケーテが絶叫のような悲鳴を上げた。


 住民が次々にマンティコアに変体していく。

 このままではマンティコアの巨体に押しつぶされてしまう。

 逃げなくては、頭ではそう思うのに体が思うように動かない。


 「全員、坑道外に移動しろ。早く。」


 ベルトラン副隊長が叫んだ。


 「ジャン、早くして。」


 プープラに手を引かれたことで僕は我に返った。

 ケーテとハインがまだ行動を開始していない、2人を助けなくては。


 僕は、坑道の奥に戻り、ケーテの手を引いて立ち上がらせた。

 ケーテは、何事がぶつぶつとつぶやいているが何を言っているか聞き取れない。

 ハインは、呆けたように笑っている。


 「ハイン、立て、こっちに来るんだ。」


 「ジャン、早くして、もう、坑道が持たない。」


 プープラの言葉に天井を見ると、先ほどの地震のせいだろう、天井に亀裂が走り、パラパラと小石が降ってきていた。

 このままでは崩れる。

 

 轟音を立てて落盤が起こった。

 マンティコアへの変体が始まっている何人かが落盤の下敷きになった。

 もう限界だ、砂煙で周囲が見えなくなる。


 強引に手を引かれて、僕は引きずられるように、坑道出入り口に移動を開始した。

 僕は、ケーテの手を強くつかんで離さなかった。


 

 坑道の外は、来た時とまるで風景が変わっていた。

 そこは、むき出しの地面しかなかった。

 フォルスタウの町があった方角に、巨大な灰色の柱だろうか、雲なのだろうかが天高くそびえている。


 今はまだ、昼にもなっていない午前中なはずなのに、周囲は暗く、太陽が見えない。

 空から、細かな砂埃や灰が静かに降ってくる。

 周囲に砂っぽい焦げた匂いが充満している。

 焼けたように空気が熱い。


 何よりも、そこには何もなかった、塵のせいで、遠くの様子は分からないが、散発的に山肌が崩れているのだろう、雷のような重低音が響いていて、これがのどかなフォルスタウの町があった場所だと思えなかった。

 

 「な、なんなのよこれ…。」


 僕の後ろで弱々しいケーテの声がした。

 へたり込んだ、ケーテ呆然と地獄のような光景を凝視していた。


 ベルトラン副隊長達も驚愕して、棒立ち状態だ。

 あまりにも圧倒的で、破壊的で現実の光景に思えなかった。


 背後で破裂音がして、坑道の扉が吹き飛んだ、土埃が巻き上がって、周囲の視界がますます悪くなる。


 「マルグリッド。」

 

 ベルトラン副隊長が叫んだ。


  『フォルクトゥス・インプルスース』


 マルグリッドさんが呪文を叫ぶ。

 青白く発光が見えたかと思うと、急激に圧縮された空気が広がるような圧力がして周囲の土埃が吹き飛ばされ、視界が開けた。


 僕は、つばを飲み込んだ。


 目の前には、体長5メートルを超えるだろうか。

 2つの水にふやけたような青白い顔。

 血のような涙を流す4つの金色の眼。

 赤黒い硬質の毛並みの獅子の身体。


 獅子の背には、できもののように手を体側につけてしばりつけられているような人間の上半身が1つ生えている。

 その上半身は水にふやけたような肉塊にも見える。


 それぞれの口から、低音の重なり合って響くようなうめき声がした。


 「おや、変体直後だから、合体して、キマイラ化したね。これは、珍しい。」


 ラムスさんが、楽しそうに観察をしている。

 何がそんなに楽しいのか意味が分からない。

 何なんだよ、これ。


 「…た…す…けて。」


 キマイラ化したマンティコアがゆっくり僕達の方に向けて動き出す。

 坑道の崩落のせいだろう、瓦礫が体の数か所に突き刺さっていて、瀕死のようにも見える。

 動きはかなり鈍い。


 マンティコアの首元部分が水平に避けて、大きな穴を形成していく。


 無数の鋭利な歯がいびつに並ぶ巨大な口が表れた。

 体に突き刺さっていた、瓦礫が排出されて傷が塞がっていく。


 恐怖で全身の毛が逆立つ、目が離せない。

 身動きができない。


 頭部の二つの顔がそれぞれ別方向に傾きながら、歪むように歯を見せて笑った。


 僕は、唇を思いっきり噛みしめた。

 意識がはっきりする、これは攻撃前の威嚇行動だ。

 元に戻す方法はない…。


 できることは…終わらせてあげることだけ…。


  『エクスペルギスケレ』


 僕が静かにそうつぶやくと、僕の全身が青白く発光し、右手に握る剣が脈打つように振動した。


 僕の周囲から、蒸気が上がり、周囲の温度が上昇していく。


 「プープラ、ケーテを安全なところに避難させて。」


 「…わかった。」


 僕は、力強く地面を蹴りだし、突進を開始した。

 地面が爆発したかのように舞い上がっていく。


 キマイラは、歪に震えている。


 僕は、目を大きく開き、キマイラと視線を合わせた。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間+5_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.07]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:96.3%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: CAUTION]

* ENEMY 1

 -CHIMERA:MANTICORE_INTERMEDIATE HOST_COMPOSITE CREATURE

* DANGERROUS INDIVIDUAL 1

 -UNKNOWN_DETECTION LIMIT


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_031 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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