15.夕焼けに染まる街
「今日は、どこに向かいますの?」
「帰りにな、肉を買ってきて欲しいって頼まれているんだが」
昇降口を抜けて、メルローズと並んで歩く。
少し茜色に染まる校庭では、野球班が片付けを始めていた。バックネットに揺れる、手書きの文字がいつの間にか印刷に変わっていた。
書かれているのは相変わらず、班活中は魔式の使用禁止だった。『!』が無くなったのは、慌てて印刷したからかな?
見上げた天井ドームには、相変わらず人工太陽があって、光だけでなく暖かさまで俺氏の元まで届いている。本当に、人工物なのか。
魔式が一般的になって、魔法が使えるようになると、あの人工太陽すら魔法の産物に思えてくる。
まさかアレも、魔法的なナニカなのか?
「ところで篤紫氏。今日から一緒、2人屋根の下に暮らすことになりましたわ。よろしくお願いいたしますのよ」
「駄目だが!?」
校門を出たところで、立ち止まる。
T字に延びる道路の先に見えている新東京タワーが、その赤い色をさらに色濃くしている。道路を走る自動車は、その全てがエリクシルを利用した電気自動車で、その中の一台が音もなく俺氏達の前に停まった。
運転席から降り立ったのは、執事然としたイケオジ。そのイケオジが後部座席を開けると、中から、イケメン夫婦がゆっくりと姿を現した。あー、いつかの式典で見たことあるぞ。
「やあ、メルローズ。噂の婿殿はそちらの御仁かね?」
「父氏に母氏。紹介いたしますわ、白崎篤紫。交際を前提に、結婚することになっておりますの」
「あらあら、ちゃんとお話ができたのね。それなら心配要らないわね、はい。これが新居の鍵よ、住所はあとでLaneに入れておくわね」
「白崎というと、あの白崎工務店のことだね。それなら、先日顔を見ている。私の方から挨拶をしておこう。これから2人で、街中に向かうのかい?」
「はい。初デートですわ、今から楽しみですの」
ふと、我に返る。
そうじゃない、ちゃんと挨拶せねば。
「初めまして、白崎篤紫と申します。俺氏としましては、お友達の次辺りから、ゆっくりと育みたいとは思っていまして……」
「ははは、我が王室に於いてお友達はないかな。メルローズが見初めたならば、もう我が一族の一員だよ。初めまして、父親のオラフィエンだ」
「これからも末永く、お願いしますね。母のアストリッドよ、仲良くしてあげてね」
そうして、差し出された手を握り返した。
もうね、胸が震えるってこういうことなんだろう。
優しく握られた手は、自然に軽く振ったあと、どちらともなく手を離した。
「ではな、2人でゆっくりとするといい」
「何か困ったことがあったら、電話するのよ」
それだけ告げて、手を振りながら去って行った。
「すげーな、メルローズ氏の両親……」
「お家ではけっこう、だらけていますのよ?」
「それ、普通じゃね?」
歩行者用信号が青に変わる。
「篤紫氏のお家のカレーって、どんな感じなのです?」
学校から一番近いスーパー。その精肉コーナーで、マジ悩んでいた。
右手に鶏肉、左手に牛肉。
「豚肉もいるんだよ、メルローズ氏。多肉祭カレーなんて、不思議な文化がある家でな。羊肉も候補にキボンヌとか、ふざけたメールが来た。今」
「本当ですわね、でもこれって。どういう仕組みで浮いておりますの?」
「ぶん投げた携帯電話が、腰元に戻って来て浮いていただろう? だったら、顔の横に浮かべられないか、マシキ(魔式AI)に聞いてみたんだ。そしたら、できた」
「括弧を言う意味……ありますわね、マシキ氏とは別ですものね。篤紫氏のは、マシキアイちゃん、略してマイちゃんとかどうですの?」
「よし、お前は今からマイな」
『ふふふ。了解しました、マスター篤紫。私が、マイです』
画面に流れる文字に、2人で笑う。
そうして四種類の肉の、ちょっと値段がいい部位を買ってから、スーパーをあとにした。
駅前に続く商店街を、冷やかしながら歩く。
あえて新東京都に作った、昔ながらの下町商店街が、何だかいつもより活気があるような気がする。気になって、近くの鮮魚店に寄ってびっくり。
「これは発想がすごいな」
「写真に印刷したお魚が、ザルに乗せられていますわ。もしかして、盗難対策ですの?」
「商品はある。でも、品物自体は店主の収納の中だぞ、ってことだろうな」
それにもかかわらず鮮魚店は人気で、見ていると写真を手に店主の前に並んだ人たちが、お金と引き換えに受け取った魚を、すぐに携帯電話の収納に入れていた。
ふと、手に持ったビニール袋を、携帯電話にかざす。収納を思い浮かべると、シュルッと携帯電話に吸い込まれていった。
なるほど、収納忘れていたわ。
鮮度が命の食料品は、直接仕入れて直接売る。こういう小売りスタイルの個人商店が、一番新鮮で、かつ確実ってことか?
