第5話 初めての討伐依頼
ギルドから受けた、初めての正式な討伐任務。 油断すれば命に関わる戦いの中で、ケルガはまた一つ強さを手に入れるのだった。
装備を整えてから数日、ケルガはすっかりギルド通いのリズムに慣れ始めていた。今日もいつもの時間にギルドへ向かうと、キアはすでに受付前で待っていた。手には一枚の依頼書。
「今日の依頼は、これですね」
差し出された紙を受け取って、ケルガは少し緊張しながら目を通した。「街道沿いの荷馬車を襲うコボルトの討伐、五体前後」と書かれている。
「これが……俺の初めての討伐依頼、ですか」
「そうなりますね。森での戦いは、あくまで偶然の遭遇戦でしたから。ギルドから正式に受けるのは、これが最初です」
実感が、少しずつ湧いてくる。前世で新しい部署に配属された初日を、ふと思い出した。あの時とは比べ物にならないくらい、心臓の鼓動が速まっているのが分かる。
「コボルトって、ゴブリンより弱いんですか?」
「体は小さいですけど、群れで来るのでそこは気をつけてください。ま、今のケルガ君なら大丈夫だと思いますけど」
キアの言葉には、数日前にはなかった信頼がにじんでいた。ウィンドバイトを腰に下げ、防具を身につけたケルガは、以前の自分とは別人のような気分になる。
「そういえば、依頼書にはEランク以上の推奨って書いてありますけど、いいんですか?」
「大丈夫です。私がついてますし、それにケルガ君、実質もうEランクの実力ありますから。あとは書類上の話です」
自信満々に言い切るキアに、ケルガは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
依頼書に書いてある、街道を進むこと半刻ほど、案の定、荷馬車の荷物を漁っていたコボルトの群れが見えた。犬のような顔立ちの小柄な魔物が、次々と草むらから姿を現す。
「――五体、いや、六体ですね」
キアの声が引き締まる。数えているうちにも、さらに一体、木の陰から顔を出した。
「七体。思ったより多いです」
「戦えますか?」
「もちろん。むしろ、ちょうどいい訓練です」
キアがそう言い切った瞬間、コボルトの群れが一斉にこちらへ突っ込んできた。
「――来ます!」
ケルガはウィンドバイトを抜き、正面から迫る一体の攻撃を受け流した。牙が空を切り、体勢を崩したコボルトの喉元に、素早く刃を突き立てる。
```
【スキル発動】
『無限成長』EXP倍率:×1.48 → 戦闘継続中
```
一体を仕留めた瞬間、右手から二体目が飛びかかってきた。とっさに剣を横に払い、爪を弾く。だが体勢が崩れ、そのまま地面に片膝をつく形になった。
「危ない!」
キアの声と同時に、三体目がケルガの背後に回り込んでいるのが見えた。避けきれない――そう思った刹那、キアの剣が横から滑り込み、三体目を薙ぎ払った。
「油断しないでください! 数が多い時は、常に背中を意識して!」
「す、すみません!」
体勢を立て直しながら、ケルガは呼吸を整えた。前世のゲーム知識が、頭の中で警鐘を鳴らす。囲まれるな。壁を背にしろ。だが、実戦の勢いはそんな理屈をあっさり吹き飛ばしていく。
残る四体のうち二体がケルガに、二体がキアに向かってくる。ケルガはとっさに大きな岩を背にする形で構え直した。
(少なくとも、後ろは取られない)
一体目が飛びかかってきた瞬間、体が勝手に動いた。
「――クイックスラッシュ!」
踏み込みと共に放った一閃が、コボルトの胴を斬り裂く。だが、着地の隙を突いて、もう一体が横から爪を振るってきた。完全には避けきれず、左腕に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
「大丈夫ですか!?」
「平気です、浅いです!」
痛みを噛み殺しながら、ケルガは剣を握り直した。血が滲む左腕よりも、頭の中で燃え上がる何かの方が強かった。
(まだだ。まだ、動ける)
目の前のコボルトが牙を剥いて飛びかかってくる。ケルガはあえて半歩前に踏み込み、間合いを潰した。距離を詰められたコボルトは爪を振るう体勢を取れず、大きく怯む。その一瞬を、ケルガは見逃さなかった。
「――そこだ!」
力の限りを込めた一撃が、コボルトの首筋を捉えた。同時に、キアの方でも最後の一体が地面に沈むのが見えた。
戦場に、静寂が戻る。ケルガは荒い息を吐きながら、その場に膝をついた。
```
【レベルアップ】
レベル:8 → 11
『無限成長』EXP倍率:×1.61 → 上昇
```
