第1話 事故、そして目覚め
命がけで誰かを助けたその先に、待っていたのは終わりではなく始まりでした。 異世界で目を覚ました少年ケルガと、たった一つのスキル『無限成長』の物語、開幕です。
古賀慎太郎、二十七歳。平凡な会社員。
「はあー。今日も残業か」
残業続きの毎日に嫌気が差していたある日、慎太郎は横断歩道の向こうで信号無視のトラックに気づかず立ち尽くす高校生の姿を見た。
「――危ない!」
考えるより先に体が動いていた。
高校生を突き飛ばした瞬間、鈍い衝撃と共に視界が真っ白に染まる。
(ああ、俺、死ぬのか)
不思議と恐怖はなかった。むしろ、ようやく肩の荷が下りたような、奇妙な安堵感すらあった。
あの子は助かっただろうか。それだけが、最後に頭をよぎった思考だった。
そして――
「ん……?」
目を開けると、そこは見知らぬ森の中だった。
空気が違う。土の匂いが濃い。
木々の隙間から差し込む光は、慎太郎が知るどんな朝の光とも違っていた。
鳥のさえずりすら、耳慣れない旋律を奏でている。
「ここは……どこだ?」
立ち上がろうとして、慎太郎は違和感に気づいた。
手が小さい。体が軽い。
近くの水たまりに映った顔を覗き込むと、そこにいたのは見知らぬ少年だった。
銀髪に紫の瞳。年の頃は十五、六歳といったところか。
「……は?」
混乱する頭の中に、唐突に文字の羅列が流れ込んできた。
【ステータス確認】
名前:ケルガ
種族:人間(異世界人)
レベル:1
スキル:『無限成長』(EXP倍率が使用回数に応じて上昇し続ける)
「無限成長……?」
呟いた瞬間、頭の中に説明が流れ込んでくる。
どうやらこのスキルは、戦闘や修行を重ねるたびに経験値の伸び率そのものが増加していくという、恐ろしく気の長い――しかし理論上は上限のない成長を約束する力らしい。
(つまり俺は、今は誰よりも弱いが、鍛え続ければ誰よりも強くなれるってことか)
慎太郎改めケルガは、状況を整理しようと深呼吸した。
死んだはずの自分が、異世界で新しい体と名前を得て転生している。
よくある話だ、と笑いそうになった。
前世で読んだラノベの知識が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
だが、笑っている場合ではないと気づくまで、そう時間はかからなかった。
ガサッ、と茂みが揺れた。
「――っ!」
振り返った先にいたのは、体長二メートルはあろうかという、緑色の肌をした人型の魔物だった。
手には粗末な棍棒。血走った目が、まっすぐにケルガを捉えている。
「ゴブリン……いや、それにしては大きい。ホブゴブリンか?」
知識だけは前世のままある。だが体はまだ十五歳の少年のもの。
震える足を叱咤し、ケルガは近くに落ちていた木の枝を拾い上げた。
心臓が痛いくらいに早鐘を打っている。
「グガアアッ!」
ホブゴブリンが棍棒を振りかぶって突進してくる。
ケルガは咄嗟に横に転がり、なんとか直撃を避けた。地面を転がりながら、頭の中で無機質な声が響く。
【スキル発動】『無限成長』EXP倍率:×1.00 戦闘継続中
(今は、これしかない。生き延びることだけ考えろ)
棍棒が地面を叩き、土煙が舞う。
轟音と共に、さっきまでケルガが立っていた場所に深い穴ができていた。
まともに当たれば即死だ。
その隙にケルガは木の枝を構え、ホブゴブリンの脚めがけて突き出した。浅いが、確かに手応えがある。
「グギャッ!」
怯んだ隙に距離を取る。息が上がる。視界の端に、小さな光の文字がちらついた。
【経験値取得】『無限成長』EXP倍率:×1.02に上昇
(本当に、上がっていくのか……!)
驚きと共に、ケルガの中で何かが変わった。恐怖だけだった感情に、わずかな昂りが混じる。
もう一度、ホブゴブリンが棍棒を振り上げた。今度は先ほどより速い。
だがケルガの目には、なぜかその動きが僅かに緩慢に映った。
(見える……当たる場所が、わかる)
紙一重で棍棒をかわし、木の枝を渾身の力で喉元に突き立てる。
ホブゴブリンが呻き、膝から崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……や、やった……のか?」
荒い息を吐きながら、ケルガはその場に座り込んだ。全身が震えている。恐怖と興奮がない交ぜになった、
初めての感覚だった。
【レベルアップ】レベル:1 → 3『無限成長』EXP倍率:×1.15に上昇
(レベル3……確かに、成長してる)
安堵の息をついたその時、森の奥から複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。それも一つや二つではない。
「――まさか、群れか?」
振り返ったケルガの視界に映ったのは、先ほどのホブゴブリンよりもひと回り小さいゴブリンの群れ。
少なくとも十体はいる、その最後尾に、剣を構えた一人の少女の姿があった。
「そこの子供、伏せて!」
鋭い声が森に響いた瞬間、ケルガの新しい人生は、思わぬ形で加速し始めることになる。




