表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亡国の侍 異世界転移譚  作者: Lambzono
第二章 残されたもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/26

第二十五話 手応え

 四人は、以前と同じパン屋跡で夜を明かすことにした。


 屋根は半分しか残っていない。


 竈の煙道も詰まったままだったが、石造りの壁は風を防いでくれる。


 セレナは村の入口と井戸を確かめ、ミレアは室内へ銀盤を並べた。


「黒い魔素は薄く広がっています」


 銀盤の端が、僅かに濁っている。


「特定の場所から出ている反応ではありません。地面の下に残っているものが、村全体へ染み出しているように見えます」


「夜のうちに歩き回る理由にはならんな」


 アルヴァンが言った。


「調べるのは明るくなってからだ」


 八郎は床へ積もった枯れ葉を足で寄せた。


 右手だけでは、敷物を広げるにも時間が掛かる。


 アルヴァンがその様子を見ていた。


「左肩を出せ」


「検査ですか」


「腕をつける」


 八郎の手が止まった。


 ミレアも銀盤から顔を上げる。


「ここで試すの?」


「黒い石そのものはない。反応も王都での試験より遥かに弱い」


「だから安全とは限らないわ」


「安全だとは言っておらん」


 アルヴァンは杖で床を叩いた。


「王都で分かったのは、道が残っているということだけだ。使えるかは、使ってみなければ分からん」


 八郎は上着を脱ぎ、左肩を出した。


「前の腕とは違うのですか」


「あれは腕の形をした土塊だ」


「今回は」


「土塊へ、関節をつけた」


「大きな違いですな」


「使ってから言え」


 アルヴァンが杖を上げた。


 崩れた床の隙間から土が集まる。


 小石が細く固まり、八郎の肩から肘へ伸びた。


 前腕には二本。


 手の内には、掌から指へ分かれる細い芯が形作られる。


 その周囲へ湿った土が巻きついた。


 上腕。


 肘。


 前腕。


 手首。


 最後に五本の指が伸びる。


 最初の土腕より細い。


 肘と手首には継ぎ目があり、指にも二つずつ節が刻まれていた。


 土の色をしていることを除けば、人の左腕に近い形だった。


「重さは」


 ミレアが訊いた。


「前より軽いです」


 八郎は左腕を持ち上げようとした。


 肘が曲がる。


 僅かに遅れて、土の拳が胸元まで上がった。


 親指を曲げる。


 次に人差し指。


 五本の指は、一つずつ八郎の意思に従った。


 拳を握る。


 失われたはずの左手が、目の前で閉じた。


「感触はありますか」


「ありません」


 八郎は指を開いた。


「ですが、どこにあるかは分かります」


「力を出しているのは私だ」


 アルヴァンが杖を握ったまま言った。


「どこへ流すかを、お前の肩に残った道が決めている。私から離れすぎれば崩れるぞ」


「どの程度です」


「村の反対側まで一人で歩くな」


「随分と短い紐でつながれましたな」


「嫌なら外せ」


「まだ試しておりません」


 八郎は肘の上で括っていた左袖を解いた。


 土腕を袖へ通す。


 長く空だった布が、腕の形へ広がった。


 袖口から、灰褐色の手が現れる。


 八郎は腰の鞘へ左手を置いた。


 指を閉じる。


 感触はない。


 それでも鞘は動かなかった。


 右手で柄を握る。


 左手で鞘を僅かに後ろへ引き、刀を抜いた。


 刃が滑らかに鞘を離れる。


 身体を傾ける必要も、鞘を帯へ押しつける必要もなかった。


 八郎は刀を納め、もう一度抜いた。


「どうですか」


 ミレアが訊いた。


「以前に近い」


 八郎は刀を鞘へ戻した。


「腕が戻ったわけではないぞ」


 アルヴァンが言った。


「分かっています」


「感触もない。力を入れすぎれば、自分で指を砕く」


「心得ました」


「黒い反応が強まれば、前と同じように私の魔力を引かれる。その時はすぐ外す」


「ええ」


 八郎は左手を開いた。


 土の指が、袖口の先で静かに動いた。


     ◇


 火が小さくなった頃、八郎の左手が勝手に握り込んだ。


 鞘を掴んだまま、指へ力が入る。


 八郎は目を開いた。


 左肩の奥が冷たい。


 強い痛みではない。


 だが、先ほどまでより明らかに深かった。


「アルヴァン殿」


 声を掛けるより早く、外で石を踏む音がした。


 セレナが壁際の弓へ手を伸ばす。


 アルヴァンも杖を取った。


 入口の暗がりに、赤い目が浮かんだ。


 肩は人の腰ほどまである。


