↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/32

第6章4話 父の宝物

 ラムスさんの言葉に、全員の視線がラムスさんに集まった。

 ケーテはうつむいて震えている。


 泣かないように耐えているようにも見える。


 ロバートさんは、ゴブレットを持ったまま固まっている。

 マルグリッドさんは、プープラの髪をとかすのを止めて、大杖を握りしめている。


 プープラだけが興味なさそうに無表情だった。


 「どういうことなんですかラムス様。」


 ベルトラン副隊長が動揺した様子で、ゆっくりとゴブレットをテーブルに置くと、テーブルの上に肘を立てて両腕を組み、顎を乗せた。

 ラムスさんが、やや顔を傾けて優しく微笑した。


 「マンティコアは樹海竜を最終宿主にした寄生生物だからね、

 中間宿主としては、樹海竜に食べてもらうために、

 同位体崩壊代謝オルガネラを多く持つ中間生物が多いんだけど、

 人間も独特な同位体崩壊代謝オルガネラを持っているからね、

 今回のように寄生する場合がある。」


 ど、どういうこと?

 またしても、ラムスさんの言っている意味が分からない。

 マンティコアが寄生生物?


 「ラムス様、もう少しわかりやすく教えてくれませんか。」


 何かを察したかのようなベルトラン副隊長が青ざめた顔で、ラムスさんを凝視している。

 ラムスさんは、きょとんとした様子だ。

 

 「この間、ここの近くを樹海竜が通過してるじゃない、

 その時に、ウンコでもしたんじゃないかな、

 大体の樹海竜は、だいたい、マンティコアの卵持ってるからね、野生生物なんてそんなもんだよ。

 それより、樹海竜は、あんまり排泄しないから糞はとても珍しいんだ、ぜひ観察してみたいね。」

 

 「…ここ最近、マンティコアが多く出現しているのは、樹海竜の二次被害ということなのか…。」


 「そうなりますね、マンティコアに寄生されると、顔以外が大きく変体するけど、

 頭部は、寄生された中間宿主のままだからね。

 人間の生息域で目撃されるマンティコアの頭部が人間なのは、

 人間に寄生したからということだね。」


 「…。」

 

 「寄生する中間宿主の違いで別の魔物と勘違いされるよね。」


 全員が沈黙した。

 無言でうつむくケーテの膝の上に大粒の涙がこぼれていた。

 ラムスさんだけが優しい口調で話をしている。


 「…もしかして、町の人達は…。」


 「…町のみんなは、最近みんな急におかしくなったの。

 もうまともなのは私くらいしか残ってない…。みんな、私のことも分からなくなってる。」


 ケーテがうつむいたまま震えるようにしゃべり始めた。


 「…10日前、奇妙な毛虫みたいな魔物が大量に町に現れたの、

 父が討伐隊を組織して、ほとんどが即座に退治されたはずだったのに…

 それからよ、父や町のみんなが変になったのは。」


 「それ、毛虫じゃなくて卵だからね、下手に触ったりしたらダメなんだよ、

 刺針に触ると刺胞から体内に卵を産み付けられる

 ジャンク君には侵入できなかったみたいだけどね。」


 え?


 「あの毛虫は、マンティコアの卵鞘みたいなものだからね。」


 らんしょう…卵?

 あの時の毛虫ってもしかして…マンティコアの卵…なのか…。

 それで、やたらプープラが僕の身体を確認してた?


 背筋が寒くなった。

 全身が痒くなるような錯覚に襲われる。


 プープラは、相変わらず無言で無表情だ。

 ラムスさんだけがなぜか楽しそうだ。


 この町で今何が起ころうとしているんだ。

 あの奇妙な住民は、みんな寄生されているってことなのか。


 日が山の陰に隠れたのだろう、部屋の中が急に暗くなった。

 暖炉の薪が僕達を照らし出し、大きな影が壁に揺らめいている。


 「…我々は、どうするべきなんだ…住民は…既に…。」


 ベルトラン副団長が誰にとではなく呟いた。


 「住民全員、討伐するってことなの…。」


 「このままでは、大量のマンティコアが発生することになる。」


 「おい、おい、だからってよ。」


 ロバートさんの言葉に沈黙が流れる。

 うつむいて震えていたケーテの震えが止み、エプロンドレスの裾を強く握りしめたのが見えた。

 ケーテが顔を上げて、ベルトラン副隊長を鋭く見つめた。


 強い意志がその涙を浮かべた瞳に宿っているように見える。


 「それが、私からの依頼の全てよ。」


 「…わかった。」


 ベルトラン副団長がうなだれるように依頼を了承した。


 僕には、それがいいことなのか、悪いことなのか分からなかった。

 住民を助ける方法はないのか?

