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第3章4話 雷光の弓と決意

 嫌だ。


 嫌だ、嫌だ。

 

 熱せられた脂が炎の中に落ちて、パチパチと音と共に立ち上る煙が香りを強く伝えてくる。

 目の前で、プープラが肉を焼いて、食事の準備をしているからだ。


 温められた脂の重層的な深い芳香と甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 肉の表面のあちこちに、ぷくぷくと透明感のある濃厚な脂の泡が浮き出ていて、…理性とは真逆に目が離せない。

 赤身が鮮やかな桃色や香ばしいきつね色のグラデーションに変化していく様子に意識を保てなくなる。

 

 身体の奥底が脈打つような感覚と衝動に襲われる。

 

 現実を突きつけられる。

 

 体が硬直して、動かない。

 

 見た目は、ただの肉の塊だ、それが焼けているだけ、元の形は何だったかはもうわからないものだ。


 なんで、食べたくて、食べたくてどうしようもないんだ。

 食欲を刺激する匂いが苦しい。


 トマスさん達の顔が浮かぶ。

 無意識に涙が流れた。


 「…食べて。」


 プープラが僕に食事を差し出してきた。


 プープラの指先が、わずかに震えている。


 それは恐怖ではなく、罪悪感のように見えた。

 その震えは、僕を追い詰めてしまうことへの迷いにも見えた。

 プープラの表情は暗い。

 

 ラムスさんが、鞄から取り出した真っ黒なパンのようなものを食べ始めている。


 「ジャン君も食べてくれないか、これは生物にとって必要なことだよ。」


 嫌だ、嫌だ、嫌だ…。


 自分の意志で食べてしまったら、僕はもう。


 香ばしく豊潤な匂いが理性を手放せと刺激する。

 右腕が薄っすらと青白い輝きを放っている。


 「また、プープラさんにお願いするのは忍びない。」


 ダメだ…それはやらせる訳にはいかない。


 ラムスさんが優しく微笑む。

 僕の胸の中で、何かがのたうつように脈打ち続けていた。

 プープラが辛そうな顔をしている。


 どうしたら。


 「…お願い、食べて。」


 プープラの声が震えている。

 ラムスさんは、僕を笑顔で観察するように見ている。


 「朝も食べてないし、無理してほしくないんだけどな。」


 「…すいません。」


 「いいよ、いいよ。でも、いよいよとなったらプープラさんにお願いするからね。」


 ラムスさんが優しく微笑んでいる。


 「私もプープラさんもジャン君に元気でいてもらいたいんだよ。」


 「…はい。」


 プープラに謝っておいて、僕は何をやっているんだ。

 でも、先に進めない。

 僕は、血が滲むほど強く右腕を握りしめて抑えつけていた。


 ラムスさんは、駄々をこねる子供をあやす様に僕の頬を優しく撫でてくれた。


 強い空腹感がした。


 プープラが震えるように唇をかんでいるように見えた。


 

 休憩を終えて、また、ラムスさんを先頭に地上に向けて移動を開始した。

 神の門は、反対側と同じ構造をしていたが、周囲はだいぶ違っている。

 まるで巨人の回廊のような、巨大な擁壁に挟まれた通路だった。

 

 吹き抜ける風が冷たく心地よい。

 

 その静謐さが、さっきまでの地獄のような現実を一瞬だけ遠ざけてくれた。

 風化して摩耗しているが、荘厳な彫刻が施された柱もある。

 反対側では、崩れた横穴から門の前に出たが、この回廊はほとんど崩れずに遥か彼方まで続いていた。

 

 得体のしれない奥行きを感じる。

 まるで僕の未来を暗示するかのような錯覚もした。

 

 ここをこのまま進むのだろうか?

 先ほどのレグラ達のことも気にかかる。

 それでも、不思議な光景は僕の心を安定させてくれる。


 まるで、神様の回廊の様だ。


 何かに気をとられることで嫌なことを一瞬だけ忘れさせてくれるからだろうか。

 吹き抜ける風が僕の髪を冷たく揺らした。



 後方から、周りの空気が一気に体を押してくるような、破裂するような轟音がした。

 周囲の密度が一変する。

 

 プープラが弓で魔物を射貫いた音だろう。

 僕が知っている、弓で射貫いたとはだいぶ違うけど。

 直ぐにまた遠くに魔物が姿を現し、迫ってくる。


 巨大な蜘蛛だ。


 十メートルくらいありそうだな。

 全身の毛穴が広がる恐怖を感じる。

 

 プープラが弓を構えて、矢をつがえる。

 弦がきしむ音がかすかにする。

 青白い火花が散って、空間が歪む。


 プープラの足元が白熱して蒸気を上げたかと思うと、放たれた矢は消えたように、一瞬だけ、空間に線を刻む。

 矢は見えないのに、空間だけが切り裂かれたように歪んだ。


 陽炎のように揺らいだ空間の先で、迫ってくる魔物の体の中心に突然穴が開いたように見えると、魔物の体は瞬間的に不自然にふわりと浮くように揺れる。

 すると、一瞬で魔物ははじけ飛んで、遅れて空気が破裂したような轟音が響いた。


 プープラの弓から魔石だとは思うが円筒形の何かが排出され、地面に落ちて乾いた金属音を立てる。


 僕には、現実の光景には、全く見えなくてとても幻想的だ。

 けど、爆風が顔かかり、小石などの破片が体に当たっていることで、これが現実なんだと引き戻される。


 弓の威力とは思えない。

 ラムスさんが僕に預けている剣にしてもそうだけど、神話に出てくる武具の様だと感じた。


 「…すごい。」


 思わず言葉が漏れる。


 「正式名称は『アルクス・フルミネウス』。雷光の弓って意味だよ。かっこいいだろ?」


 「…弓です。」


 ラムスのドヤ発言をプープラが無表情に小声で訂正した。

 だが、何かをくすぐるような名前だ。


 「アルクス・フルミネウス…かっこいいです。」


 僕もなぜか鼻息が出てしまう。


 「バカなんですか?」


 プープラが顔をしかめる。

 しかし、ラムスはご機嫌だ。


 「ほら、プープラさんも言ってよ。『アルクス・フルミネウス』って。」


 「…弓です。」


 プープラは、再び小声で訂正した。

 どうやら気に入った名前ではないのかもしれない。

 ご機嫌のラムスさんの活舌が早くなってきてる?


