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魔式とマシキと、俺氏の憂鬱  作者: 澤梛セビン


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16/18

16.多肉祭カレー

 寸胴鍋の中で具材が、ぐつぐつと音を立てて煮えている。

 キッチンに立つ2人の背中が、思っていた倍くらい自然で、あの寸胴鍋は何だ? とか、大量に作ったカレーを一体どうするんだ? とか、そんな雑念がどうでもよくなってくる。


「最初はROM専だったんだけど、やっぱり女たる物、参加しないとって。一念発起したのよ」

「それで色々と知っているのですのね」

「ふふふ。篤紫にも、色々と伝授したのよ? あの子、自分のこと『俺氏』って言うでしょ? 枕元で念じ続けたら、ちゃんと使うようになったのよ。私の勝利」

「わたくしも、篤紫氏って呼びますのよ?」

「いいわね、とってもいいわね。私もメルローズ氏って呼ぶわね」


 いやいや。待って、何話してんだあの母は!?


 止めようとして、手を伸ばしかけて、やめた。

 何だか2人が楽しそうで、そこに水を差すのも何だか悪い気がして。


「それで、新居にはいつから住むの? メルティアルさんから連絡が来て、すぐに篤彦さんが家具を作ってたのよ。たぶん、もう全部の家具が設置済みよ?」

「いや待って、何してんだようちの両親!?」

「そりゃ何って、新居ができたら家具は必要だろう。ただいま香帆里、今日はカレーか」

「あら。お帰りなさい、篤彦さん。ご飯にします、それとも。わ、た、し?」

「両方いただこうか。なに、夜は長い」

「だから、何なのうちの両親!?」

「うふふふ、いいですわね。とってもいいですわ」


 カートに乗せられて、寸胴鍋にいっぱいのカレーが運ばれてきた。香辛料の香りが、鼻を通り抜けていく。

 身を乗り出して覗くと、明らかに野菜よりも肉の方が多い。


 母がご飯を盛りだした。

 それにしても、この寸胴鍋。いつまでもグツグツと煮えているんだが、何か細工があるのか?


「なあ、母氏。これ、何かした?」

「気づいたわね、さすが篤紫ちゃん。聞いて驚くといいわ、これは――」

「いいわ。とりあえず、食べる」


 お腹を抱えて笑っているメルローズのカレー皿に、何となく多めにカレーをかける。そして、自分の分もかけたところで、カートを父の方に移動させた。

 そこでは大きなボウルを持った父が、目を爛々と輝かせて待っていた。いつも父は、カレーの時だけ木製の、特製大型ボウル型カレー皿なんだよな。寸胴鍋用のお玉で、一杯、二杯……今日は少なめの、三杯半か。


 明らかにご飯よりも、カレーの方が多い。

 隣に目を向けると、メルローズが目を大きく見開いている。そうだよな、ビックリするよな。


「さあ、全員にカレーが配られたな? それでは、いただきますだ」


 いつもは言わない号令で、食事開始と。

 隣で、未だに固まっているメルローズの頭を、そっと撫でる。


「父氏曰く、カレーは飲み物なんだってさ。うちの母氏が作るカレーはさ、塩分を極限まで減らして、香辛料でしっかりと味付けした、本格仕様なんだ」

「お肉は炒めて、しっかりと熱を通してから、カレーの海に投入しておりましたわ。市販のカレールーではないですの?」

「市販の物も入れているわよ。でも篤彦さんがカレー好きだから、ここは手を抜けないのよ」


 メルローズの正面に座っている母が、幸せそうに目を細めて父を見る。

 たださすがに、足りなかったらしい父。追加のカレーを盛る前に、ちらっとメルローズを見たの、俺氏見えたぞ。

 まあ、メルローズは母との会話に夢中で、気づかなかったからセーフ。


「それで篤紫ちゃん、さっきの話の続きよ。『魔式』って言う胸熱技術が、私たちの生活にひっそりと侵入してきたわよね?」

「そこは、普通に魔式が生活の一部になった、とかでよくね?」

「うふふふ、母氏らしいですわ。ふふふ」

「そしてこれ。名付けて、保温熊ちゃんMkⅡよ」


 母が手に持っているのは、シール帳に貼る立体シール。絵柄は、熊……?

