第4話 ケルガ、装備を揃える
木の枝で戦っていた少年が、ようやく自分の武器を手にする日。 装備を整え、稽古に励み、少しずつ「冒険者」の顔になっていくケルガである。
窓の外から鳥のさえずりが聞こえる朝、ケルガは宿の硬いベッドの上で目を覚ました。体のあちこちが筋肉痛で痛んだが、それすら不思議と心地よかった。
「さて、と。今日は依頼に行く前に、やることがあります」
朝の光が差し込む宿の食堂で、キアがもぐもぐとパンをかじりながら言った。ケルガは首をかしげる。
「やること、ですか?」
「装備です。あなた、まだ木の枝で戦うつもりですか?」
そう言われて、ケルガは自分の手を見た。たしかに、ずっと森で拾った枝を握ったままだった。
「剣も鎧も、ないですね……」
「でしょうね。というわけで、朝ごはんを食べたら武器屋に行きますよ」
食事を終えた二人が向かったのは、町の中でも一番活気のある通りにある店だった。看板には、金づちと剣を組み合わせた紋章が彫られている。
「ここ、リンデンで一番腕のいい鍛冶屋なんです。店主のガレンさん、口は悪いですけど腕は確かですよ」
扉を開けると、鉄を打つ音が響いていた。棚には剣や斧、槍の穂先までずらりと並び、壁には注文中らしき武具の木札がいくつも下がっている。奥から出てきたのは、腕まわりの太い、ひげ面の男だった。
「おう、キアか。今日は何の用だ」
「この子の装備です。まだ何も持ってないので」
「おっ!新人か!?」
ガレンはケルガを上から下まで眺めた。値踏みするような視線に、ケルガは思わず背筋を伸ばす。
「体つきはまだまだだが、目つきは悪くねえな。……よし、こいつを持ってみろ」
差し出されたのは、細身だが軽い一振りの剣だった。柄には、青みがかった石がはめ込まれている。
「試作品でな。名前はまだねえが、風の魔力を通しやすい鋼を使ってる。振ってみろ」
言われるまま、ケルガは剣を構えて素振りをした。驚くほど手に馴染む。まるで、ずっと前から自分の手の一部だったかのように。
「――軽い。それに、なんだか力が吸い込まれていくみたいです」
「気に入ったか。なら、それはお前のものだ。名前は自分でつけろ」
ケルガは剣を見つめた。前世で好きだったゲームの主人公が持っていた剣を、ふと思い出す。
「――『ウィンドバイト』。これで」
「悪くねえ名だ」
ガレンが満足そうに笑った。続けて、店の奥から革の胸当てと腕当てを持ってきてくれる。
「防具はこいつにしとけ。安物だが、初心者にはちょうどいい頑丈さだ。そのうち稼いだら、もっといいのを買いに来い」
「ありがとうございます」
「礼はいらねえ。キアの連れなら、ちゃんとしたもん渡さねえと、後でどやされるからな」
「ちょっと、聞こえてますよ」
キアが横から口を挟むと、ガレンは声を上げて笑った。代金は、キアが立て替えてくれた分と、昨日の討伐報酬で何とか足りた。
「キアさんも、ありがとうございます」
「いえいえ。木の枝で戦うよりマシですから」
「あ……はい……」
なんだか急に恥ずかしくなって苦笑いが止まらなかった。
「よし。今日はこのまま、ちょっと稽古をしましょうか」
ギルド裏手の訓練場で、キアが自分の剣を抜いた。刀身には、赤みを帯びた模様が浮かんでいる。
「私の剣は『フレイムテール』。師匠からもらった、大事な一振りです」
「かっこいい名前ですね」
「でしょう? さて、まずは基本の型から。ケルガ君、構えてみてください」
言われるまま、ケルガはウィンドバイトを構えた。だが、キアはすぐに首を横に振る。
「肩に力が入りすぎです。剣は握るものじゃなくて、添えるもの。もっと力を抜いて」
「そう言われても……」
「私も最初はガチガチでしたよ。師匠に何度も同じこと言われました」
