3.見なかったことに、嘘だろ!?
携帯電話の中の文字が、止まった。特に、続きがある感じはないが。
流れる汗がやけに冷たく感じる。
「篤紫氏は……何か操作しましたの……?」
「俺氏にもわからんのだが。何もしていないのは確かだな。少なくとも、うつ伏せでお互いの顔を見合わせていただけなのは、メルローズも知っているはずだが」
「確かにそうですわね。まだ手、握っていても大丈夫ですの?」
「それは、構わないぞ」
ゆっくりと、周りがざわめき始める。
「モッキー、当たり前だよ。だって、俺たちの魔式だろう?」
「みんなで考えて、よりいい世界。作ろうぜ」
「魔式も当たり前になれば、生活の道具よ。みんなで考えましょう」
一人が声を上げて、次々に熱が広がっていく。
嬉しそうな茂木先生が、グループディスカッションを指示して、何となく何時もの数人のまとまりに分かれていった。
アレクシスと黎鈴が、来るのが見えた。
「ちなみにですけれど、わたくしの魔式の画面はこんな感じですわ」
「UIは俺氏のと一緒に見えるが……」
2つ並べて、見えているメイン画面は同じ。
違いがあるとすれば、俺氏の画面にはUIに被せるように、マシキからのコメントが書かれていることか。
もう一度読み直す。
これが誰かのイタズラとかだったら、特に問題ないんだが。
その表示されていた挨拶文の文字が、スッと消えた。
ゾワッと背中に悪寒が走る。
【ユーザー、メルローズを確認しました。会話内容から、パートナーと確定しました。データの一部を共有します】
「……は?」
「ど、どういう……ことですの……?」
さらに続く。
【ようこそメルローズ。魔式運用などで用がある時は、そちらの携帯端末でお呼びください。普段はこちらにいますので、魔式以外の通常の処理などは、別のスタンダードAIを導入の上ご利用ください】
そして、少しだけ画面に浮かんでいたその文字は。スッと消えた。
「どうしたよ、篤紫もメルローズも呆然として」
「何だか……ちょっと、どうしたのよ!? メルローズは泣いてるの? 何があったんですか!?」
ぎゅっと黎鈴がメルローズの頭を抱き寄せた。
ざわめき立つ教室の中にあって、最後列窓際の俺氏の机だけは、静かで。何となく落ち着かない空気が流れていた。
「いやアレクシス氏、AIがな。起動して、文字を流してきたんだが」
「……は? それだけ?」
「いやそれだけって、勝手に挨拶してきたんだぞ?」
「まあ、普通? だってほら、見てみろよ。俺のとこだってAI連携すれば、普通に魔式の画面でポップ出てるぞ、ほら」
視線を移すと、確かにアレクシスの魔式画面に、同じ様な感じでポップアップが出ていた。
今日は、何をしますか?
うん、普通だな。普通すぎて涙ちょちょ切れそう。
「ちなみに俺は、ThreadNLPにした。けっこう、融通効くAIなんだよな」
「私はFeminineですね。大手検索サイトFoogleなら、反応が柔らかいですから」
「……それでしたら、わたくしが設定したのは、ThreadNLPですわ。篤紫氏のはマシキなのでしょう?」
「何だよ篤紫、どこからそんなAI拾ってきたんだよ。魔式と名前が被るAIなんて、さすがお前らしいと言うか。なんだよ、くっそ笑える」
アレクシスが腹を抱えて笑い出した。
いや、うん。まあいいか。AIが標準連携なら、まあマシキってのも普通なのか?
……普通で、いいか。
【そうですね。普通が一番だと思いますよ】
思考が止まる。呆然と自分の携帯電話の画面を見つめる。
息も止めていたみたいで、しばらくして息が苦しいことに気がついて、慌てて呼吸をした。当然息が荒くなる。
「だ、大丈夫ですの? どうしましたの!?」
「おいおい、一人で何やってんだよ」
「いや大丈夫だが。俺氏はなんともない――」
電源ボタンを連打する。
無理矢理浮かべた笑顔が、たぶん引きつっていると思う。
画面の文字が切り替わった。
【何をしているんですかね、マスターはアホなのですか? 落ち着いて、一回押せば画面は消えますよ?】
そっと、画面を机に伏せた。
何なんだ。何なんだよこの、AIは!?