 視線を寸胴鍋に向けると確かに、横面に貼り付けてある。熊が。でも熊のシール貼り付けて、なんで保温になるんだ?


「そういうことですのね。魔式名『保温熊ちゃんMkⅡ』、公開魔式リストにありましたわ。効果は、シールに書かれた時間だけ、貼り付けた対象を保温する。そういう、使い方もあるのですの?」

「ああ、付与系ってこと?」

「正解よ。この世に魔式がある限り、私。付与術士香帆里は永遠に不滅よ」


 お玉を振り上げる母に、そのお玉の下にボウルを滑り込ませる父。垂れ落ちたカレーが、ボウルに落ちる光景がシュール過ぎなんだが。

 窓から差し込んでいた夕日が、いつの間にか色を失い藍色に変わっていく。


 しかし、なるほどな。

 魔式って使う人によって、色々と姿を変えるのか。


「ちなみにだが、母氏。何文字ぐらい説明文で書いたんだ?」

「ふふふ、聞いて驚くがいいわ――」


 パタパタとキッチンまで駆けていく母。

 もう気にするのをやめた父が、寸胴鍋からカレーをすくっている。


 そんな、我が家の日常を眺めながら、俺氏とメルローズはゆっくりとスプーンを運ぶ。口の中でお肉がとろける。遅れて広がる香辛料は、どこか和風に寄せられていて、ああカレーは日本の文化か、なんて意味不明な感想が脳裏をよぎった。


「美味しいですわね」

「ああ、美味い」


 ちなみに母。しばらく経ってから携帯電話が無いと涙目で戻ってきた。

 携帯電話なら、さっきから腰元に浮いているんだが。気づかなかったんだろうか?




「ではな、しっかりと寝るんだぞ」

「明日の朝。朝飯を作って待っているわね」


 手を振る両親に手を振りながら、二件隣の新居に――。


「なあ、本当に2人で暮らすのか? 俺氏は、一向にかまわないんだが、いいのかメルローズ氏?」

「どんとコイですわよ。女は愛嬌、男は度胸なのですのよ?」

「それ、意味違くね!?」


 二件隣だからあっという間に着く。

 そうして玄関先でちょっとたたらを踏んでいる隙に、メルローズが扉の鍵を開けてこっちに振り返った。

 夕闇の微かな光を受けて、プラチナブロンドの綺麗な髪が、フワッと広がった。


 改めて、現実離れした美貌に見とれていると、首を傾げたメルローズがそっと手を差しのばす。


「ほら、篤紫氏。中に入りますわよ?」

「うん俺氏、マジ見とれていた」

「ふふふ。美女なんて、三日で慣れますわよ?」

「絶対に、そんな勿体ないことしないと誓う」


 メルローズの手を取って、玄関に入って。

 ふと思い出した。普通に帰ってきたけれど、忘れていたぞ――


「そういえば、マシキはどうしてんだ?」

「……あ、学校に置いてきたままですわね。どうしましょう」

「うーん――」


 後ろ手で玄関扉を閉めつつ、腰元の携帯電話を掴む。そうして二人して、玄関に座り込んだ。


「マイに聞いてみようか」

「ああ、そうですわね。確かに、分かるかも知れませんわ」


 そうして画面の中の、マちゃんねる式アプリをタップ。


『!』


 アプリが開くと、画面に文字一つ。

 しばらく見ていたら、一気に文字が躍り出した。


『ももも、申し訳ありません。ちょ、ちょっとぼっーとしていまして、まさかこんなに早くアプリが開かれるなんて――』


 ものすごい早さで、文字が流れていく。

 何だか新鮮で、2人でしばらく読んでいたら、反応がないことに気づいたんだろう。だんだんとゆっくりになっていって、止まった。


『えっと、私。何かやっちゃいました?』

「すごくいいですのよ、やっぱりマイはマイでしたわ」

『ふぇ!?』


 何とも、反応が面白い。

 まあ、先に本題か。


「なあ、マイ。マシキ知らないか?」

『マシキパイセンですか? それでしたら、今日は学校でお泊まり会だって、言っていましたよ』


 ……マジすか。


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