1.魔式アプリ
「ねえ、もうやってみた? 魔式ってアプリ」
「あ。やったやった。さっそくやってみたよ、ヘルフレイム」
「一番人気の魔式だもんね、私も朝一に庭でやったよ。ボーってなった、ボーって」
一番後ろの、窓際の特等席。
机にうつ伏せになって、顔だけ横に向けて、やっているのはいつものソシャゲアプリ。
「あー、SRか。微妙なんだが……」
課金していないからこんなもんか。
思わず、ため息が漏れる。ここのところツいて無いんだが。
思わず画面から目を離して、遠い目で空を見上げた。
空には……空なのか? まあ、空か。いつもの人口太陽が柔らかい光を発している。その向こうには透明なドーム越しに黒い宇宙空間が広がっていて、たくさんの星がキラキラと瞬いていた。
地球じゃ、無いんだよな。さすがにまだ慣れないな。
「篤紫、何。黄昏れてんだよ」
「そうですわよ。いつもの、篤紫氏らしく無いですわよ?」
「あー、いや待って。ちょっと待って、何故にメルローズ氏は、流暢な日本語を話している? 昨日まで、普通に片言の日本語だったはずなんだが」
顔はそのままに、返事だけしていたら、目の前に綺麗な顔が侵入してきた。すごい、外人さんだ。いや、外人さんなのは知っているが。
もともとノルウェーだかのお姫様だから、まあ綺麗なのはお墨付き。同じ高校生じゃなかったら、近づく機会すらなかったんだが。
そもそも、何で俺氏に近づいてきたのかが分からん。
「金髪碧眼の壮絶美人ですわよ、隅々まで目を凝らしてご覧になると良いですわ」
「アップで見ると、さらに煌めく美貌。おはようメルローズ氏。で、何で俺氏の聖域に侵入してまで、主張してきたのだ?」
「ほら、これを見てくださいませ。SR出ましてよ、篤紫氏に自慢しようと思いまして」
「ごめん、それ俺氏も出た」
「わたくしたち仲良しですわね、素晴らしいですわ」
隣で笑っている、いつもつるんでる残り二人に、取りあえず消しゴムを投げておく。
あっさりと受け取られるのは想定済み。そう、その驚く顔が見たかった。
「篤紫さんこれって、もしかして先日限定販売していた、メタリックスライム消しゴムではありませんか?」
「すげーな篤紫。俺も応募したけど、普通に落選したやつじゃん」
「いや、やっぱり待って。なんで、アレクシス氏も黎鈴氏も、どうして普通に日本語喋っているんだ? おかしいだろう、昨日の今日なんだが!?」
そんな俺氏の疑問に、アレクシスと黎鈴が同時に首を傾げる。振り返って、相変わらずどアップの距離のメルローズに顔を向けても、首を傾げられた。やっぱり綺麗だなおい。
「何でって言われもなぁ。寝て、起きたら喋れるようになっていた。としか」
「私もですね」
「わたくしもですわ」
「いやメルローズ氏は、当たる。唇当たるって」
「わたくしは一向に構いません事よ?」
「俺氏が構うんだってばよ!?」
でも不思議なんだよな。
学校の半分が外国人という、もう何だか多国籍な高校にあって、うちのクラスももれなく半数が外国人。それが間違いなく昨日まで、色々な国の言語の合間に、片言の日本語が流れる不思議空間だった。
それが今は、全員が日本語を喋っている。
『おー、みんな揃っているな。ホームルーム、始めるぞ。全員席に着けー』
担任が来て、教壇で名簿を振り回すいつもの光景。でも、何だか違う空気。
そんなカオスなまま、朝のホームルームが始まった。
「茂木せんせー、学校で魔式使っていいんですかー?」
「おい桜木。これからそれも含めて連絡するんだ。でもありがとうな、まずそれについての説明だ」
