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第6章1話 王国の惨状

 樹海竜南進事変は、王国の軍事・経済・治安の三つを同時に破壊した、王国史上最大の危機だった。


 樹海竜の突然の南進によって、魔境防衛拠点ローリアクム要塞が陥落し、正規軍2000名が壊滅した。

 インムリウム砦では、正規軍300名が壊滅している。

 結果として国軍の約7割が失われ、さらに傭兵団200名も失われたことで、メディタラニアン王国の対魔物防衛能力は著しく損なわれた。

 さらに、ローリアクム要塞から、テウルニア丘陵都市までの間の約150キロメートルの間の数か所の町も壊滅している。


 総人口約15万人のメディタラニアン王国において、死者・行方不明者を含め、5000名以上の被害が生じていた。


 被害は人的被害にとどまらない。


 ローリアクム要塞の失陥により、魔物の巣窟である、北部ゲルマニア大森林からの魔物の流入の増加が始まり、北部では正規軍、傭兵団の絶対数が足りず、都市間の街道の安全が著しく不安定になり始めていた。

 それは、都市間回廊の不安定化を招いている。

 これにより、南部農業都市アクイレイアから北部への食糧の輸送が細り、物価高騰が起こっていた。

 

 また、複数の傭兵団が壊滅的被害を受けたため、傭兵団が組織する探索小隊の活動率が低下している。

 そのため魔物素材、特に魔石の収集率に打撃を与え、深刻な魔石不足が生じていた。


 魔石不足は、魔法による都市機能の維持に支障を生じさせる。

 同然、魔法武具の機能低下を招き、高位魔法の行使の障害にもなる。

 引いては正規軍の再建の深刻な足かせとなっていた。


 メディタラニアン王国は、崩壊に向けて緩やかな坂道を下り始めているかのようにも見える。


 さらに、樹海竜南進事変は、テウルニア丘陵都市を筆頭とした王国北西部と、王都ウィルナムとの間に緊張を生じさせる結果となっていた。


 エリス副団長はかいつまんでそう教えてくれたものの、僕には難しいことは分からない。


 僕達は、祝宴の後、僅か10日で、ローリアクム要塞の西側に位置する、オヴィラワ防衛都市に向けてあわただしく出発していた。

 

 あの後、直ぐにコンラート団長は、防衛都市オヴィラワ辺境伯に叙爵され、魔境防衛拠点ローリアクム要塞再建を命じられたそうだ。

 しかし、丘陵要塞都市テウルニア領主エステルハージ公爵は、都市防衛の正規軍300を失っている状況から、治安維持上、黒鷲団指揮権を譲らず、コンラート辺境伯の黒鷲団団長の任を解いたというのだ。

 

 コンラート辺境伯の依頼という形で、黒翼隊の生き残り22名とあの三人だけが、防衛都市オヴィラワに赴くこととなっていた。

 

 ラムスさんが、優しい笑顔でそう教えてくれたのだけど、これもまた意味が分からない。


 なんでそうなるんだ?

 

 テウルニア丘陵都市の人達が、コンラート辺境伯と黒翼隊の出発に際し、盛大に送り出してくれているのが見える。


 ブリッツアドラー万歳

 

 黒翼隊万歳


 大勢の人たちが僕達の名前を連呼して、歓声を上げている。

 

 馬に乗ることのできない僕は、ラムスさんとプープラと一緒に荷馬車の荷台に乗っているが、歓声で荷馬車の車輪の騒音も聞こえないくらいだ。


 僕は、頬が紅潮し、誇らしい気分でいっぱいだ。

 必ずみんなの役に立ってみせると何度も自分に言い聞かせた。


 ヴォルター隊長、エリス副隊長、ベルトラン副隊長の表情は一様に硬い、なんでだろう?


 荷馬車の中で僕の向かいに座っているラムスさんは、とてもにこにこしていて機嫌がよさそうなのに?


 プープラは、僕の左隣にちょこんと座っている。

 相変わらず無表情だが、アンナとの一件以来、前よりも距離感が近くなったような気がするのは僕の気のせいだろうか?


