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第2章6話 優しい籠の中

 ラムスさんの言葉の意味が分からない。

 まさかとは思うけど、どういうことなのか頭が回らない、思考が真っ白になって何も考えられない。

 

 僕は、席から崩れ落ち、床にはいつくばって、嘔吐した。


 「ジャン君、私は君に確認したはずだ、

 『君がどんなことでも、受け入れることができるなら、助けることができるよ』ってね、

 もう改造しちゃったし、それしか食べられないからさ、まあ、そういうものと受け入れてくれ。」


 否定しない・・・事実だということ?

 それしか食べられない?

 嗚咽の中であの時の言葉がよみがえる。

 覚えている、僕は確かに言った。


 「君は私に言った『助けて欲しい、死にたくない。』と、

 詳細な説明をする時間はなかったが、私は約束をできるだけ守りたい。」


 ラムスさんが、優しく微笑んだ。


 「最大限の努力をしたつもりだよ。

 迷宮深層には、強力な魔獣しかいないからさ、ほんと、ジャン君が食べられるものがないんだよ。

 大丈夫、埋葬したとしても微生物が分解する訳だから、大差はないよ。」


 ラムスさんは、当たり前のことを、言うかのように平然として優しげだ。

 ラムスさんに悪意のようなものは一切感じない。

 

 悪いのは生きたいと思った僕なのだろうか?

 

 トマスさんを食べてまで・・・。


 なんなんだよ・・・。


 「必要な栄養は確保できているから、安心してくれ。」


 「意味が解らないよ、・・・こんなの神様が許すはずがない。」


 僕は、振り絞る声で生きたいと願った自分自身を呪った。

 ラムスさんの声は、優しく静かだ。


 「基本相互作用と物質以外に、

 世界に干渉する神と推認される特別な力を観測したことがないので、なんとも言いようがないが、

 生物が活動を維持するために必要なエネルギーを効率的に摂取することは、

 この世界の根源的なルールなんだ、世界はずっと昔からそんなもんだよ。気に病むことはない。」


 知っている。

 孤児の僕が、いままで生きるために何でもしてきたのも事実だ。


 でも、こんなのってないよ。

 ここまでして生きる価値なんて・・・。


 「・・・僕は、化け物になったのか、こんなのもう人間じゃない。」

 

 涙が止まらない。

 

 何を失ったのかも、何を奪われたのかも、もう自分では整理できなかった。

 罪悪感、嫌悪感、喪失感、感情がぐちゃぐちゃで混乱が止まらない。

 

 「大丈夫、君の細胞内に同位体崩壊オルガネラが増加すれば、

 いずれ私と同じ食事がとれるようになるから。」


 「・・・いずれって?」


 「ああ、100年くらいかな?。」

 

 絶望を感じた。


 エルフの感覚の『いずれ』がどの程度の期間なのかは、聞くまでもなかったのだ。

 得体の知れない恐怖を感じた。

 僕は、その場を飛び出して、逃げ出していた。

 とにかく逃げたかった。

 何もかもが怖かった。

 

 生きていてはいけないと思った。

 


 この広い神殿は、同じような構造が続く迷路のようなところで、息が切れるまで、やみくもに走った先は、僕の部屋があった場所や食堂の様には綺麗ではなく、何百年も使われていないような、埃が溜まった薄暗いところだった。

 

 空気が澱んでいるようで、まるで今の僕のようなところだった。

 

 僕は足がもつれて床に這いつくばるように転んだ。

 転んだことによる体の痛みが、僕に僕が生きているという事実を突き付けてくる。

 目を開けると、手の届く位置に、錆びた金属の棒が落ちていた。

 金属の棒は、歪んで曲がっているが先端が鋭利になっている。

 

 過呼吸が止まらない。

 

 「・・・なんだよ。」


 僕は、思い切り、床を殴りつけた。


 「・・・だったら、だったら。」

 

 僕は、勢いよく錆びた金属の棒を手に取り、その鋭利な先端を、自分の心臓に目がけて、全力で突き立てた。

 絶叫で意識を塗りつぶし、力任せに。


 「・・・もう、どうしろって言うんだよ。」

 