キアの手が伸びて、ケルガの肩をぽんと軽く叩いた。それだけで、不思議と余分な力が抜けた気がした。
「――お、いい感じです。じゃあ、次はこっちから軽く打ち込みますね」
キアの指導は思ったより厳しかった。何度も剣を弾かれ、地面に転がされる。それでも、ケルガは食らいついた。前世では、こんな風に体を動かして誰かと向き合うことなんて、ほとんどなかった。
「あなた、飲み込み早いですね。もしかして前世でも剣術やってました?」
「え……いや、その、全然です」
まさか、ラノベとゲームの知識だけだとは言えず、ケルガは曖昧に笑ってごまかした。
「その意地、嫌いじゃないです」
息を切らしながら、キアが笑う。休憩を挟みながら、繰り返し打ち込みを続けた。何度目かの打ち合いで、ようやく一撃だけ、キアの構えを崩すことができた。
「――お、今の。ちゃんと当たってましたよ」
「本当ですか!?」
「ええ。まだまだ甘いですけど、確実に伸びてます。この調子で行けば、来月には見違えると思いますよ」
褒められて、ケルガは思わず頬が緩んだ。この短い期間で、自分の体が少しずつ変わっていくのが分かる。前世の自分なら、絶対に味わえなかった感覚だった。
繰り返す稽古の中で、ケルガはふと、体の奥から何かがせり上がってくるのを感じた。
【スキル発動】
『無限成長』が反応。新たな技を習得しました
――【クイックスラッシュ】 一瞬で踏み込み、一閃を放つ技
「今の動き……!」
キアが目を見開いた。ケルガ自身も驚いていた。頭で考えるより先に、体が技の形を覚えていた。
「これが、無限成長……」
呟いたケルガに、キアは真剣な顔で頷いた。
「本格的に、期待してますよ。ケルガ君」
夕方まで続いた稽古を終え、二人は汗だくのままギルドへと戻った。全身が悲鳴を上げていたが、不思議と気分は悪くなかった。
「お疲れさまでした。今日はゆっくり休んでくださいね」
そう言いながらも、キアの視線は掲示板に向いていた。新しい依頼が何枚も張り出されている。その中の一枚に、キアの目が留まった。
「――あ。これ、盾役を探してる依頼ですね」
「盾役、ですか」
「近くの村で、盾役が足りなくてパーティが組めないみたいです。前衛が私一人だと、どうしても穴ができますし……うちのパーティにも、そろそろ欲しいところなんですよね」
キアはそう言って、ちらりとケルガを見た。
「もちろん、すぐにってわけじゃないです。焦って知らない人を入れて、また同じ失敗をするのは嫌ですから」
「……そうですね」
「でも、いつかは。頼れる人が見つかったら、ちゃんと二人で話し合って決めましょう。もし気になる相手がいたら、教えてくださいね。私からも、ギルドに探りを入れておきます」
掲示板を眺めながら、キアは少しだけ遠くを見るような目をした。四人だった頃のパーティを、思い出しているのかもしれない。
「今度は、ちゃんと守れるパーティにしたいですね」
ぽつりと呟かれた言葉に、ケルガは黙って頷いた。ウィンドバイトの柄を、そっと握りしめる。まだ何も成し遂げてはいない。それでも、少しずつ、この世界に自分の場所ができていくのを感じていた。
宿への帰り道、二人はしばらく無言のまま歩いた。日が沈みかけた空は、橙と紫が入り混じって美しかった。
「――ケルガ君」
「はい?」
「今日は、ありがとうございました。稽古、付き合ってくれて」
「お礼を言うのは俺の方です。装備も、稽古も。おかげ様で新しい技のスキルも習得できましたし」
「では、お互い様ってことにしましょう」
キアが軽く笑って、それきり会話は途切れた。だが、その沈黙は少しも気まずくなかった。ただ隣を歩いているだけで、不思議と満ち足りた気持ちになる。前世では、こんな夕暮れの帰り道を、誰かと分かち合ったことなどなかった気がした。
〜to be continued〜




