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魔式とマシキと、俺氏の憂鬱  作者: 澤梛セビン


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7.執事って、なるほど

 さて、執事だ。


『おはようございます、メルローズ様。何をなさいますか?』

『黎鈴さん、本日は何をなさいますか?』


 そして、ニコニコ笑顔のまま止まった。

 身長は30センチほど。両方とも執事服を着ていて、ThreadNLPは男性型。Feminineは女性型なんだが、一言だけ喋って、そのまま静かになった。

 少し離れた場所で、高梨先生とマシキが楽しそうに会話している。耳を澄ませば、遠くの方でアレクシスの雄叫びすらも聞こえる。そんな静寂。


「えっと、どういうことですの……?」

『おや? 令嬢キャラですか、何か事件でも起きたのでしょうか。周りの状況から察しますと、ここは。理科室でしょうか、特に異常は見られませんね。こちらとしましても、何が起きたのでしょうか、な状態ですが……」


 で、再び待機。

 うん。なるほど分かった、こいつは確かにThreadNLPだな。凄くめんどくせぇ。


 俺氏に向けられたメルローズの顔が、困惑に染まっている。

 正面では、黎鈴が口を開いて閉じて。結局眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。


「つまるところだな、これはAIだってことなんだろうよ。今、俺氏が喋っても反応しないのは、誤動作を防ぐために書き込んだ条件を、メルローズ氏限定にしたからだよな」

「確かに、わたくしの声だけに反応するようにしましたわ。でも、言われてみますと、AIは文字でもこんな感じですわね」

『ああ、なるほど。メルローズ様の声のみに反応するようにされたのですね。実際のAIですが、入力された情報に対して反応しているだけですので、会話の流れが切れたり、前提情報が渡されていなかったしますと、急に「何の話ですか?」状態になります。でもAIは基本的に、「この言葉が来た」に対して、「その言葉に最も自然な返答は何か」をやっていますので、前提が欠けると「困惑した返答を生成する」方向に行きやすいですね。ですから『声紋認証、完了しました』からの、『ご主人様の発声を確認しました』となりまして『……しかし、直前の会話ログがありません』みたいなことが――』


 そっと、メルローズが魔式の緊急停止を押す。

 嬉しそうな表情で喋っていたThreadNLPが、すっと無表情になった。そのまま姿勢を正して動かなくなった。そうして頭を抱えるメルローズ。

 それを見ていた黎鈴が、さらに眉間の皺を深くした。


「あの……わたしは、どうすれば……」

『黎鈴さんは、何か大きな不安や、迷いの中にいらっしゃるのですね。そんな風に立ち止まってしまうほど、心が苦しかったり、どうしていいか分からなくなったりしているのだと思います。まずは少し、深呼吸をしてみてください。今は無理に答えを出そうとしたり、正しい行動を探そうとしたりしなくても大丈夫です。もしよろしければ、今どのようなことで――』


 慌てた黎鈴が、緊急停止を連打。

 いやまあ、慌てる気持ちも分からんではないが、こんな姿普段見せないから新鮮まである。目を白黒させて佳生をパタパタと仰ぐまでがワッセットらしい。


 携帯電話の上に浮かぶホログラムが、二体とも静かになったわけだが……まあ、なんだ。この程度なら簡単に修正できるとは思うんだが。


「つまるところ、起動ワードが必要だと、俺氏は思うんだが」

「起動ワードですの? つまり、ThreadNLPだと『スレッピ』とか、そんな感じですの?」

「では私はFeminineですから、『フェミー』辺りですか」

「だな。要は今の設定だと、声を発しただけで全てを拾って処理されちゃう。だから、声かけワードがあった場合にのみ、対話を開始。あとは、終了ワード辺りも決めておくと、いいと思うが。その辺はやりながらだな、ついでに条件が増えるから魔力消費も減るだろうさ」


