第9話 角ウルフ、ルルン
穏やかなはずの採取依頼で出会った傷ついた小さな魔物。 差し伸べた手が結んだ絆は、パーティに新しい家族を迎えることに。
「今日は森の入り口付近で採取依頼、か。楽な仕事だな」
ギルドの依頼書を眺めながら、ガルマが伸びをした。薬草の採取と、周辺の安全確認――ここ最近の激しい戦いに比べれば、確かに軽い依頼だった。
「たまにはこういう日もいいですね。ゆっくり歩きましょう」
「賛成だ。たまには体を休めねえとな」
「ガルマさん、いつも休んでる気がしますけど」
「気のせいだ気のせい」
軽口を叩き合いながら、三人は森の浅い場所へと足を踏み入れた。木漏れ日が柔らかく差し込み、鳥のさえずりも穏やかだった。
「――あれ?」
薬草を探して茂みをかき分けていたケルガの耳に、小さな鳴き声が聞こえた。音のする方へ進むと、木の根元に、犬ほどの大きさの獣が横たわっていた。
濃い灰色の毛並み、額には小さな角が一本。荒く上下する呼吸と、脇腹に走る深い傷。近くの地面には血が滲んでいた。
「魔物、ですよね」
「ああ。角ウルフの子どもだな。まだ幼体だ」
ガルマが警戒しながら近づく。だが、その獣はケルガたちを威嚇する素振りも見せず、ただ小さく震えているだけだった。
「――逃げないんですね」
「逃げる力も残ってないんだろう。手負いだ」
キアが剣の柄に手をかけながら言った。
「討伐しておきますか? このまま放っておいても、長くは持たないでしょうし」
「……ちょっと待ってください」
気づけば、ケルガは獣に向かって手を伸ばしていた。
「ケルガ! 危ないぞ、噛まれるかもしれん」
ガルマの声に構わず、ケルガはゆっくりと膝をつき、獣の目を見つめた。恐怖と諦めが入り混じった、澄んだ金色の瞳がこちらを見返してくる。
「大丈夫。何もしない」
静かに囁くと、獣はわずかに耳を動かした。震えながらも、牙を剥くことはなかった。
(前世で読んだ知識が、こんなところで役に立つなんてな)
ケルガは背負っていた荷物から、応急処置用の布と、ギルドで分けてもらった簡易の薬を取り出した。慎重に傷口へあてがう。獣は一瞬身を強張らせたが、それ以上抵抗はしなかった。
「――信じてくれるんですね」
「おい、正気か。魔物だぞ、それ」
「はい。でも、俺たちを襲う気なんて、最初からなかったと思います。多分、他の魔物にやられて、逃げてきたところなんじゃないかと」
「根拠は?」
「――勘です」
「勘て」
キアが呆れたように呟いたが、それ以上は止めなかった。ケルガの手当てを、少し離れたところで見守っている。
傷の手当てを終えると、獣はゆっくりと体を起こし、震える足でケルガの手に鼻先をすり寄せてきた。
「……懐いた、のか?」
「な、なつっこいですね」
キアが目を丸くしている横で、ケルガは獣の頭を優しく撫でた。温かく、柔らかな感触が手のひらに伝わる。
「お前、名前は――」
少し考えて、ケルガは口を開いた。
「ルルン。今日からお前は、ルルンだ」
その名を呼ばれた瞬間、獣――ルルンは小さく鳴いて、嬉しそうにケルガの周りを一周した。
【スキル発動】
『無限成長』が反応。従魔契約が成立しました
――角ウルフの幼体『ルルン』が仲間に加わりました
「な、これは……!」
「従魔契約、ですか」
「森で偶然出会った魔物と、絆を結んで契約する。稀にある話だとは聞いたことがあるが……まさか実際に見るとはな」
ガルマが感心したように言った。丁度その時、茂みの奥から低い唸り声が響いた。ルルンの体が、びくりと強張る。
「――親か何かに、追われてたのかもしれません」
「来るぞ!」
茂みを割って現れたのは、ルルンより一回り大きな、同じ角を持つ成体の狼だった。だが、纏う気配は明らかに異質で、赤黒い瘴気のようなものが体から立ち上っている。
「あれは……普通の角ウルフじゃない」
「瘴気を纏ってる。おそらく、あの子を追い詰めてた奴だ」
ガルマがすぐさま前に出て、盾を構えた。
「――アイアンバッシュ!」
盾を叩きつけるように突き出し、突進してきた狼の顎を真正面から弾く。衝撃に怯んだ隙を、キアが逃さなかった。
「――クリムゾンスラッシュ!」
紅く輝く一閃が、狼の胴を深く切り裂く。ケルガもすかさず踏み込み、とどめを刺した。
「――クイックスラッシュ!」
戦いは呆気なく終わった。狼が地に沈むと同時に、瘴気がすうっと空気に溶けて消えていく。
【レベルアップ】
レベル:18 → 21
『無限成長』EXP倍率:×2.20 → 上昇
ルルンが、ケルガの足元に体をすり寄せてきた。まるで、守ってくれてありがとうと言っているかのように。
「これからよろしくな、ルルン」
ケルガが頭を撫でると、ルルンは気持ちよさそうに目を細めた。パーティに、新しい仲間が加わった瞬間だった。
「にしても、瘴気を纏った魔物、か。ただ事じゃなさそうだな」
ガルマの呟きに、キアとケルガも無言で頷いた。穏やかな採取依頼のはずが、また一つ、不穏な影を見つけてしまったらしい。
「まあ、暗い話は置いといて」
ガルマが気を取り直すように、ルルンの頭をわしわしと撫でた。
「これから、こいつも一緒に旅をするのか。賑やかになりそうだな」
「よろしくお願いします、ルルン」
キアも屈み込んで手を差し出すと、ルルンは警戒するどころか、嬉しそうに尻尾を振ってキアの手に頬を擦り寄せた。
「うわ、可愛い……!」
キアの声が、いつもより一段高くなる。そんな二人のやり取りを眺めながら、ケルガは静かに笑った。前世では、動物を飼うことすら叶わなかった。それが今、こうして小さな命に慕われている。不思議な巡り合わせだと思った。
ギルドへの帰り道、ルルンはケルガの足元にぴったりとついて歩いた。時折、こちらを見上げては小さく尻尾を振る。その姿を見ているだけで、胸の奥が温かくなった。
(この子も、俺たちと一緒に強くなっていくのかもしれない)
夕暮れの森を抜けながら、ケルガはそんなことを思った。パーティに、また一つ、大切なものが増えた日だった。




