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第6章3話 人面獅子

 青白い肌の水にふやけた顔の角度がゆっくり右側に傾いていく。


 金色の眼が僕を凝視している。


 僕は、恐怖で剣が震える。

 瞬きすらできない。


 「ああは、なりたくないねぇ。」


 ラムスさんがマンティコアを観察するように眺めている。

 やばいって、逃げなきゃ。

 ラムスさんの言葉に、依頼主の少女の眼が険しくなった気がする。


 「ジャン、下がって。」


 プープラの声が聞こえて、我に返り、僕は、剣を向けたまま、距離を取るためにゆっくりと後ずさろうとした。


 マンティコアの口が歪むように開き、黄ばんだ歯を見せて笑った。

 その瞬間、玄関の屋根に居たはずのマンティコアが僕の視界から消える。

 

 左側に突風のような風圧を感じた。


 早い。


 「ジャン、左後方、伏せて。」


 プープラの声が鋭く響く。


 僕は即座に左後方に向きを変えようと体を捩じる。

 右手に剣を持っているため、死角を突かれている、やばい。

 血の気が引いて寒気がする。

 時間がゆっくりと進んでいるような感覚に襲われる。

 周囲の音が聞こえない。


 左に視線を向けた瞬間、一瞬で視界全体が鮮やかな血のような毛並みに塞がれた。

 硬い毛並みが、凄まじい風圧で後ろに寝ているのが見える。


 根元が太く、ナイフのように湾曲した数本の巨大な爪が空気を切り裂いて、僕の顔面に迫ってくる。

 爪の隙間にこびりついている乾燥した肉の欠片まではっきりと見えた。


 死ぬ。


 天地が逆転して、視界が暗転する。

 鉄塊で強打されたような振動のあと浮遊感が体全身を包む。

 内臓がせりあがるような不快感が襲ってくる。


 なんだ…何が起こった。


 時間感覚が戻った時、僕は、家屋の壁にめり込んでおり、崩れた瓦礫に埋まっていた。

 急いで瓦礫をかき分けて上半身を起こした。


 一瞬の出来事だったと思う、死んだと思った。

 痛みも怪我もない?


 全身が淡く青白く発光していた。

 結晶のような粒子が僕の身体から舞っている。

 魔法なのか?


 僕の前に立ち塞がる、マンティコアが驚愕の表情で僕を凝視しており、動きが止まっている。

 僕を警戒しているように見えた。


 「ジャン、無事か。」


 ベルトランさんの叫び声が聞こえる。

 マンティコアがベルトランさんの大声に反応して、身体の向きを変え、再び屋根の上に飛び上がって、僕の視界から消えた。


 「ジャン、ちゃんと避けて、バカなんですか。」


 プープラが僕のことを支えて立ち上がらせてくれた。

 無表情のプープラの言葉は、怒りに満ちている。

 回避行動もとらない、僕にあきれているのかもしれない。


 「ジャン君、構造場自動防護機構があるから、あの程度では、傷一つ付かないけど、

 避けた方がエネルギー効率いいからさ、節約してくれるとうれしいなあ。」


 ラムスさんが楽しげに、そして優しく僕に声を掛けてくれた。

 この人だけ緊張感がいつもない気がする。


 直後に破裂音がして、屋根の上に閃光が走る。

 マルグリッドさんの閃光魔法攻撃?


  『コンフィルマーティオー』

  『クラウデレ』

  『コヒベーレ』


 続けざまに、マルグリッドさんが呪文を唱える。

 強化、結界、弱体化の魔法のはずだ。


 同時にベルトラン副隊長とロバートさんが屋根に飛び上がる。

 全身が青白く輝いている身体強化魔法か?


  『エクスペルギスケレ』


 ベルトラン副隊長とロバートさんの叫び声が聞こえて、分厚い鉄板を叩いたような鈍い音が響き、建物全体に衝撃が伝わって、パラパラと埃が屋根から降ってきた。

 

 やったのか?


