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第3章5話 星空と欠落

 どんどん地下迷宮を上っていく。

 プープラが強力な魔獣をこともなげに一撃で倒してしまうおかげだ。


 現れる魔獣の見た目も変わってくる。

 青白く光っていない、硬質的ではない魔獣も増えてきている。

 

 これって、そういうことなのか?


 僕の中に突然光が差した気がした。


 『深層には、君が摂取できる炭素系生物がほとんどいないからね…。』


 ラムスさんの言葉が蘇る。

 ラムスさんなりの言い方なんじゃないのか?


 ラムスさんは言っていた、深層には、僕が食べられるものがないと。

 地上には、色んな動物がいる。

 ウサギだって、鹿だって、いるじゃないか。


 人間と何が違うって言うんだ。

 なにも人間だけが肉ではないはずだ。

 

 そうだよ。

 そういう意味かもしれない。

 迷宮深層ではそれしかなかったからってことなのかもだ。

 だから、地上まで僕をこんなに早く連れて行ってくれようとしているんだ。

 

 そうだよ。

 そうに決まってる。

 僕は、人間だ。

 

 あの時は、迷宮の底で、僕の食べるものがなくてどうしてもなかったということなのかもしれない。

 それなら意味が変わってくる。

 ラムスさんは、あえて憎まれ役をやってくれたのかもしれない。


 突然の閃きだった。

 閉じていた世界が広がった気がする。


 胸の奥で強く何かが脈打って、疼いた。

 包帯の下の右腕の火傷の傷が淡く発光しているようにも見える。


 少しだけ違和感がした。


 …いや、考えすぎだ。

 

 一瞬だけ、立ち止まって、包帯を取り、右の掌を見た。

 火傷の傷がもうほとんど消えている。

 微かに、結晶のような砂がこぼれた。

 ほんの一瞬、右腕の奥で何かが蠢いた気がした。


 気のせいだ。

 そう思い込んだ。


 プープラが僕を無表情に凝視している。

 まるで、僕を観察しているようにも見えた。

 

 思い過ごした。


 無意識に乾いた笑いが出たが、余計な考えを押し出すように、僕は力強く一歩を踏み出した。


 僕は、人間なんだ。

 強く、強く、そう自分に言い聞かせた。

 言い聞かせないと崩れてしまいそうだった。

 

 プープラと視線が交差し、一瞬だけ見つめ合う。

 風が吹いて、流れるプープラの赤い髪も赤い瞳もとても綺麗だった。

 ラムスさんも僕の様子を優しく見守っていた。



 その後は、時折現れる魔物がいたものの、プープラが秒殺することで順調に先に進むことができた。

 迷宮は中層も神秘的な場所ばかりだった。

 中層は遺跡が多い、崩れていてほとんど原型を留めていないが、神話時代にあったとされる伝説の都の跡なのだろうか。

 それとも、お伽話に出てくるドワーフの遺跡なのか。

 

 迷いが少し消えたことで、迷宮を歩く気持ちも落ち着いてきている。

 上層まで来ると、魔物も小型化し、それほど強力なものが居ない。

 プープラは、轟音をたてることなく、普通な感じに弓を射って魔物を倒している。

 

 僕も剣を使って魔物を一匹だけ倒すことができた。


 「…私の役目。」


 「初めて魔物をやっつけた。」

 

 感動した。

 

 この魔剣の力を使えば一瞬なのかもしれないけれど。

 それは僕の力ではない。

 だから、これは僕の力で倒せた初めての魔物だ。


 本当、感動した。


 「なかなかやるじゃないかジャン君。」


 ラムスさんが褒めてくれた。


 「止めてください、バカなんですか。」


 プープラは、仕事をとられたからか、ものすごく嫌そうな顔をしている。

 僕がその五十センチくらいの蜘蛛に押し負けそうになった時は、イライラした様子で、まるで怒っているかの様だった。

 

 要領の悪さに腹が立ったのかもしれない。

 

 かっこいいところを見せたかったがうまくはいかないものだ。

 でも、僕がやるといったので、プープラは手を出さなかったけど。

 

 もう少し褒めてくれてもいい気がする。


 地上の入り口につく頃には、僕は三匹も魔物を倒すことができた。

 ラムスさんだけはとても喜んでくれた。

 僕も、達成感から笑い声が出てしまった。


 なんだろう、何年も笑っていなかったような気がした。


 時間経過が分からなかったが、感覚的には、そこまで長い時間はかからなかったと思う。

 いつの間にか迷宮の出入り口に到達していた。

 古い石造りの神殿のような場所だ。

 

 空気が濃い。

 もう、地上の匂いがする。

 

