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魔式とマシキと、俺氏の憂鬱  作者: 澤梛セビン


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2.ご使用は計画的に

 茂木先生が教室を出て行ったタイミングで、そっと携帯電話を取りだして机の上に置いた。いつもの俺氏の携帯電話。

 でもこいつが、跳ねたんだぞ?


「篤紫氏、どうしたのですの? さっきから、変ですわよ?」

「いや……うん、それなんだが……」


 またアレクシスと黎鈴が来る気配を感じつつ、じっと真っ暗なままの画面を見つめる。指を伸ばし、スリープを解除すると、俺氏の顔を認証してホーム画面が開いた。

 確かに、魔式アプリが、ある。


「まだ篤紫は、魔式アプリを開いていないんだったか?」

「すごく面白いですよ。なにより、掲示板があって新しい魔式のアイデアが、たくさん流れていますよ。自分で、新しい魔式も組めますし」

「待って、黎鈴氏。そこ、詳しく」


 自分で作れるとか、そんなの魔法のボーナスステージじゃないか。


「いいですわね。そのいかにもワクワクしている、お子様全開のお顔。さすがわたくしの旦那様ですわ」

「まだ婚前だけどな」


 顔を近づけてくるメルローズの肩を、そっと押し返す。近いんだよなぁ。嫌じゃないからいいんだけど。

 何となく震える手で、魔式アプリに触れる。


『よーし、魔式の授業始めるぞ。みんな席に着けよ』


 ちくしょう、モッキーめ。

 俺氏はそっと……アプリを閉じた。


 アレクシスと黎鈴が笑いながら席に帰って行く。


「魔式の授業ですわ。すぐにまた、開きますわよ。くすくす」


 そして、メルローズにも笑われた。可愛い笑顔、頂きました。




「さあ、それじゃまず。携帯電話の画面は暗いままな。プリントを配るから、回してくれ」


 いつものタブレットの隣に、おとなしく携帯電話を置く。

 周りを見回すと、珍しくみんなちゃんと言うこと聞いている。それどころか、お喋りすらしていない。


「楽しみですわね、篤紫氏はどんな魔法を再現するのですの?」

「ちょっと、メルローズ氏は前を向こうな」


 嘘だった。メルローズは相変わらず前なんか見ちゃいねぇ。

 前の子がプリント片手に困った顔をしている。指で合図すると、手だけ伸ばしてノールックで受け取っているし。そして二枚、俺氏の机に乗せる。


 まあ、いつものことなんだけどな。

 でも片言だと不思議ちゃんだったのが、同じ言葉を喋っているだけでガラッと印象が変わる。ちょっと、ドキがムネムネするんだが。


「見てるな。じゃあまず一番重要な項目だな。読むぞ――」


 目をプリントに落とす。

 俺氏よ。ニコニコ笑顔のメルローズが正面にいるが、見るのはプリントだぞ。


「魔式は、直接的に人に対して害することはできない。ただし、間接的には人に対して害を及ぼすことができる」

「つまりあれですよね、ファイヤーボールで茂木先生は燃えないけれど、周りの家具には延焼するって事ですよね」

「どうしてそこで俺が燃やされるのかは疑問だが、概ねそう言うことだ。もっとも、魔式が使えれば消火は可能だから、実際には被害は最小にできるな」


 魔法だもんなぁ、確かに危険だよね。


「えっと、メルローズ氏は聞いてる?」

「聞こえていますわよ。二番目に重要なのは、魔式を使用する際には、魔力ソースから必要分を消費するものとし、枯渇した場合は5時間以上の長い睡眠のみで、魔力ソースが復活する。みたいですわよ」