「――勝った、のか」
「勝ちました。よくやりましたね、ケルガ君」
キアが駆け寄ってきて、傷ついた左腕を確かめる。
「これくらいなら、ギルドの治療院で十分治せます。でも、次はちゃんと私の指示を待ってくださいね。危なっかしいこと、この上ないです」
「――すみません」
「怒ってるわけじゃないですよ。ただ、心配なだけです」
キアの声は柔らかかった。ケルガは荒れた息を整えながら、剣を鞘に収めた。初めての正式な依頼を、無事にやり遂げた――その事実が、じわじわと胸に染み込んでくる。
「――終わったんですね、初めての依頼」
「ええ。お疲れさまでした」
キアが差し出した手を、ケルガはしっかりと握り返した。荷馬車の御者に礼を言われ、依頼達成の報告書にサインをもらって、二人はギルドへと戻った。
```
【依頼達成】
コボルト討伐(七体) 評価:優良
ケルガ ランク:F → E
```
「Eランクですか。順調ですね」
「キアさんのおかげです」
「またまた。半分は自分の実力ですよ」
軽口を交わしていると、奥の事務室から出てきたドルフが、報告書を覗き込んで足を止めた。
「ほう、もうEランクか。早いな」
「ドルフさん」
「悪い意味じゃない。むしろ、ここまで早く伸びる冒険者は珍しい。この調子なら、来月にはDランクも見えてくるだろう」
ドルフの言葉に、受付にいた他の冒険者たちも何人かこちらを振り返った。値踏みするような視線ではなく、素直な感心の混じった視線だった。ケルガは慣れない注目に、思わず耳の先が熱くなるのを感じた。
「頑張ります」
「その調子だ。――ああ、そうだ。例の件、まだ調査中だが目立った動きはない。心配しすぎないようにな」
ドルフはそれだけ言うと、忙しそうに奥へ戻っていった。キアと顔を見合わせ、少しだけ肩の力が抜ける。
ギルドを出ると、夕暮れの町はいつも通りの活気に満ちていた。屋台からは香ばしい匂いが漂い、子どもたちが路地を走り回っている。
「せっかくなので、市場で何か食べていきましょうか」
キアに誘われるまま、二人は市場の一角にある屋台に腰を下ろした。串焼き肉をかじりながら、周りの喧騒に耳を傾ける。
「ここの串焼き、リンデンで一番なんですよ。私のおすすめです」
キアが得意げに言うので、ケルガも一口かじってみる。塩気のきいたタレが香ばしく、思わず頬が緩んだ。
「美味しいです」
「でしょう? 最初にケルガ君を連れてきたかった店なんです」
軽い調子でそう言われて、ケルガは少しだけ胸の奥がくすぐったくなった。
「――なあ、聞いたか。東の森の話」
隣の席に座っていた、年配の冒険者らしき男たちの会話が、ふと耳に入った。
「黒鉄の森だろ。この間のBランクパーティの件か」
「それだけじゃねえ。うちの甥が猟師やっててな、森の外れで、黒い霧みたいなのを見たって言ってたぞ」
「霧だぁ? 気味の悪ぃ話だな」
「ギルドは大したことねえって言ってるが、俺は信じちゃいねえよ。あの森、五十年前もああやって静かに始まったって、じいさんが言ってたからな」
男たちの声はそれ以上続かず、話題は別の依頼のことへと移っていった。だが、ケルガの箸を持つ手は、いつの間にか止まっていた。
「……聞きました? 今の」
「聞きました」
キアの声も、いつもより低かった。
「噂は噂です。でも、こういう話が広まってる時点で、ただ事じゃないのかもしれません」
「今日はもう遅いですし、考えるのは明日にしましょう。せっかくの美味しいご飯が冷めちゃいます」
「……そうですね」
周りを見渡すと、市場はいつも通りの賑わいのままだった。だが、近くの八百屋の主人が、少し早めに店じまいの準備を始めているのが目に入った。目に見える変化は何もない。それでも、町のどこかに、薄い緊張の膜が張られ始めているような気がした。
その夜、宿の部屋に戻ったケルガは、ウィンドバイトを手入れしながら、今日の戦いを一つずつ思い返していた。囲まれた恐怖、キアに助けられた瞬間、力を振り絞った一撃で仕留めたあの感覚――まだまだ足りないところばかりだったが、確かに前へ進んでいる実感があった。
(強くなる。今度は、誰も守れずに終わるような真似はしない)
窓の外には、リンデンの町の明かりが静かに揺れている。この光景がいつまで続くのか、今のケルガには知る由もない。それでも、と剣を鞘に収めながら思う。
(明日も、ちゃんと生きよう)
賑やかな市場の光の中で見た、あの一瞬の緊張を忘れないまま、ケルガは静かに眠りについた。
〜to be continued〜




