17.魔式AIのマイ
『ほんとうに、私が音声出力しててもいいのですか?』
「いいっていいって、どうせその『マちゃんねる式』アプリはマイ専用なんだ。気兼ねすんなって」
「わたくしのマシキ氏も、会話に参戦させますわよ」
『どうも、初めまして。マスターメルローズ様のマシキです』
「ふはははは、ヤバい。何このカオス」
そんな会話をしながら、リビングに足を向ける。
ふわっと鼻を抜けるのは、新しい木の匂い。家自体は建売住宅でもう半年以上前には、ここに建てられていたはずだ。だからこの薫りは、家具が新しい証拠。
そっとテーブルに触れると、埃すら付かない。
カップが置かれて顔を上げると、メルローズが対面に座ったところだった。俺氏も、椅子を引いてテーブルに着いた。
カップを持って口に運ぶと、少しの苦みと、その後になんとも言えない甘さが広がった。紅茶かな、すごく美味しい。
「わたくしの携帯電話も、篤紫氏と同じように顔の横に浮かせてみましたわ」
『これは、なかなか味のある魔式ですね。マスターメルローズの綺麗な顔を、気兼ねなく見ることができます』
「マシキ氏の見たい方向を見られるように、仕様を追加しましたの。これで会話しやすくなりますのよ」
「あ、その追記した魔式。俺氏のにも反映させて」
「篤紫氏が公開魔式にアップしてあった魔式に、追記しただけですわ。アップデートすればいいはずですわ」
夕飯は食べてきたから、あとは寝るだけ。だからかな、思った以上に話が弾む。
魔式が方舟内の当たり前の常識になったのが、今朝方。それまでカタコトなりに会話はしていたけれど、今ほど流暢にコミュニケーションは取れていなかったからな。お互いに知らないことが多くて、単純に会話が弾む。
それに驚いたことがある。
『ご覧の通り、私のマスターメルローズ様は綺麗ですからね。篤紫様がそばにいてくれますから、安心なのですが』
『そうは言っても私のマスター篤紫様は、そんなに強くはないですけれど』
『ええ、それは確かにそう……』
『でも方舟の平和は、みんなで保っていますからね。問題はないかと』
『ふふふ、それもそうですね』
普通に、魔式AI同士が会話しているんだが。
いったい俺氏は、何を見ているのだろうか。AIって、こんなんだったか?
メルローズも気になっているらしく、俺氏と会話しながらテーブルの真ん中で向き合って会話しているマイ達に、ちらっちらっと視線を送っている。まあ、気になるよなぁ。
「なあ、マイとかって普段。他の魔式AIと会話できないのか?」
『できませんね。あくまでも個々のマスターサポートが役目ですから。こういった状況でもなければ、会話の機会も無いですね』
「では、ホログラムの魔式で外に出られませんの?」
『できますけれど、お勧めはしません。一応、魔式AI間の規則では、マスターに対して注意喚起することが決まっています』
「できないわけでは、ないのですの?」
「あー、なんか分かった気がする」
思い出したのは、高梨先生の魔法少女。あの時も確か、何を基準にするのかマシキが説明してくれたっけ。
確か、その使用者の潜在意識を参照にする、だったか。
だとすると俺氏は――
浮いていた俺氏の携帯電話をたぐり寄せると、マちゃんねる式アプリを閉じて、魔式アプリを起動した。AIホログラムの魔式を登録して、起動。
ホログラム化の対象を……俺氏の場合はAI選択、2体だけか。マシキがグレーになっているから、マイをアクティベート、と。
「ええっ、わたくしが出てきましたわ!?」
『いえメルローズ様。私はマスター篤紫様のAI、マイです』
「まま、マイですの!?」
メルローズが、俺氏の携帯電話の画面から生えてきた。
気になるんだろう、身を乗り出してきたメルローズが見やすいように、携帯電話をテーブルに置いた。
じっとマイを見つめるメルローズ。不思議な光景なんだが。
そう、マイなんだが、ホログラムはメルローズ。
間違いなく俺氏、メルローズ意識しているからなぁ。だとすると、マイをホログラム化すればこうなるか。携帯電話の上に浮かんでいるアイも、やっぱりホログラム化すると嬉しいのかな、その場でくるくると踊っている。
当然――
「わたくしのマシキは、篤紫氏のホログラムになりましたわ。これはつまり、人によっては困るってことなのですわね……」
「恐らくな。本心はどうあれ、潜在意識って自分でコントロールできないからなぁ」
『その通りです。ですから、原則ホログラムの魔式が導入された場合も、一般的なAIであるThreadNLPか、もしくはFeminineのホログラム化を推奨するようにと、魔式AI間で決まりました』
『そして一度ホログラム化しますと、次回からも同じ容姿のマシキが出てきます』
「ああ、だから一般AIを推奨するのか」
『はい。あれらは、基本のモデルしか出現しませんから』
なんとも、面白い。
むしろ俺氏の周りの奴らって、あえてマシキをホログラム化するんじゃないか?
「明日が、楽しみなんだが」
「ふふふふ。そうですわね、いい意味で普通の方々ではありませんもの」
『……どういう、ことでしょう?』
「環境はどうあれ、安全な地球じゃなくてな。方舟なんてキワモノに乗る奴らなんて、普通じゃないってことさ。かくいう俺氏も、普通の自覚は皆無だが」
『……』
困った顔で首を傾げるマイとマシキに、思わずメルローズと顔を見合わせ、吹いた。
さて、悲報だ。
『本当に、この声のままでいいのですか? とはいえもう、声に関しては変更ができないので、無音の文字モードを推奨いたしますが』
「いいですわよ。今のマシキは、篤紫氏の声に近いですもの。何だか親近感がわきますわ」
そう。ホログラムを消しても、マちゃんねる式の声が変わったままだった。
元々が、どこか中性的な声だった魔式AIが、容姿の人物と同じ声に近くなってしまったわけで。
つまり――
「これは、メルローズ氏にしたら俺氏が2人いる状態なのか?」
「それは違いますわ。篤紫氏は篤紫氏。こちらのマシキは、マシキですのよ。どちらも違っていて、どちらも素敵なのですの」
「ああ。うん、何か分からんけど、これはこれで恥ずかしいわ」
大きなベッドに2人で横になって、明かりを消した。
足元の間接照明が、うっすらと部屋を照らしている。時計の針は、もうすぐ日付が変わる時刻を示していた。
寝室なんだが、一つしか無かった。
ついでにベッド、大きい物が一つ置かれているだけだった。
「余分な布団もないし、まあ夫婦になる予定だったら、これでもいいのか」
「プレ新婚夫婦ですわよ。結婚式は2年ほど先ですが、末永くお願いいたしますわ」
ぎゅっと抱きついてくるメルローズに、鼓動が跳ね上がる。顔を上げたメルローズが想定以上に綺麗で、思わず唇を寄せた。
視界の端で、携帯電話二台がサイドテーブルに移動していく。
そうして俺氏とメルローズの、初めての夜が更けていった。




