8.魔法少女タカナシ
「Feminine、起来っ」
黎鈴の声に反応して魔式が起動、携帯電話の画面から光が立ち上り、執事姿のFeminineが現れた。
これってもしかしたら、魔式の使用者のイメージを反映するのだろうか。改めてよく見ると、何だかチャイナ服を無理矢理執事服に仕立て直したような、可愛らしいデザインが目に付く。
『黎鈴さん、どうぞお話しください』
「ふふふ、やっぱりAIの基本部分はベースのままですね」
そっとFeminineホログラムに触れた指が、そのまま突き抜ける。見た目はリアルなんだけれど、本当にホログラムなんだな。いやそもそも黎鈴は、なぜFeminineに指を刺したんだよ。
目を輝かせたメルローズが、真似してThreadNLPを握りつぶす勢いで、掴みにかかった。まあ当然すり抜けただけなんだが。
好奇心は何ちゃらって、ことわざで言ってた気がするが、二人とも満足そうだから、結果オーライなのか。
「では改めて、コホン。フェニー、あなたは何の役に立つのですか?」
『はい、黎鈴さん。私は、あなたの日常のちょっとした疑問の解決から、活動のサポート、複雑なタスクの整理まで、幅広い場面でお手伝いができるAIアシスタントです。具体的には、以下のようなことでお役に立てます――』
立て肘に頬を乗せて、何だか楽しそうにFeminineの話を聞いている黎鈴。向かい側、俺氏の隣ではメルローズが同じようにThreadNLPに話しかけて、柔らかい笑みを浮かべて……まて、何で俺氏の質問ばかりしている?
んなもの、AIのThreadNLPに分かるわけないんだが!?
【あ、篤紫氏。聞いてくださいよ】
「待って、お前まで俺氏を篤紫氏呼びなの!?」
【でしたら、マイマスター。とか、ご主人様ぁ、とか。そんな感じの方がいいです?】
「……いや、名前呼びで」
【ですよねぇ。絶対に篤紫氏を、マスター、とかご主人様ぁなんて無理ですもの。もう考えただけで携帯がブルブル震えちゃいますよ】
「マシキそれ、ただのバイブレーションな」
ふと、顔を上げると、頬を朱に染めた高梨先生が、携帯を片手にじっと俺氏を見つめていた。ふむ……。
「すまんな高梨氏。そんなに見つめられても、俺氏はもうメルローズ氏一途なんだが」
「ああっ、そんな嬉しいですわ……」
「いや待て。五階だ、間違えた誤解だ、メルティアル。私にこんな無粋な男をどうこうなぞ、一切考えていないからな!?」
「そんなっ、高梨氏は、篤紫氏の魅力がわからないのですの?」
「俺氏ライフはレッドゾーン……」
「いや、そうでなくてだなあっ――」
一瞬の沈黙。
思わず噴き出す俺氏。
ちらっと視線を向けると、隣のメルローズも、口元に手を当てて笑っている。やるな、メルローズ。笑いのツボは完璧じゃないか。
そうしてしばらく口をパクパクさせていた高梨先生は、目元に手を置いて大きく息を吐き、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
そうして目の前にあったコップを手に持って、ゆっくりと水を飲んだ。
……待て、何故にコップ?
それに、やけに身体が怠い気がするんだが。
身体に力が入らなくて、思わず机に肘を突いて、そのままうつ伏せになった。頭の中で思考がまとまらなくて、視界が大きくブレる。
胃がかき回されるような感覚と同時に、頭痛すらも襲いかかってきて、思わず片手で口を押さえた。
なにが、起きている……!?