「篤紫さん? ちょっと様子が変ですよ」
「もしかして、AIのマシキから、何かメッセージが入ったのですの?」
「いやだから、それは普通じゃね? ほら、俺のだってメール受信すればこんな感じに教えてくれるし――」
アレクシスが適当に質問を投げかけて、それに反応してThreadNLPが流暢に返事を表示し始めた。それを、俺氏に見えるように机に置いてくれる。
まるで話しかけてくれる様に、流れていく日本語の文字が、あまりに自然で。先程まで感じていた違和感がゆっくりと解けていく。
見上げたアレクシスの顔は、本当に不思議そうで、それでいて本気で心配してくれているのが分かった。俺氏が、取り乱しすぎなのか?
黎鈴、そしてメルローズと視線を動かして、改めて机に伏せていた自分の携帯電話を、みんなに見えるようにひっくり返した。
【落ち着きましたか。ところで、母君からのメールが一件、入っていますが。気が利く私は開かずに待っていますよ】
「くそが、こんなAIあってたまるか!?」
「ふはははは、おもしれぇな篤紫のAI。そういう性格設定の、細かい指定もあるし、そんなもんじゃね?」
「私も特に、違和感はないですが……」
「……」
神妙な顔をしているのがメルローズだけで、アレクシスも黎鈴も、特に違和感を感じていないようで――。
「それより篤紫のマミー、何だってよ?」
「ああ、ちょっと待て。なになに『夕飯はカレーです。お肉だけキボンヌ。買ってきてね』だと……?」
「ふふふ、いいですね。そんな言葉なんて、昔のネット時代。それもアングラ界隈のやりとりだって、7ちゃんねるで話題になったことありますよ」
「いや7ちゃんねるって、何だよ黎鈴?」
「2ちゃんねる、5ちゃんねると来て、現行は7ちゃんねるなんですよ?」
「知らねーけど、いいなそれ。俺にも教えてくれよ」
「いいですよ、と言っても検索かければ――」
ふと、視線を落とす。
【ああ、7ちゃんねる。素晴らしいですね、篤紫には専用アプリ入手を禿げしくキボンヌ。いいですね、使ってみましょう】
そっと、画面を伏せた。
「そ、それよりですわ。授業に戻りますわよ。グループディスカッションですから、みんなで現状確認と、それからプリントと照らし合わせて、使い方などをみんなでお話ししますわよ」
「あ、ああ。俺氏もそれがいいと思う。使ったことがないから、教えて貰ってだが」
取りあえずこの授業は無難に切り抜けないとな。メルローズを見ると、しっかりと頷いてくれた。何だか、以心伝心なんだが。
窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえる。
朝の日差しはあくまでも暖かくて、これが人工太陽由来だなんてとても思えなくて。
【メルローズさんの携帯に、ちょっと失礼しますね。マスターに、画面戻すように言って貰えます? さすがに、リアカメラだとまだ視界調整に難航しているのですよ】
慌ててメルローズが、画面を伏せる。
有り難かったのが、アレクシスと黎鈴がまだ、7ちゃんねるで盛り上がっていて。
「ちょっと俺氏、喉渇いたから水飲み場。行ってくるが」
「わわ、わたくしも篤紫氏とご一緒いたしますわ」
「おう。行ってこい、授業まだ長いからな」
「それでですね、ここはこうコメントを落とすのです――」
視線を向けた茂木先生も、聞こえていたのか手をひらひらと振ってくれたことか。
かくして俺氏とメルローズは、二人して教室を出た。
それぞれの手に、携帯電話を持って。