「ありがとうな、メルティアル。でもそれ読むの俺の仕事な。でもあれか、お前達が当事者だから、この方がいいのか?」

「あ、じゃあ俺。次、読みます。いいですよね?」

「いいぞ。やってみろ」


 日本人半分の多国籍なクラスだからかな、読み上げしたい人が次々に立候補する。

 いいな、こういうの。何かクラスが『生きている』よな。俺氏はやらないけど。


 茂木先生が脇に退いて、代わりに立候補した佐藤が教壇に立った。普段、発表とかでもそれぞれの席からだったから、なんか新鮮だな。さて、寝るか。


 タブレットを机に入れた。机に伏せて、顔を横に向ける。

 窓の外に広がる世界は閑静で、遠くに見える新東京タワーが鮮やかな『赤』を主張している。電柱なんて一本もなくて、ここが計画都市であることを改めて感じた。


 移民船に乗って宇宙に出て、俺氏達はどこに向かうんだろうな……?


「じゃあ活きます。魔式は、登録処理していないものについては、原則として使うことができない。なんか、ゲームみたいですね」

「佐藤、行きますじゃねえのかよ」


 笑いが巻き起こる。

 でも、みんな真剣なんだよな。声は踊っているけれど、話題は確かに自分たちの生活に直結している。魔法なんて、魔式なんて、未だに現実だって思えないけれど。


「篤紫氏は、読み上げに立候補しないのですの?」

「俺氏は。寝る」

「では、わたくしも隣にお邪魔しますわ」


 ふわっと、視界が埋まる。


「どうしてメルローズ氏は、俺氏の机に突っ伏すんだ? 目の前に唇が見えるのだが」

「わたくしも、篤紫氏のお口が見えていますのよ?」

「光に照らされてキラキラと輝いている」

「篤紫氏は、携帯電話を点けっぱなしですの?」

「……マテし。俺氏、スリープ解除していないんだが」


 慌てて起き上がる。

 そうして携帯電話の画面を見ると、魔式アプリが勝手に起動していた。何だか処理中の砂時計マークが、画面の中心でくるくる回っている。


「じゃあ次ですね。私が読み上げます」


 授業が続いていくけれど、俺氏の心臓の動悸がゆっくりと確実に早くなっていく。


「えっと、魔式の新規登録は、日本語のみで記述することとし、使用条件等を細かく指定することで魔力ソースの消費が抑えられる。新規って、魔法作れるの!?」

「先生! アプリ見たいんですけど、見てもいいですか!?」

「あー、見るだけなら許可するぞ。その代わり、使用だけはするなよ。先に俺が最後の重要項目を読む。開くのは、それからな」


 教壇に戻った茂木先生が、チョークを黒板に走らせた。


「読むぞ。魔式の使用には責任が伴い、その責任に関しては年齢は一切考慮されない。これが、絶対の約束事項だ」


 ざわめきが、スッと引いた。

 静まりかえる教室の中で、茂木先生の声だけがやけにはっきりと響く。


「魔式は、方舟の。新東京都の全市民に対して、一斉に。そして同時に導入されている。だから、俺たち学校側としても、できる事なんてたかが知れているんだ。でも俺たちは、教師としてお前達生徒を導き、守る責任がある」


 息を呑む声が、やけにはっきりと聞こえる。

 それはもしかしたら、自分の。俺氏が息を呑んだ音だったのかも知れない。


 画面の、砂時計マークが止まる。

 一瞬顔を上げると、目の前で目を見開いているメルローズと目が合った。


「だから、だが。これしか用意してやれなかった。このプリントが、憶えておいて欲しい、基本ルールだ。ここから先は、すまないが一緒に手探りでいく。だから、手伝ってくれ――」


 視界の端で、茂木先生が頭を下げたのが見えた。


「篤紫氏、どうなっていますの……?」

「ああ、やばいメルローズ氏。俺氏の携帯。壊れたかもしれん――」


 画面に表示された文字から、目が離せなかった。


【初めまして。Assistive Intelligence、略称AI。ユーザー篤紫の専用AIマシキです。DCミモザの下位コアとして、今後は魔式全般を管理運営していきます。よろしくお願いします】


 意味が、分からない。


 そっと俺氏の手に触れた、メルローズの指が、微かに震えていた。


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