 この位置だと、何も見えない。

 期待と不安が入り混じった感覚になる。


 「くそ。かてぇ。」


 「ジャン、そっちにいった、逃げろ、すぐ行く。」


 ベルトランさんの叫び声が聞こえたかと思うと、マンティコアが屋根から僕の目の前に着地していた。

 マンティコアの金色の眼と視線が合って、全身が硬直する。


 何が英雄だ、僕は何にもできないじゃないか。

 情けないにもほどがある。


 全身の震えが止まらない。

 右手に持つ剣がカタカタと音を鳴らしている。


 「駄猫が…。」


 「…え。」


 僕の背後で毒づくような言葉を発したプープラが弓を構えている。

 こんな怒りに満ちたプープラの声を初めて聴いた気がする。


 次の瞬間、マンティコアの顔の中心に真っ黒な穴が開いた。

 また、時間が止まったような感覚になる。


 なんだ…。


 マンティコアの全身が震えるように宙に浮かんだように見えた。

 次の瞬間、マンティコアの全身が膨れるように見えたかと思うと粉々にはじけ飛んだ。


 遅れて、僕の脇を轟音と風圧が駆け抜ける。

 前方から爆発音が響き、肉片が飛んで来て、僕の顔に張り付いた。


 「プープラさん、威力押さえて欲しかったなあ、魔石まで粉々じゃないか、もったいない。」


 ラムスさんが、少しだけ残念そうに微笑していた。

 プープラが満足そうにフンスと鼻を鳴らしていた。


 「なんだ、なにがあった、マンティコアこなごなじゃねえか?」


 「なんなの、その弓、魔法の弓だったの?」


 ロバートさんが屋根から降りてきて、驚愕の声を上げている。

 何処かに隠れていたのだろう、マルグリッドさんも近寄ってきて、プープラの頭を撫でている。


 ベルトラン副隊長が、地面にへたり込んでいる、依頼主の少女にゆっくりと近づき、手を差し伸べた。


 「依頼達成ってことになるのかな?」


 「…ほんとに、傭兵団の人だったのね?」


  依頼主の少女は、ベルトラン副隊長の手を取って立ち上がると、両手で服についた土汚れを払っていた。

 粉々になったマンティコアを見て、僅かに悲しそうな表情をした。

 ラムスさんが、依頼主の少女を見て、優しく微笑した。


 なんだろう、なぜか、違和感がする。


 「私は、ベルトラン、黒翼隊のベルトランだ。」


 「同じくロバート、よろしくな。」


 「マルグリッドです。よろしくね。」


 マルグリッドさんは、なぜか、プープラにべったりと張り付いて、プープラの頭を撫で続けている。

 プープラは、無表情で棒立ちだ。

 自己紹介もする気ないのか?


 「僕はジャンです。そこに居るのは、プープラ。」


 プープラが何も言わないので代わりに僕がプープラを紹介すると、プープラが一瞬笑ったように見えた。

 自分で言ってよ。


 「私は、ラムスと申します。マンティコアを一体倒しましたが、これで全てとはおもえません。

 状況を説明してもらえますかお嬢さん。」


 「…ケーテ、私の名前よ。中に入って状況を説明するから。」


 優しく微笑むラムスさんと対照的にケーテの、目は攻撃的に鋭く、態度も、固かった。

 目の前に魔獣が表れて、それが倒されたのに、喜びもしないなんて、なんなんだこの人は?

 僕達は、ケーテに案内されて、家の中に入っていった。

 


 家の中に案内され、居間兼台所だろうか、削りだしただけの分厚い木のテーブルがあり、背もたれのない長いベンチに腰を掛けた。

 

 大きな部屋で、壁際に石造りの暖炉があり、薪が燃えている。

 部屋の隅には、職人が作ったのだろう、実用的な木箱や素朴な食器棚が置かれている。

 壁には厚手の羊毛織物が掛けられており、床には獣皮が敷かれていた。

 

 天井の梁には、カモミールやセージ、保存用のソーセージ、玉ねぎの束がいくつも吊るされている。

 部屋からは、色んな匂いがして、特に薪の煙の臭いした。


 部屋の様子を眺めていると、ケーテが木製のゴブレットにグリューンワインを入れて運んできて、僕達の前にそれぞれ、並べて置いた。


 「いいねえ、ワインだぜ。」


 僕の向かいに座るロバートさんがとても喜んでいる。

 マルグリッドさんは、ぴったりと体を付けるようにプープラの隣に座っていて、プープラの髪をとかしている。

 僕の左隣に座るプープラは、無表情だ、髪を触られても特に何の反応も示す様子がない。


 僕の右隣に座るラムスさんは、木製のゴブレットに注がれたグリューンワインの香りを微笑しながら楽しんでいるが口はつけていない。


 僕にも無理だ、嫌な匂いしかしない。

 別に飲まなくても変じゃないよな?


 ラムスさんの向かいに座るベルトラン副隊長は、グリューンワインを一口だけ飲むと、視線をケーテに向けた。


 「早速だが、この町に現れたマンティコアについて、詳しく教えてくれないか。」

 

 「…。」


 ベルトラン副隊長の問いかけに、ケーテの肩が震えた。

 ケーテは、無言のままだ、沈黙が流れる。


 「先ほどのマンティコアは、あなたの父上でいいのかな。

 いや、元父上と言った方がいいのかだけど。」


 沈黙を破った優しい口調のラムスさんの声が静かに響いた。

 

 え?


 全員が息を呑んだ。


 ケーテが鋭くラムスさんを睨め付けるように凝視し、その眼には涙が溜まっている。

 唇を強くかみ、両肩が震えている。


 「当りだね。」


 ラムスさんが、にっこりと笑った。

 ケーテの肩が震え、涙がこぼれそうになったまま固まっている。


 その表情は、怒りとも悲しみともつかない、混ざった何かだった。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間+5_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.04]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:96.6%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: DISPLEASED]

* ENEMY 1

 -MANTICORE_INTERMEDIATE HOST_SUCCESSFUL CASE

* DANGERROUS INDIVIDUAL 0



[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_027 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


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