第2話 お茶目な剣士、キア
一人ぼっちの異世界で、最初に出会った人物は――ちょっと抜けている剣士だった。 でも、いざという時は誰よりも頼りになる。そんな彼女とのケルガは出会い成長していく。
「そこの子供、伏せて!」
鋭い声と共に、剣を構えた少女がゴブリンの群れの横をすり抜けるように駆け抜けてきた。
ケルガが反射的に地面に伏せた次の瞬間、頭上を風が唸った。少女の剣がゴブリンの群れの先頭を薙ぎ払い、二体が同時に吹き飛ぶ。
「うおおっ!?」
「はいはい、危なかったですねー。もう少しで串刺しになるところでしたよ。少年。」
軽い口調でそう言いながら、少女は残るゴブリンたちに向き直った。年の頃はケルガと同じくらいか、少し上くらいだろうか。赤みがかった髪を高い位置で結び、腰には使い込まれた剣。
「あなた、ホブゴブリンを倒したんですよね?すごいじゃないですか。私が来るまでもなかったかもね。」
と、言いながら振り返った少女の足が、地面に転がっていた石ころを踏んでよろけた。
「ふぎゃっ!」
盛大に転びかけて、なんとか体勢を立て直す。ゴブリンの一体がその隙を突いて突っ込んできたが、少女は転びながらもそのまま剣を振り抜き、綺麗に一刀両断した。
「っと、危ない危ない。今のはノーカンです、ノーカン」
(何なんだ、この人……強いのか弱いのか分からない)
ケルガは呆気に取られながらも、木の枝を握り直した。無限成長のスキルがある以上、突っ立って見ているだけの理由はない。
「手伝います!」
「お、やる気ですね。いいでしょう。では、右側の三体をお願いします。」
「三体か。でも今はやるしかない!」
少女の指示に従い、ケルガは残ったゴブリンの一体に向かって突進した。先ほどのホブゴブリン戦で得た感覚が、まだ体に残っている。前世で読んだ数えきれないラノベの知識が、頭の中で警鐘を鳴らす。
囲まれるな、一体ずつ相手をしろ、と。
【スキル発動】『無限成長』EXP倍率:×1.15 戦闘継続中
ゴブリンの棍棒を紙一重でかわし、木の枝を喉元に突き立てる。一撃で仕留めることは出来なかったが、怯んだ際に少女が追撃し、トドメを刺してくれた。
「連携は悪くないですね。あなたの筋、いいかもしれませんよ。」
「あ、ありがとうございます。」
褒められ慣れていない体は、たったそれだけの言葉で妙にむず痒くなった。前世では、こんな風にまっすぐ褒められることなんて滅多になかった。
二人がかりで、あっという間にゴブリンの群れは全滅した。最後の一体が倒れるのを見届けて、ケルガはようやく詰めていた息を吐いた。
【レベルアップ】レベル:3→6『無限成長』EXP倍率:1.32に上昇
(また上がった……このスキル、本当に戦うたびに伸びていくのか)
「さてっ」
少女が剣を鞘に収めながら、改めてケルガに向き直った。
「自己紹介がまだでしたね。私はキア。冒険者ギルド、リンデン支部所属のCランク冒険者の剣士です。あなたは?」
「僕の名前はケルガです。」
「ケルガ君ですね。それにしても、こんな森の奥に一人でいるなんて、どうしたんですか?見たところ、装備どころか服もボロボロですし」
どこから説明すればいいのか、ケルガは一瞬言葉に詰まった。まさか「事故で死んで転生しました」とは、とても言えるはずがない。
「いろいろあって、記憶が曖昧なんです。気づいたらここにいて」
半分本当で半分嘘の説明だったが、キアは特に疑う様子もなく、「あー、なるほど、記憶喪失ってやつですね」とあっさり納得してくれた。
「まあ、細かい事情は追々聞くとして。とりあえず、このまま森に置いていくわけにもいきませんし。リンデンの町まで一緒に来ますか?ギルドで手続きすれば、冒険者登録もできますよ」
「い、いいんですか!?」
「もちろん。それに、さっきの動き、悪くなかったですよ。センスがあるかもしれません。」
キアはそう言って、ニコッと笑った。その笑顔にはどこか間の抜けた愛嬌があって、ケルガは思わず頬が緩むのを感じた。
二人は連れ立って森を抜け、街道へと出た。歩きながら、キアはペラペラとよく喋った。
「私、これでもリンデン支部じゃそこそこ名の知れた冒険者なんですよ。もっとも、先週は依頼先の川に落ちて、荷物を全部流しちゃいましたけど」
「……大丈夫なんですか、それ」
「大丈夫じゃないから今、あなたに話しているんです。ギルドマスターにこっぴどく怒られましたよ」
あっけらかんと笑うキアだったが、ふと、その目が一瞬だけ遠くを見るように陰った。
「前のパーティが解散した時も、似たようなことを言われましたっけ。『お前がいると危なっかしい』って」
「……」
「あ、いや、今のは忘れてください!湿っぽい話は嫌いなんです、私」
すぐいつもの調子に戻ったキアだったが、ケルガはその一瞬の陰りを見逃さなかった。
(この人にも、何かあったんだろうな)
詮索はしない。だが、いつか話してくれる日が来たら、その時はちゃんと聞こう。ーーそう思った。
やがて夕暮れの街道の先に、石造りの城壁と門が見えてきた。
「あそこがリンデンの町です。着いたら早速、ギルドに行きましょう」
門番に二言三言告げると、キアは慣れた様子で街へとケルガを促した。石畳の道、軒を連ねる露店、行き交う人々のざわめき。前世でも異世界でも味わったことのない、生きた喧騒がケルガを包み込む。
「ようこそ、リンデンへ。ここがケルガ君の……」
言いかけたキアの言葉を遮るように、町の中央広場の方から悲鳴と怒号が響き渡った。
「な、何事ですか!?」
キアの表情が一瞬で真剣なものに変わり、剣の柄に手をかけたまま駆け出す。
「ケルガ君、来て!この様子……ただの喧嘩じゃありません!」
訳も分からないまま、ケルガもまたその後を追った。石畳を蹴りながら広場に飛び込むと、そこには人だかりができていた。
輪の中心には、鎧を血で染めた冒険者らしき男が数人、地面に横たわっている。介抱する者、悲鳴を上げる者、遠巻きに囁き合う者……広場は騒然としていた。
「何があったんです!」
キアが人だかりをかき分け、倒れている一人に駆け寄る。すると、辛うじて意識のある冒険者が、震える声で言った。
「東の……『黒鉄の森』ダンジョンに……今まで見たことのない、真っ黒な魔物が……Bランクパーティが、全滅寸前で……」
「黒い、魔物……?」
キアの顔から、みるみる血の気が引いていく。その反応だけで、ケルガにも事の重大さが伝わってきた。ただのゴブリンやホブゴブリンとは、明らかに違う何かがこの町の近くに潜んでいる。
(黒鉄の森……このスキルの成長速度なら、いつかは向き合うことになるかもしれない)
まだ戦い方すら手探りのケルガの胸に、確かな緊張が走った。これは、始まりに過ぎない。ケルガの新しい人生は今、想像もしていなかった大きな渦へと巻き込まれ始めていた。
〜to be continued〜