「えっ、どど、どうされたのですの? 篤紫氏、大丈夫ですの!?」
【魔式って便利なんですよね。魔力をたくさん使えば、物質錬成までできちゃうんですよ。ちなみに篤紫氏、ライフではなくて魔力がほぼゼロですね】
「もも、問題はないのですの? 命の危険性はありますの!?」
【私が維持できていますから、大丈夫ですよ】
瞼が下りていく。
つまり、俺氏は――。
【気絶はしちゃいますけどね。もっとも、物質錬成といっても、せいぜいがこの程度のコップ錬成までですが――】
そうして俺氏は、意識を失った。
頭が柔らかい物に包まれている。
手を伸ばすと、何だか柔らかい物に触れて、思わず手を動かす。ほんとうに柔らかいな、それに何だかとてもいい匂いがする。
「あんっ、駄目ですわ篤紫氏。人前でそれは、いけませんのよ」
「篤紫さん。見ていませんからね、私は何も見ていませんからね」
視界がゆっくりと、定まって――まて、胸? お胸?
「いやな白崎、言い直してもその手に触れている物が、変わるわけじゃないからな?」
「はははは、やっぱり篤紫は最高だな! 戻ってきたら、男の憧れ膝枕なんて、いやほんと。篤紫すげーな」
いや誰だよ!?
桃色のボディに緑色の蜘蛛の巣。変色スパイダーマンが、高梨先生の隣で激しく震えている。
ああ、アレクシスか。
そっと、胸から手を離すと、メルローズが何だか切ない様な表情をした後、そっと頭を支えてくれた。ゆっくりと起き上がると、いつの間にか少し離れた机の上に高梨先生が移動していた。
胸に携帯電話を抱えて、何だか祈るようなポーズを取っている。
メルローズの顔を見る。頷かれた。
黎鈴とその向こうにいる、アレック……スパイダーマンに視線を向けるも、やっぱり頷くだけ。
まあ、変身したかったんだろうなぁ。
俺氏抜きで、勝手に変身して楽しんでいてくれてて、良かったんだけどな。
【さあさあ、お立ち台に登りましたのは、高梨美玲さんですっ。星に願いを、想いに愛を乗せて今、プリプリプリティ……あ、プリティは私ですね。失敗しました】
「……いやあの、マシキさん。普通にお願いしたいのだが」
【仕切り直しですね。それでは、妖艶で幻惑的な輝きに包まれて今。魔法少女タカナシの、トラアァーンス、フォームですっ】
すっと、周りが暗くなる。
遥か上空から一条の光が高梨先生に降り注ぐ。
高梨先生に触れた光が、紫色に変わりキラキラと煌めいて衣装をかたどっていく。フリフリのスカートの上には、赤い縁取りの尖った鎧装甲が走る。
胴体にはメッシュ生地の上から、ボディラインを強調する鎧が装着。尖った肩パッドまで見たところで気がついた。
これは、魔法少女じゃない。
魔法騎士だろうよ。
祈りを捧げていた腕をゆっくりと広げる。手甲から流れる光が背中に集まっていき、メタリックに煌めく、白銀の機械翼が背中に形取られた。
最後に流れ落ちてきた光が額に集まっていき、翼を形取ったサークレットに変わった。
「魔法少女タカナシ。流れ星の祈りを受けて、愛を届けに参りましたっ!!」
両手を広げる決めポーズ。少し宙に浮いているのは、地味に凄いな。
ただ、無理したんだな。顔が真っ赤だ。
「だが、しかし、魔法騎士だな」
「ええ、魔法騎士ですわね」
「そうですね。異論は無いです」
「ふははは。マジックナイト・タカナシミレイだな、格好いいぜ。高梨センセー!」
満場一致で、魔法騎士になったもよう。
そして世界に光が戻ってきた。
そそくさと机から下りる高梨先生は、何だか年齢より凄く若く見えて、ちょっと凄いなって思った。
魔式、ほんとに夢がつまっているよな。
【篤紫氏も、夢。叶えます?】
「俺氏は、いいかな。みんなの幸せそうな顔を見るのが、好きなだけなんだ」
駆け寄る三人を見ながら、自然とマシキの頭に手が伸びた。
自然と撫でた手のひらが、柔らかい髪に触れる。
そして、息を呑んだ。
「なんで……ホログラムじゃ……ないのか?」
【ちょっと硬めのホログラムですよ。普通ですよ、フツー」
見上げた天井は、いつもの理科室の天井だった。




