5.オタクの突撃、ヲタクの反撃
「それでだ、私がきたぞ」
「いや高梨氏は、お呼びではないんだが?」
俺氏の携帯電話が、ブルブルと震えている。まあ、隠すだけ無駄か。
たぶん厄介なことになるだろうな――そんな、どうでもいいことを考えながら、伏せていた携帯電話を、高梨先生が画面を見る事ができるように、置いた。
「それは、着電ではないのかい?」
「まあ、ある意味で着が電していると言えないわけじゃないが……」
指さす先で、まあ踊っている。文字がだが。
【おやおや、また新顔さんですか。どうも、魔式のマシキですよ、新顔の朝顔さんには初回ログインボーナスとして、私に質問する権利を贈呈しましょう】
「なあ白崎。これは……何なんだ……?」
「いや、俺氏にも知らん」
おずおずと携帯電話に手を伸ばす高梨先生。まあ当然俺氏は、自分の携帯電話を渡す気はないんだが。
手が触れる直前で、そっと引き戻した。
「何をするんだい? 私の研究材料を返してくれないかい?」
「いや待って高梨氏、これ。俺氏の携帯電話な」
「だが見せてくれたまえ。そのAIを超越した、AIの中のAIたる挙動、そこに遥か彼方から顕れた叡智の結晶が、その鼓動がひしひしと蠢いているんだぞ?」
「そこは、普通は『見てくれたまえ』とか言わね? ついでに、何言ってるのか分からないんだが」
案の定というか、暴走を始めた高梨先生に苦笑いが漏れる。
ついでに言えば周りの三氏、メルローズ、アレクシス、黎鈴の動きが完全に止まっている。そうだよな、変態教師の片鱗はいつも見ていたけれど、ここまで暴走するのは初めて見たんじゃ無いだろうか。
まあ、俺氏からしたら、纏っている雰囲気が同じだから、想定内の反応ではある。
「あの……篤紫氏、よかったのですの?」
「何がだ?」
「高梨氏は、先生なのではなくて? 黎鈴氏やアレクシス氏に話すのとは、またお話が違うレベルではありませんの?」
「待つんだ、メルティアル。その話し方は、一体どうしたんだい?」
「ええっ、そこでわたくしですの!?」
まあ、こうなる気はしていた。
恐らく高梨先生。朝の職員朝礼には出席しているけれど、特に担当クラスを割り振られていないから、職員朝礼の後はここの理科準備室に直行していると思う。
だから、次もこうなる。
「高梨先生はよ、なに驚いているんだ? 朝からみんな、日本語ペラペラになってるぞ? なんだよ、今さらじゃねえの」
「そうですよ。この高校の約六割が日本人、残りが各国からの多国籍ですが、今朝の時点で全員日本語が喋れていますよ。ついでにこれは学校公式ホームページの情報ですが、新東京都にある他の3校についても、同じ状況だと。注意書きとともに、正式に公示されています」
「いや、聞いていないぞ!?」
視線を落とすと、画面に【メモメモ、メモメモ……】なんて書いてるし。なんだろう、このそこはかとないポンコツ感。
マシキはさ、勝手にネットから情報収集とか、できるんじゃないのか?
【できますよ? でも、つまらないじゃないですか、せっかくカメラのファインダー越しに、七色の景色が見えるのです。そこから色々と想像して、分からなかったら調べる。そんなごく当たり前のAIに、私は、なる!】
「いや、普通逆だからな?」
そんな余計な会話をマシキと続けていたら、周りがやけに静かになっていた。
画面から顔を上げる。
やっぱりというか、4人が俺氏とマシキの会話をじっと見つめていた。まあ、特にもう隠すこともないので、理科室の固定机の真ん中――高梨先生から、一番遠い場所に携帯電話を置いた。
「白崎は、私のことが嫌いなのかね?」
「手が届いたら、高梨氏は持って行くよね?」
「もちろん。当たり前じゃないか」
【あ、全ての魔式端末はですね、既に端末と所有者が固定されていますから、一定距離離れると腰元に戻る仕様になっていますよ】
「……は?」
いやマジで?
「いやマシキさんよ、それどゆ事なんだってばよ」
【距離予測としては3メートルでしょうか、それこそスッと戻るはずですよ」
派手に椅子を倒して、駆けた。高梨先生が。いや落ち着け高梨氏。
理科教室の対角まで猛スピードで駆け抜けて、その窓枠に立てかけて、再び戻ってきて椅子に――なんで自分で椅子を弾き飛ばしておいて、自分の椅子は? みたいにビックリした顔しているんだよ、この駄目教師は。
苦笑いの黎鈴が、取りあえず自分の椅子を高梨先生の元に置いて、遠くに転がっている椅子を取りに――。
「え、もうありますよ。高梨先生のスマートフォン……」
「は? 何だと!?」
全員が遠くの窓を見る。
そこに。窓枠に立てかけてあったはずの携帯電話が、なくなっていた。
そしてその携帯電話は、全員の視線が戻る先、高梨先生の腰元にフヨフヨと浮かんでいた。何て言うか、もうファンタジー。
そして、再び走り去る高梨先生。吹き飛ぶ椅子に、全員苦笑い。
戻ってきた高梨先生は、今度は椅子の上に立った。ちょっと待て子供かよ?
視界の端に捉えていた携帯電話が、デジタルっぽいノイズエフェクトで揺れて、スッと消えた。
「なん……だと……?」
「滲むように現れますね。これは、まさに魔法?」
【魔式ですからね、科学と魔法のハイブリッド。時代を先取り、ちょっとだけ青い狸が見えた気がしますよね】
「いやマシキ、あれ一応ネコな」
再びさも当たり前かのように、高梨先生の腰元に現れたものの、気になるのはその向こうにあるミニスカートと太ももだったりする。男のサガよ。
視線を反らすと、ちゃんとアレクシスもだらしない顔をしていた。男か。
そうしてゆっくりと椅子から降りた高梨先生は、椅子にゆっくりと腰を下ろした。そのまま流れるように立て膝に顎を乗せる。ここで、ちゃんと口元を隠す仕草に、プロ意識を感じた。
「碇指令?」
「誰が碇だ、誰が。それに何か違って聞こえたが、司令だな? 指令なんて言っていないな?」
「懐かしいですわね。地球に居た頃に、ネットのアーカイブで見ましたわ。翻訳版では最初の数話しかありませんでしたけれど、印象的でしたわ」
「俺は英語に字幕付きで見てたな。あれ面白いんだぜ、てんでチグハグでどれが正解の言い回しか迷った。でもそれが楽しかったな」
【ちなみにですが、この方舟では人類保管計画が、現在進行形で進んでいますよ】
「マシキは、元ネタ補完な。まあ何が補完か俺氏は知らないんだが」
さて、そろそろ魔式。やりますか。
「魔式を、覚えたいんだが。マシキは手伝ってくれるのか?」
【いいですね、やりましょう。そうしましょう。ですが、ちょっとだけ待ってくださいね――】
そうして画面が光り出す。
そして画面からホログラムが――
【ああっ、失敗です。足から出ちゃいました】
引っかかって、止まった。
まあ、マシキらしいっちゃらしいんだが。全員の目が点。外れの理科室は静かなもので、遠くから鳥の囀り声だけが聞こえてくる。
どうすればいい、この空気。