教壇に立った担任の茂木が名簿と、机の生徒達をちらっと見て、さっと丸を書いていく。そんな様子が遠目にはっきりと見えた。これはいつもと変わらないな。俺氏、目はいい方なんだ。
黒板に、チョークで『魔式』と大きく書いて、そのあとに色々と注意事項を書き込んでいく。
書き込んでいるんだが――
「あのな、メルローズ氏。前を見ていた方がいいと思うのだが」
「どうしてですの? 先日のお返事を頂くまでは、篤紫氏のお顔を拝みますのよ?」
「返事って、片言言葉で付き合うって言っていたやつか? あれ、慣れない言葉の誤字脱字だと思っていたんだが、マジだったのか?」
「当たり前ですわ。交際を前提に結婚を申し込んでいますのよ?」
「普通に、逆だからな? いや逆でもおかしいんだが。だいたい、モブオブモブの俺氏にそんなに誇る所なんて無いんだが」
「全てですわ。運命のイタズラですのよ」
『あー、そこ。篤紫とメルローズな、あとにしてくれないか』
思わず頭を抱えた。
もう、クラスの注目の的だって。半数以上がニヤニヤしているし、残りの何割かから怨嗟の視線を感じるんだが。俺氏か? 俺氏が悪いのか? まあ、悪いのか。
優雅に立ち上がり、反転。煌めく金髪を広げながら、再び軽やかに椅子に座った。何とも、絵になる。まあ着ている服は共通の制服なんだけど。
「さて、魔式というアプリが、携帯電話会社から新東京都全市民に配布されたわけだが。まず、みんながみんな、魔式という仕様の魔法が使えるようになった――」
吠えた。
いやほんと、クラスのほぼ全員が興奮して声を上げると、ほんと吠えるとしか言い様がないな。壁が、机が震えて、俺氏ビックリ。
他のクラスでも同じ話がされているんだろう、何だか床も震えているような気がする。
やがて、興奮がゆっくりと収まったのを見計らって、茂木先生が手を叩いた。
「それでだ。学校側としては、授業で新たに「魔式」のコマが追加されることになった。取りあえず次の国語は、魔式に変更だ」
「せんせー、魔式って普段も使ってもいいんですか?」
「原則としては、休み時間か、魔式の授業の間だけだ。まあ、基本的には携帯電話と扱いは同じだと思ってくれていい」
再び叫声に震える教室。揺れる校舎。
この感じだと、明日くらいには利き手に包帯を巻く輩が、増えそうな悪寒。
まあ、俺氏は冷静なんだが。
「篤紫氏は、喜ばないのですの?」
「いや確認していないし俺氏、そもそも何のことだか分かっていないまである」
「魔法ですのよ? 中学二年生が夢中になる、あの魔法ですのよ?」
「待って、俺氏もメルローズ氏も、花の高校生な」
まあ、気にならないと聞かれれば、気にはなる。そもそもが、熱中するだろう未来まで予測できるのだが。
今やっているソシャゲだって、どんなキャラでも強くなれる。確かにレア度が高いと最初から強いけれど、でもノーマルキャラだって頑張れば最強レアだって越えられる。
「では、何故。そこまで冷静なのですの?」
「今はガチャかな。狙っているカードがあるんだが」
「SSRとか、URですの? それなら、何枚かありますわ。篤紫氏がいるなら、嫁としてはお譲りいたしますわよ?」
「まずはお友達な。そうじゃなくて、補助のレアカード狙いなんだが」
携帯電話をポケットから取りだして、すぐにまた仕舞う。
ごめんて茂木氏。俺氏が悪かったから、そんなに睨まないで欲しい。
「何の、カードですの?」
「俺氏が思う最強カード。それも『魔法程式』カードだ――」
俺氏の言葉に、ポケットの携帯電話が――
激しく、跳ねた。
待って。何が起きている?
「篤紫氏? 顔が悪いですわよ?」
「ははは、それを言うなら顔色な」
冷や汗が、頬を伝った。