 黒い毛皮の間から、骨のような棘が突き出していた。


 八郎は立ち上がった。


「ブラッドリッパーですな」


「名前は覚えていたか」


「刀を一本、取られかけましたので」


 獣が地面を蹴った。


 八郎の左手が鞘を押さえる。


 今度は勝手にではない。


 自分の意思で指を閉じた。


 獣は戸口から飛び込み、八郎の左側へ回ろうとした。


 この世界へ来た夜に戦った時と同じ動きだった。


 左腕のない側を狙う。


 だが、今はそこに腕がある。


 八郎は左手で鞘を引いた。


 右手が刀を抜く。


 以前より短い動きで、切先が鞘を離れた。


 獣の爪が届く前に、半歩踏み込む。


 首へ刃を走らせた。


 手応えはあった。


 だが、止まらない。


 刃は毛皮と肉を抜け、その内側の骨まで断った。


 ブラッドリッパーの首が、身体から遅れて床へ落ちた。


 巨体が石壁へぶつかり、横倒しになる。


 八郎は振り抜いた姿勢のまま、僅かに目を見開いた。


 以前は、倒れた獣の首へ振り下ろした刀が骨で止まった。


 右手だけでは押し切れず、抜くことさえできなかった。


 今の一刀には、骨を断った感触がほとんど残っていない。


 八郎は刃を傾けた。


 銀灰色の筋が、火の残りを細く返す。


 刃こぼれはなかった。


「やはり、あの鍛冶師の腕は本物ですな」


「砥石の影響だろう」


 アルヴァンが倒れた獣へ目を向けた。


「その砥石を刀へ当てたのも、あの鍛冶師です」


「口を動かす前に、次を見ろ」


 暗がりの中で、もう一対の赤い目が開いた。


 一頭目より大きい。


 毛皮の間を走る骨の棘が、先端から黒く染まっている。


 左の前脚にも、細い亀裂のような筋が幾つも浮かんでいた。


 八郎の左肩が強く疼いた。


 土腕の指が、意思に反して鞘を握り込む。


 表面から細かな砂が落ちた。


「黒く変わり始めています」


 ミレアが言った。


 ブラッドリッパーが唸る。


 先ほどの一頭が倒れたことにも、血の匂いにも怯んでいない。


 アルヴァンが杖を振った。


 戸口の前で土が盛り上がる。


 獣は速度を落とさず、黒ずんだ前脚を土壁へ叩きつけた。


 固められた土が砕ける。


 そのまま室内へ飛び込んだ。


 セレナの矢が放たれた。


 獣は首を振る。


 矢は頬へ刺さったが、浅い。


 八郎は右へ回った。


 左手が鞘から離れにくい。


「開け」


 指が震える。


「開け」


 土の指が一本ずつ離れた。


 八郎は刀を構える。


 獣が前脚を振り上げた。


 八郎はその内側へ入り、肩口へ刃を走らせる。


 刃は黒い皮膚を裂いた。


 肉へ入る。


 だが、一頭目のようには抜けなかった。


 硬いものに触れ、刀身が僅かに押し戻される。


 八郎は無理に押さず、刃を引いた。


 傷口から黒ずんだ血が流れる。


 それでも獣は止まらない。


 身体を捻り、左の爪を八郎へ向けた。


 避け切れない。


 八郎は左腕を上げた。


 土の前腕へ、三本の爪が食い込む。


 鈍い音がした。


 肩まで衝撃が伝わる。


 前腕の表面へ、手首から肘まで亀裂が走った。


 だが、砕けない。


 八郎は衝撃に合わせて半歩退き、爪を外へ流した。


「今です!」


 セレナの二本目の矢が、獣の左目へ入った。


 ブラッドリッパーが首を振る。


 アルヴァンが杖を地面へ突いた。


 後脚の下だけが持ち上がり、獣の姿勢が前へ崩れた。


 八郎は土の左手で、黒ずんだ骨の棘を掴んだ。


 感触はない。


 指が閉じたことだけは分かる。


 獣が頭を振り上げる。


 土の手首へ新たな亀裂が入る。


 それでも離さない。


 八郎は右手の刀を、開いた口の下から突き上げた。


 切先が上顎を抜け、その奥へ入る。


 獣の身体が大きく跳ねた。


 土の指が棘から外れる。


 ブラッドリッパーは前脚で床を二度掻き、動かなくなった。


 室内に荒い呼吸だけが残った。


 八郎は刀を引き抜く。


 黒ずんだ血が刃を伝った。


 その周囲へ、黒い筋が集まろうとしている。


 だが、獣が死ぬと動きも止まった。


「肩は」


 ミレアが八郎へ駆け寄る。


「疼きは残っています」


「腕の方は」


 八郎は左手を開こうとした。


 親指と人差し指が動く。


 残る三本は途中で止まった。


 前腕の亀裂から、土が少しずつ零れている。


「脆いな」


 八郎が言った。


「前にも同じことを言ったな」


 アルヴァンは杖先を土腕へ向けた。


「受け止めるために作ったのではない」


「前にも同じことを言われました」