 「私が作ったんだよ、なかなかのもんだろ。秒速1000mは出てそうだね。」


 「そ、そうなんですか?」


 秒速ってなに?

 ラムスさんが満面の笑みを浮かべた。

 一瞬にして鼻息が吹きだしてくる。

 プープラの顔が歪む、嫌そうな顔になっている。


 またかよ。

 

 「サバンナで二足歩行していた、原始人類が進化を遂げて、ホモ・エレクトスになった際に、

 黒曜石を割って、石包丁とかに使い始めるんだけど、割った際に、圧力による電子雲変化によって、

 チェレンコフ発光する石を見つけるんだ。」

 

 言葉の洪水が流れていく。

 鼻息が風のように吹き抜けていく。

 ラムスさんの声だけが、巨大回廊の静寂から浮いて聞こえた。

 目が泳いで、遠くに焦点が合ってしまう。

 

 巨大な構造物が作り出す光景が幻想的だと改めて思った。

 話も僕の耳をすり抜けて行く。

 

 「この光る黒曜石は、洞窟生活の明かり、そして矢じりにも使われることになるんだけど、

 この矢じりが対象に当たった際の電子雲変化という条件下で、

 質量の変化がおこり、威力が増す、又は下がる

 ということに原始人類は気が付くことになるんだがね。」

 

 ラムスさんは、ほんと楽しそうだ。

 原始人は何かに気が付いたようだけど、ラムスさんは、僕やプープラがどうゆう顔しているかに気が付かないのかな。

 轟音が鳴り響いて、大蜘蛛がはじけ飛ぶのが見える。

 

 「何度も試すうちにね、

 当然、黒曜石の結晶方向による規則性、電子雲の向きや強さね、に気が付くんだよ。」

 

 そう、僕達の様子に気が付いてくれ。

 もう何度目だよこのパターン。


 「さらに、黒曜石を粉にして体に塗りつけて

 体の中の炭素14、カリウム40の同位体崩壊を強制誘発励起させて、

 瞬間的な反応速度の向上、耐久力、塗る部位、塗る際に混ぜる泥、樹脂などの差で

 効果の強度や持続時間が異なることも発見していった。」

 

 ふーん。

 たしかに、興奮の度合いで、早口の程度、持続時間の長さが変わりますね。

 そういう話なんですかね。

 

 と言うか、キモイです。

 

 イライラを通り越してきます。

 プープラは、周囲を警戒しつつ、こちらも嫌そうにチラチラ見ている。

 近づいてはこないけど。

 

 「ただね、この黒曜石の反復使用者は肌を黒くただれさせ、

 血が汚れる、寿命が短くなる、さらに瞬間的強力仕様で絶命するという障害が生じたことで、

 これは『呪』と呼ばれた。」

 

 ん?

 魔法の話なのこの話?


 「戦士や族長などの限られた層のみの使用だったと考えられているよ。

 これは、120万年前くらいのことでさ、長く一部の層が使うことで、

 この黒曜石利用の親和性には個体差が生じていくことになるんだよ。」

 

 呪の話ってこと?

 教会が言っていることと違うような。

 神の力を借りたことによる、悪魔の嫉妬の火ではないの?

 この話がそもそも何に関係あるの。

 相変わらず意味が分からない。

 

 「つまりね、あの弓は、人類最初の量子兵器と同じ仕組みってことなんだよ、

 君たちも同じことしてるだろ。」

 

 そんなことする訳ないだろ、魔石は貴重品だ、砕いて矢じりになんか使う訳ないだろ。

 教会が秘匿している神話武器のような威力の武器をラムスさんが作ったというのは、なんとも怪しい気がする。

 

 「おや、表情が元気になったね。」

 

 全く、逆でイライラしてるよ。

 顔につば掛けられてますからね。


 いや…まさか?

 

 いや、僕を元気づけるためってこと?

 わざと変な話をしてくれたのだろうか?

 

 確かに気がまぎれた、気もする。

 

 ラムスさんは、落ち着きを取り戻したように、いつもと変わらない優しい笑顔をしていた。

 プープラも僕のことを見つめていた。

 プープラと目が合うと、プープラが一瞬笑顔を浮かべてくれた。

 僕は、ラムスさんやプープラのやさしさに触れた気がした。

 

 いつまでも、立ち止まってはいられない。

 色々聞きたいこともある。

 答えを出さなければだめだと思った。

 

 轟音が響いて、爆風が僕をすり抜けて行く、大蜘蛛の破片がパラパラと降りかかってくる。

 

 身体の奥の脈打つ疼きも、もう、気にならなくなっていた。


MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE

   PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州TEURNIA地域

観測対象 人間+3_雄_AEG15_NAME:JEAN

     PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v4.05]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象社会性 > 閾値:FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:97.9%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_015 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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