 ラムスさんなら知っているんじゃないのか?


 僕がラムスさんを見ると、ラムスさんは優しく僕の頬を撫でてくれた。

 手の温もりが伝わってくる。


 「皆さん、そんなに深刻にならなくても大丈夫ですよ。

 寄生された住民すべてがマンティコアになることはありません。」


 ラムスさんが穏やかな口調でほほ笑んだ。

 この時、僕は、ラムスさんがまるで、神が遣わした救世主、いや、天使に見えた気がする。

 ラムスさんは、住民を助ける方法を知っているのかもしれない。


 みんなの視線がラムスさんに集まる。

 プープラだけが、なぜか僕を見ている。


 「人間の同位体崩壊代謝オルガネラの構造が、本来の中間宿主とは異なるため、

 よほど多くの卵が体内に侵入しないと成長できないんですよ。

 まあ、脳に侵入しますから急性好酸球性髄膜炎にはなりますけどね。」


 え?


 つまり、どういうこと?


 「父君のように、変体できるのは少数です。後は、脳症で死ぬのでほっておいて大丈夫ですよ。」


 ラムスさんがにっこりと笑った。

 誰一人言葉を返さなかった。

 いや、返せなかった。


 ケーテだけが無言でラムスさんを睨みつけていた。


 ケーテの視線に全く反応することなく、ラムスさんが建物の外の方に目線を動かした。

 嫌な予感がする。


 「やっぱりきましたね。私達包囲されてますよ。」


 ラムスさんがにこやかにほほ笑んだ。


 ベルトラン副団長、ロバートさん、マルグリッドさんがラムスさんの言葉に反応して、素早く小窓から外の様子を確認した。

 僕もベルトラン副団長に続いて、隣から外の様子をうかがう。


 日が沈んで一気に暗くなっており、遠くの山の稜線が微かに見える程度でもはや周囲に何があるのかも分からない。

 そのかわり、建物の周囲を無数の松明が取り囲んでいることだけがはっきりと分かった。

 松明の炎に照らされて、僅かに人間の輪郭が見える。


 建物は完全に包囲されていた。


 「父君を排除してしまったからね、私達にも卵を産み付けようとみんな集まってきてしまったね。」


 ラムスさんが外を覗き込む僕の隣にやってきて、小窓を覗き込みながら穏やかに語り掛けてきた。


 「…どういうこと。」


 僕達の背後からケーテが叫んだ。

 鋭くラムスさんを睨んでいる。


 「脊髄に寄生して宿主の身体を変体させるけど、個体差もあって完全に意識を失う訳ではないからね。

 ケーテさん、父君は、なれ果ててもあなたのことを守っていたのかもね、

 でもなきゃ、いままで寄生されずに済むわけがない。」


 「…そ、そんな。」


 ケーテの瞳から感じていた強い意志が砕けたように消えていた。

 ゆっくりと崩れるようにその場に座り込んでしまった。


 「…おとうさんが…私を守っていたの…。」


 「樹海竜は、なかなか捕食行動とらないからさ、マンティコアは、

 食べられるために中間宿主状態で、数年から数十年は活動するんだ。

 面白いことに縄張りとかも形成するよ。」


 何を言っているんだ、ラムスさんは、やめてくれ、意味が分からない。

 あの、マンティコアは、ケーテのお父さんで、意識が残ってて、ケーテを守ってたということなのか?


 「いずれ、意識は喪失したとは思うけど、樹海竜のもとに向かわずに、ここに残っていたのだから、

 そうだと思うんだよね。

 私たちがこの家に訪れたとき、有無を言わさずに攻撃してきたのも、君を守りたかったのだろうね。」


 「いや、いやあああ、おとうさん。」


 ケーテが床に伏して大声を上げて泣いていた。


 僕達がしたことは、正しかったのだろうか。

 何もかもが分からなくなってくる。


 ケーテの鳴き声に反応したのか、松明の群れが、一気に動き出す。


 松明を掲げる住民の生気のないうつろな顔がはっきりと見えた。

 背筋がじわりと冷たくなる。


 松明の光が、まるで僕たちを焼き尽くすための炎に見えた。

 けたたましい馬のいななきが響き渡った。


 馬のいななきは、まるで突入の合図のようにしか聞こえなかった。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間+5_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.05]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:96.5%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]

* NONENTITY 127

-MANTICORE_INTERMEDIATE HOST_FAILED SPECIMEN

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 0


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_028 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。