「まとめ役の方が、優秀なのですね。わたくしたちとは、元の発想が違いますわね」
「だなぁ。鱗から目が落ちるってこういうことか」
「鼻から目に抜ける……は、駄目ですわね。何だか涙で顔がびしょびしょになりそうですわ」
「ぐふっ、やべえ。俺氏の完全敗北。くくっ、くはははははは――」
仲良く手を繋いで、ふと思い出して背中に背負っていた鞄を収納。そのまま携帯電話をゲートにかざして、駅の改札を抜けた。
一旦、家に帰って。その後はその後か。
夕焼けが深くなって、夜の帳がゆっくりと下りてくる。
そんな、なんとも幻想的な空色を背景に、俺氏の家が聳え立っていた。
「まあ、普通の3LDK。平屋建ての家なんだけどな」
「方舟に移住した方の、一般的な住宅だと聞いておりますわ。その二軒お隣のお家が、わたくしたちの新居ですわよ」
「……え、マジで?」
真ん中に『白崎工務店』を挟んだ一軒隣。家の鍵を顔の前で振るメルローズが、やっぱり可愛い。対する俺氏は、鳩豆顔だろうなぁ。頭真っ白だし。
俺氏が住んでいるこの住宅区は、都心から離れているからか未入居住宅が多くて、両隣だけじゃなくてけっこうな数の家に、入居者歓迎ののぼりが立っていたけれど。まさか、隣を確保しただと!?
恐るべし、メルティアル家。俺氏、さすがに想定外。
白崎工務店の前を通ると、奥にいた父と目があった。当たり前のように手を振り合う俺氏親子に、メルローズも一緒に手を振る。メルローズを見た父の笑顔が、少しだけ優しくなったような気がした。
家の扉を開ける前に、取りあえず肉が入った袋を収納から取り出して、そこで思い出して携帯を開いて収納アプリを開いた。そして、メルローズに袋を渡す。
俺氏から袋を受け取ったメルローズは、首を傾げた。
「所有権は、どうなっておりますの?」
「うん。そう思って見たら、目の前で所有権が解除された」
「篤紫氏がわたくしに『渡す』って思って、手渡したからでしょうか?」
「たぶんそんな感じかな。だとすると、よくできている」
そのまま2人でいくつかのパーターンを試す。
再び収納すると所有権が付くのを確認して、取り出した状態でメルローズに収納を試して貰ったり、所有権を解除してから収納を――
「篤紫ちゃん? いつまでそうやって、2人でイチャイチャしてるのかな。早くその、お肉が欲しいんだけど」
飛び上がった。
もう二人で抱き合って、体感1メートルは飛び上がったはず。
「ふふふ。いいわね、そのリアクション。もう私のハートはブレイク寸前よ?」
仁王立ちなのに、何だかとても優しい雰囲気の、謎な母。
大御所、現る。