 涙が止まらない。

 

 金属の棒が僕の胸に当たるかどうかの瞬間、刺さるべき場所が青白く光り、そして空間が歪んだ。

 金属の棒は、現実を拒絶するかのように、空間を滑って、僕の手から零れ落ちて、勢いよく遠くの床に落ちた。

 遠くから軽い金属音が響いた。

 僕の体には、何事もなかったように傷一つついてはいなかった。


 「・・・ジャン。」

 

 背後からプープラの声がした。

 僕は、感情が整理できなくて、声を押さえてむせび泣いていた。

 

 「・・・プープラ達も人を食べるの。」


 「食べない。」


 「このことをプープラは最初から知っていたの。」


 「知っていた。」


 「どうして、こんな・・・。」


 「・・・。」


 プープラの声がわずかに震えているように感じた。


 「・・・食べて・・・ちゃんと食べないと死んじゃう。」

 

 どういうつもりなんだ。


 プープラが僕に肉の塊を差し出してきた。

 

 何でそんなことするんだよ。


 食欲を誘う豊潤な香りがする。

 なぜか、食べたくて、食べたくて仕方がない。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 僕は、人間だ、人間の肉と知っていて食べることなんてできない。


 「・・・食べないなら、・・・食べさせてあげる。」


 プープラは、暴力的に僕を押し倒し、馬乗りになって僕の下顎を掴んだ。

 巨大な岩が体の上に乗っかったかのようにプープラを払いのけようにもびくともしない。

 僕の下顎を掴むプープラの手が無理やり僕の口を開いていく。

 両手でプープラの手を引きはがそうにもびくともしない。


 「・・や・・め・・。」


 やめてくれ、嫌だ、やめてくれ。


 プープラは何故か悲しげだ。


 プープラは、僕の口の中に肉片をねじ込むと口をふさいだ。

 口の中の濃厚な肉の香りが広がり、舌に旨味が染みわたって、絶望の味がした。



 僕が飲み込むのを見届けると、プープラが僕を解放してくれた。

 僕は、床に倒れたままの態勢で動けなかった。


 涙が流れてくる。


 「・・・何でこんな酷いことを。」


 プープラが僕の上半身を優しく抱き起して、そのまま僕を抱きしめている。

 先ほどまでのプープラとは別人のように非力で小刻みに震えていた。


 「・・・最悪だ。」



 いっそ殺してくれた方が嬉しかったのに。



 「彼女を嫌いにならないでやってくれないかい。私がやらせたことだ。」


 ラムスさんの声がした。

 プープラは、僕を支えにするように抱きしめ、うつむいたまま無言だ。


 「・・・ラムスさん、なんで、・・・こんなことを・・・・。」


 「君に死んで欲しくないからだよ。」


 ラムスさんは、僕の傍らに膝をつくと、優しく頬を撫でた。


 「自動構造場防護を組み込んでおいたよ。君は、自分で自分を傷つけられない。

 食べないならプープラが君に無理やり食べさせる。

 これはプープラにとっては苦痛なことなんだ。

 私のことを恨んでくれていいから、食べてくれると嬉しいよ。」


 最悪だ。


 ラムスさんが悪人でひどい人なら恨めるのに、プープラは泣いているのだろうか、顔を伏せていて表情は見えない、ラムスさんに言われてやったということか、ここまでして僕が生きている必要あったのだろうか。


 「・・・。」


 絶望感から涙が止まらない。


 「地上に行こうか。実は、もう君が食べれるものがここにはなくてね。」


 優しい口調のラムスさんの声が響く。

 頬を流れる涙をなでるようにラムスさんが拭いてくれた。


 ラムスさんの笑顔が恐ろしかった。



MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 OFFLINE

   PRIMARY-WEAPON:

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州TEURNIA地域

観測対象 人間+3_雄_AEG15_NAME:JEAN

PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1


[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v4.01]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬高発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値:FALSE

 ‐対象社会性 > 閾値: FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐累積矛盾解消 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:97.7%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_011 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象ジャンの観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。


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