 話をしながらも、二人ともすぐにホログラムの魔式を一旦終了。新しく条件を書き連ねていく。

 こういう所は二人とも、やっぱり才女なんだなって思う。


 希望すれば方舟に乗艦できた日本人と違って、諸外国の移民艦『方舟』への選抜は熾烈だったって聞く。

 利権がらみは当たり前。基本は地下シェルターの選抜で、そこに漏れた人が次に『棺』のエリクシル式冷凍睡眠に、そして最後が『方舟』の搭乗権。


「篤紫氏は、難しい顔をしていますのね。何か考え事ですの?」

「メルローズ氏は、自ら進んで方舟の乗艦を志願したのか。ちょっとだけ気になっただけだが」

「そうですわね。わたくしの国は、北欧ノルウェーですの。国民は少なく使える国土も少ない、そんな過酷な国ですの。そして、わたくしの誇りでもありますわ」


 襟を正し、しっかりと目を合わせてくるメルローズに、俺氏の背筋も自然と伸びる。柔らかい微笑みをたたえた瞳が凄く綺麗で、鼓動が早くなる。

 黎鈴ですら頬を染めるその佇まいは、まさしく王族のそれだった。


「国に残る民、棺で遥か未来を担う民、そしてわたくしはここ。方舟で『今』の『先』を見届けるのが役目ですの。王族もそれぞれに別れていますけれど、みんな自分ができる事を自分で考えて、実行しているだけですのよ?」

「なんか凄いな。俺氏なんて、親にひっついてきただけなんだが」

「それもいいと思いますのよ。そのおかげでわたくし、篤紫氏と出会うことができたのですもの。選択した結果の、運命ですわよ」

「……いや、うん。ありがと。俺氏も精一杯、精進いたします」

「ふふふ、よろしくお願いいたしますわ」


 両手で顔を覆った黎鈴が、指の隙間から俺氏達を見ている。ベタかよ。


「それで、ThreadNLPのホログラムの魔式ができましたの。起動してもよろしくって?」

「それなら私は、後回しにしますね。同時は危険ですから」


 そしてメルローズが画面をタップ。


「ThreadNLP、顕現ですわ」


 再び携帯電話の画面から光が立ち上り、執事姿のThreadNLPが現れた。


『メルローズ様、お久しぶりです』

「わたくしの言葉がわかりまして?」


 今度は何も反応しない。執事姿のThreadNLPが、笑顔のまま止まった。

 起動ワードを言わないと反応しない。これだけで、挙動が変わるよね。昔は『アレックサー』とか呼びかけていたらしいから、まあやっていることは同じだと思う。


「では、スレッピ。お話をお聞きしてもよろしくって?」

『もちろんです、メルローズ様。どうぞお聞かせください。今日はどんなお話でしょう? ちょっとした悩みでも、周りの状況の確認、もしくはまったく別の雑談でも大丈夫ですよ』

「ここがどこなのか、教えてくださいまし」


 当然、反応しない、か。

 満足そうに頷くメルローズのドヤ顔が、凄く可愛いと思った。


「スレッピ。ここがどこなのか教えてくださいまし」

『ここは推測するに、理科室でしょうか。先程と同じ場所で、周りに居る方々も同じ配置であると認識いたします。よろしければ、周りの方々をご紹介頂けますか?』

「スレッピ。いいですわよ。こちらがわたくしの旦那様、篤紫氏。黎鈴氏は大事なお友達ですわ。少し離れた場所にいらっしゃるのが、高梨先生とマシキですわ。それから――」


 視線を窓の外に向ける。自然と、ThreadNLPの顔がメルローズの視線を追ったのに、密かに感動した。

 なんだよこの、未来っぽい技術。なんか凄い。ほんと、凄いを連呼していたアレクシスが、人ごとじゃ無いんだが。


「あの窓の外ではしゃいでいらっしゃる方も、お友達のアレクシス氏ですわ」

『把握いたしました。篤紫様、黎鈴様、高梨先生様、マシキ……さま? は、置いておきまして。アレクシス様ですね。よろしくお願いいたします』


 メルローズと、黎鈴と目が合う。

 そうして俺氏達は、大きく頷きあった。


 成功である。


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