 あれ以来、僕の食事を準備してくれている。

 そして、僕が食べ終わるまで必ず、僕を観察しているし…。

 美味しいと言わないと、機嫌が悪くなる気がする。


 カチャトーラとかタリアータとか言うらしい、手の込んだ肉料理を作ってくれるのだが、あまり深く考えないことにしている。


 深く考えると、頭が真っ白になるというか、胃が冷える様な、乾いた感覚になってしまう。


 知ってしまうことが怖いのだ。


 見た目は、家庭的な肉料理、黒翼隊のみんなが羨ましがるけど、プープラは、僕以外に絶対に食べさせないようにいつも見張っている。


 そのせいで、黒翼隊のみんなからは、見せつけやがってとからかわれることになるんだけれど…。


 みんなは誤解している。

 僕は、乾いた笑いでいつも誤魔化していた。


 僕が何気なく、プープラの横顔を見ると、見られていることに気が付いたのか、プープラが僕に視線を合わせてくる。


 大きく綺麗な赤い瞳。

 濡れているようにも見える艶のある長いまつ毛。

 馬車の振動で揺れるたびに香る赤い髪の匂い。


 無表情なのにプープラの瞳に吸い込まれそうになる。


 「…。」


 「ご、ごめん、なんでもないよ。」


 ついつい、見過ぎてしまった。

 プープラは、無言で何も答えない。

 プープラは、僕のことをどう思っているんだろう、役目とは言っていたけど何でここまで僕の面倒を見てくれるのだろう。


 いつも不安になってしまう。


 そもそもなんで不安に思うんだろう。


 自分でも良く分からない。


 「頑張れー、ジャーン。」


 歓声に紛れて聞き覚えのある声が、馬車のすぐ近くに響いてきた。

 アンナの声だ。


 僕は、荷馬車の後方から顔を出して、アンナの姿を探した。

 凄い量の人だかりが僕達を見送っている。


 「ジャーン、応援してるからね。」


 もう一度アンナの声が聞こえたことで、場所が分かった。

 アンナが全身を揺らす様に大きく両手を振っているのが見える。

 アンナも僕に気が付いたようだ。

 距離が離れたせいか、アンナの姿がどんどん小さくなっていく。


 僕は、力いっぱい手を振り返した。


 コンラート辺境伯と黒翼隊一行が都市を囲む城壁を出て、アンナが見えなくなるまで手を振り返した。

 僕が手を振っていることで、人々の歓声がますます大きくなる。

 黄色い声援も飛んで来て、アンナの声はかき消されてた。


 みんなのために戦おう。

 改めて僕は、決意した。


 荷馬車の席に戻ると、なぜか思いっきりプープラに目を見開かれて凝視された。

 なんか…怖いです。


 

 「ジャン君、私達はね、みんなとは別ルートを行く予定なんだよ。」


 「どういうことですか?」


 オヴィラワ防衛都市に向かう途中、テウルニア丘陵都市から3日かけて、ユヴァウム交易都市についた段階で、ラムスさんが、コンラート辺境伯と黒翼隊一行と別行動をすると言い出した。

 

 ユヴァウム交易都市は、樹海竜南進事変による影響をかなり受けている様子ではあるものの、これまで交易の要所として栄えた、豪華な石造りの町並みは、荘厳である。

 古くから、周辺の塩鉱山から取れる塩と魔石資源がこの都市に集まり、街道を通じて、メディタラニアン王国全土に運ばれていた。

 

 白く艶やかな宝石のような街並みを馬車に乗ったまま眺めていると、見ているだけで興奮してきていたのに。

 

 それを寄らないと?


 コンラート辺境伯と黒翼隊一行は、貸し切った宿で早々に宴会を始めている様で大はしゃぎしている。

 ここに来るまでの3日間で、街道の魔物を討伐したり、もうへとへとなんだけど、あんまりだ。


 プープラは、特に気にする様子もなく、弓を磨いている。

 気にしようよ。


 「何か目的でもあるんですか?」


 「もちろんだよジャン君、重要な目的がある。」


 全く疲れを感じさせない優しい笑顔のラムスさんが、にっこりとほほ笑んだ。

 そもそも、魔物討伐のとき、戦ってませんよねラムスさん。


 「コンラート辺境伯やヴォルター団隊長さんからは、当然、許可をとってあるよ。

 ベルトラン副隊長殿も随行してくれる。」


 嫌な予感がする。


 「このまま、フォルスタウの町に向かうよ、

 そこにマンティコアが出たんだそうだ、討伐依頼が本日届いたんだよ。」


 「は…?」


 「ジャン君になら問題ないよ。楽勝といってもいい。」


 プープラが弓を磨く手を止め、僕に一瞬視線を合わせた。

 心配そうな顔をしている様には見えない、無表情のまままるで確認しているかのようだ。


 「ジャン君の初仕事というわけだ。」


 ラムスさんが優しく満面の笑みを浮かべた。


 マンティコアって人の顔したいわゆるキマイラの一種ですよね?

 かなり大型で、やばい魔獣なのでは?

 少数でなんとかできる魔獣じゃない。


 「私としては、マンティコアは、ついでで、その近くにある、バルバラ鉱山跡に行きたいんだけどね。

 そっちも付き合ってね、ジャン君。」


 バルバラ鉱山跡?

 そんな鉱山聞いたこともないし、地図にも載っていない…。

 

 嫌な予感しかしない。


 「そこではね、アクチノイド系の魔石が取れるんだよ、君達が『地脈石』ってよんでるやつ。」


 地脈石?

 そんな魔石聞いたこともないんですけど。


 「私は『ウラン238』って呼んでるんだけどね、イエローケーキが作りたくてさ、

 どうしても欲しいんだ。

 その後、六フッ化ウランにして、最終的には、プルトニウムを作りたくてさ。」


 「なんですかそれ?」


 「高速増殖炉に当てがあったのを思い出してさ。ジャン君に試してみたいんだ。」


 「…は、はあ?」


 ラムスさんは、本当に楽しそうな様子でニコニコしている。

 何言ってんだ…イエローケーキ?プルトニウム?


 お菓子作りのために寄り道するつもりなのか?

 僕に変なもの食べさせるつもりなんだろうなあ。


 ほんと意味が分からない。


 プープラが僕の顔を無表情に凝視すると、なぜかため息をついる。

 僕はよく分からないまま座り直した。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 OFFLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域

観測対象 人間+5_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v7.02]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:96.7%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]

* ENEMY 0

* DANGERROUS INDIVIDUAL 1

 -ANNA: 人間_雌_AEG15_CHILDHOOD FRIEND?/GIRLFRIEND?


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_025 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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