 僕達は、深い森に埋もれた遺跡のような場所から地上に出ることになった。

 

 木々の隙間から見える空には星が輝いていた。

 体をすり抜けていく風が気持ちいい。

 

 プープラも僕と同じように空を眺めている。

 

 「星が綺麗だね。」

 

 「…星。」


 「プープラは、地上に来たことないの。」

 

 「…初めて来た。星…綺麗。」


 星をじっと見つめるプープラの横顔に見とれてしまっている。

 

 目が離せない。

 

 赤い瞳に映った夜空の星が、プープラの瞳を星のように輝かせていて、とても綺麗だと思った。


 「ジャン君、こっちに来てくれ。とてもついてるぞ、今日はここで休むとしよう。」

 

 少し離れたところから、ラムスさんの喜ぶ声が聞こえてきた。

 ついているとは、何かいいことがあったのだろうか?

 

 不思議といい匂いがする。

 食べ物の匂いだろうか?

 

 朝から何も食べていなかったこともあって、空腹感が強い。


 …なんだ?


 身体の奥底が大きく脈打つように跳ねる。


 ラムスさんが僕に食べれる野生動物でも見つけてくれたのだろうか?

 急いで、プープラとともにラムスさんのもとに行く。

 

 …絶句した。

 

 魔物に襲われたのだろうか。

 冒険者の無残に引き裂かれた遺体が転がっていた。

 体が硬直して、その場に崩れ落ちてしまった。

 身体全体が心臓になったかのように激しく脈打つ。

 

 息ができない。


 「どうやら、そんなに痛んでないから、そのままでも大丈夫そうだよ。

 もうほとんど、手持ちの肉が残っていなかったから、

 ジャン君の食事を今後どうしようかと心配していたんだよ。ほんとよかった。」

 

 ラムスさんがとても喜んでいる。

 プープラは、立ち止まったまま、無表情に僕を見ている。

 

 「今の君なら、プリオンとかウイルス、大抵の細菌には影響を受けないから、

 そのままいただいた方が栄養価も高いよ、

 それとも焼いたりしてたんぱく質を効率化した方が好みかい?」

 

 ラムスさんは、まるでパンを切り分けるかのように自然に一人の遺体の右手首を切り離して僕に差し出してきた。

 

 「それに、君はこれしか食べられないしさ。我慢しないでいいんだよ。」

 

 そんなことって・・・。

 

 顔の目の前に差し出されたそれは、今まで嗅いだことのない、果実のような甘いにおいを放ち、無意識に涎が垂れた。

 

 瞬間的に我に返る。

 嫌だ。

 

 瞬間的に意識が飛ぶ。

 食事だ。

 

 感情と本能が反転し続ける。

 駄目だ。

 

 なんなんだよこれ。

 

 「魔物に襲われたんだろう、このままにしていても、野生動物に取られちゃうよ。

 こんな幸運なかなかないよ。神の思し召しってやつだね。」

 

 ラムスさんの笑顔が優しすぎて残酷だ。

 

 「どうしたの?食べないの?」

 

 ラムスさんが優しい笑顔で不思議そうに僕を見ている。

 

 「涎たれてるよ。」

 

 僕は、ラムスさんからそれを渡された。

 

 「普通の野生動物に同位体崩壊代謝オルガネラは、ほぼないからさ、

 そもそも人のそれとは構造が違うんだよ、もちろん人のは魔物や魔獣とも違う、

 君の細胞内の同位体崩壊代謝オルガネラを安定的に増加させるには、これしかないんだよ。

 遠慮しないで。」


 言っている意味が分からない。


 でも、ラムスさんは本気で僕を助けようとしている。

 その優しさが、今は刃物よりも怖かった。


 その笑顔には狂気も悪意もない、優しさだけだ。

 

 それが一番怖かった。

 

 プープラが小刻みに震えている。

 プープラの顔は僕の心と同じように苦痛に歪んでいるように見えた。

 食欲と嫌悪で意識が飛びそうだ。

 

 やめてくれ。

 もう、やめてくれ。

 

 プープラが背後から僕を優しく抱きしめてくる。

 柔らかく温かい抱擁が僕の震えを吸い込んでいく。

 

 「ジャン、食べて・・・。」


 「・・・駄目だよ。」


 「・・・お願い。」


 プープラの体も震えているのを感じた。

 僕の頭が真っ白に塗りつぶされていく。


 僕の中に潜んでいる悪食の魔物が満足したかのように、いつの間にか身体の疼きが止まっていた。


 ああ、僕は、いったい何になってしまったんだろう。


 甘い味がした。


 僕が欠けた。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州TEURNIA地域

観測対象 人間+4_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v4.06]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:97.9%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_016 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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