「なら学習しろ」


 亀裂へ新しい土が入り込み、崩れかけた前腕を繋いだ。


 指が再び動き始める。


 だが、手首に残った細い筋までは消えなかった。


 八郎が刀の血を拭い終えた頃、左肩が急に重くなった。


 同時に、壁際から低いいびきが聞こえた。


 土の指から力が抜ける。


 手首の亀裂が広がり、前腕から土が零れ落ちた。肘が形を失い、上腕も肩口から崩れていく。


 アルヴァンは杖を抱えたまま、誰よりも早く寝息を立てていた。


 八郎は、再び空になった左袖を見下ろした。


「これは、いささか不便ですな」


     ◇


 夜が明けると、セレナは二頭の足跡を調べた。


 村の入口から来たものではなかった。


 崩れた家々の間を抜け、北側の斜面へ続いている。


「旧採掘場の方角です」


 古地図には、村の北に採掘場の印が残っていた。


 四人は足跡を追った。


 斜面へ入る手前で、細長い石柱が三本、地面へ打ち込まれている。


 どれにも銀色の輪が嵌まり、中央研究所とエルディンの管理印が刻まれていた。


 中央の一本は、上部から斜めに割れている。


 黒い筋が亀裂の内側まで入り込んでいた。


 獣の足跡は、その杭の間から村へ出ている。


「封印の内側にいたのですか」


 八郎が訊いた。


「少なくとも、足跡はここから始まっている」


 セレナが答えた。


 アルヴァンは割れた杭へ触れず、その周囲の土を杖で固めた。


「これでは長く保たん」


「直せないのですか」


「何を封じているかも分からず、勝手に術を足せるか」


 黒い筋の周囲へ新しい土が盛られる。


 割れた杭が倒れないよう、外側から支えるだけだった。


「王都から道具と人員を寄越させる。それまでは近づくな」


「エルディンは、ここに何を封じたのでしょう」


 ミレアが言った。


 アルヴァンは杭の向こうを見た。


 木々の奥には、崩れた岩壁がある。


 採掘場へ続いていたはずの道は、岩と土で完全に塞がれていた。


「それを知るために来た」


 答えは、それだけだった。


     ◇


 村へ戻り、残る家々も調べた。


 記録らしいものは見つからない。


 紙は湿気で崩れ、木の道具も大半が朽ちている。


 だが、パン屋だけは違っていた。


 屋根の梁には、ほかの家より新しい木が継がれている。


 竈の割れ目も、異なる色の土で何度も塞がれていた。


 村の家々が崩れ始めたあとも、誰かがここへ残り、屋根を直し、火を使い続けていた。


「この家が、最後まで使われていたのでしょう」


 ミレアが竈の縁へ触れた。


 八郎は、前にここで聞いた言葉を思い出した。


『子供の頃に来た。焦げたパンをもらった』


「この家を知っている者がいます」


「シュミか」


 セレナが言った。


「ええ」


「先に砦町へ戻りましょう」


 村を出る前に、八郎は一度だけパン屋を振り返った。


 待つ者のいない家にしては、長く火が残りすぎていた。


     ◇


 陽が傾く前に、一行は旧い巡察詰所へ戻った。


 待っていた兵士たちは、土の左手をつけた八郎を見たが、何も訊かなかった。


 砦町までの道中、アルヴァンは朝になるたび土腕の形を整えた。


 動かすたびに砂は落ちた。


 それでも肘も手首も曲がり、五本の指は八郎の意思に従った。


 三日後、砦町へ着いた。


 フェーン工房から、槌の音が聞こえている。


 八郎が中へ入ると、炉の前にいたシュミが振り返った。


「シュミ殿。ベズラス村のパン屋について、訊きたいことが――」


「その腕」


 シュミの視線は、八郎の左側へ向いていた。


 八郎は袖口から出た土の指を開いた。


 五本の指が、僅かな遅れもなく動く。


 シュミは槌を置き、八郎へ近づいた。


「土?」


「ええ」


「誰が作ったの」


「アルヴァン殿です」


 シュミは土腕の肘を曲げ、次に手首を回した。


 八郎に感触はない。


 それでも、自分の意思とは別に腕を動かされていることは分かった。


「骨の位置も、関節の数も合ってる」


「それはよかった」


「よくない」


 シュミは前腕に残る細い亀裂へ爪を当てた。


「これ、何を受けたの」


「魔獣の爪を少々」


「少々で、ここまで割れるの?」


「砕けはしませんでした」


「次も砕けないとは限らない」


 シュミは土の指を一本ずつ確かめた。


「動くのに、外が脆すぎる」


「アルヴァン殿にも同じことを言われました」


「なら、補強する」


「腕をですか」


 シュミは八郎を見上げた。


「ほかに何があるの」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