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魔式とマシキと、俺氏の憂鬱  作者: 澤梛セビン


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15/18

15.夕焼けに染まる街

「今日は、どこに向かいますの?」

「帰りにな、肉を買ってきて欲しいって頼まれているんだが」


 昇降口を抜けて、メルローズと並んで歩く。

 少し茜色に染まる校庭では、野球班が片付けを始めていた。バックネットに揺れる、手書きの文字がいつの間にか印刷に変わっていた。

 書かれているのは相変わらず、班活中は魔式の使用禁止だった。『!』が無くなったのは、慌てて印刷したからかな?


 見上げた天井ドームには、相変わらず人工太陽があって、光だけでなく暖かさまで俺氏の元まで届いている。本当に、人工物なのか。

 魔式が一般的になって、魔法が使えるようになると、あの人工太陽すら魔法の産物に思えてくる。


 まさかアレも、魔法的なナニカなのか?


「ところで篤紫氏。今日から一緒、2人屋根の下に暮らすことになりましたわ。よろしくお願いいたしますのよ」

「駄目だが!?」


 校門を出たところで、立ち止まる。

 T字に延びる道路の先に見えている新東京タワーが、その赤い色をさらに色濃くしている。道路を走る自動車は、その全てがエリクシルを利用した電気自動車で、その中の一台が音もなく俺氏達の前に停まった。


 運転席から降り立ったのは、執事然としたイケオジ。そのイケオジが後部座席を開けると、中から、イケメン夫婦がゆっくりと姿を現した。あー、いつかの式典で見たことあるぞ。


「やあ、メルローズ。噂の婿殿はそちらの御仁かね?」

「父氏に母氏。紹介いたしますわ、白崎篤紫。交際を前提に、結婚することになっておりますの」

「あらあら、ちゃんとお話ができたのね。それなら心配要らないわね、はい。これが新居の鍵よ、住所はあとでLaneに入れておくわね」

「白崎というと、あの白崎工務店のことだね。それなら、先日顔を見ている。私の方から挨拶をしておこう。これから2人で、街中に向かうのかい?」

「はい。初デートですわ、今から楽しみですの」


 ふと、我に返る。

 そうじゃない、ちゃんと挨拶せねば。


「初めまして、白崎篤紫と申します。俺氏としましては、お友達の次辺りから、ゆっくりと育みたいとは思っていまして……」

「ははは、我が王室に於いてお友達はないかな。メルローズが見初めたならば、もう我が一族の一員だよ。初めまして、父親のオラフィエンだ」

「これからも末永く、お願いしますね。母のアストリッドよ、仲良くしてあげてね」


 そうして、差し出された手を握り返した。


 もうね、胸が震えるってこういうことなんだろう。

 優しく握られた手は、自然に軽く振ったあと、どちらともなく手を離した。


「ではな、2人でゆっくりとするといい」

「何か困ったことがあったら、電話するのよ」


 それだけ告げて、手を振りながら去って行った。


「すげーな、メルローズ氏の両親……」

「お家ではけっこう、だらけていますのよ?」

「それ、普通じゃね?」


 歩行者用信号が青に変わる。




「篤紫氏のお家のカレーって、どんな感じなのです?」


 学校から一番近いスーパー。その精肉コーナーで、マジ悩んでいた。

 右手に鶏肉、左手に牛肉。


「豚肉もいるんだよ、メルローズ氏。多肉祭カレーなんて、不思議な文化がある家でな。羊肉も候補にキボンヌとか、ふざけたメールが来た。今」

「本当ですわね、でもこれって。どういう仕組みで浮いておりますの?」

「ぶん投げた携帯電話が、腰元に戻って来て浮いていただろう? だったら、顔の横に浮かべられないか、マシキ(魔式AI)に聞いてみたんだ。そしたら、できた」

「括弧を言う意味……ありますわね、マシキ氏とは別ですものね。篤紫氏のは、マシキアイちゃん、略してマイちゃんとかどうですの?」

「よし、お前は今からマイな」

『ふふふ。了解しました、マスター篤紫。私が、マイです』


 画面に流れる文字に、2人で笑う。

 そうして四種類の肉の、ちょっと値段がいい部位を買ってから、スーパーをあとにした。


 駅前に続く商店街を、冷やかしながら歩く。

 あえて新東京都に作った、昔ながらの下町商店街が、何だかいつもより活気があるような気がする。気になって、近くの鮮魚店に寄ってびっくり。


「これは発想がすごいな」

「写真に印刷したお魚が、ザルに乗せられていますわ。もしかして、盗難対策ですの?」

「商品はある。でも、品物自体は店主の収納の中だぞ、ってことだろうな」


 それにもかかわらず鮮魚店は人気で、見ていると写真を手に店主の前に並んだ人たちが、お金と引き換えに受け取った魚を、すぐに携帯電話の収納に入れていた。


 ふと、手に持ったビニール袋を、携帯電話にかざす。収納を思い浮かべると、シュルッと携帯電話に吸い込まれていった。

 なるほど、収納忘れていたわ。


 鮮度が命の食料品は、直接仕入れて直接売る。こういう小売りスタイルの個人商店が、一番新鮮で、かつ確実ってことか?


「まとめ役の方が、優秀なのですね。わたくしたちとは、元の発想が違いますわね」

「だなぁ。鱗から目が落ちるってこういうことか」

「鼻から目に抜ける……は、駄目ですわね。何だか涙で顔がびしょびしょになりそうですわ」

「ぐふっ、やべえ。俺氏の完全敗北。くくっ、くはははははは――」


 仲良く手を繋いで、ふと思い出して背中に背負っていた鞄を収納。そのまま携帯電話をゲートにかざして、駅の改札を抜けた。

 一旦、家に帰って。その後はその後か。




 夕焼けが深くなって、夜の帳がゆっくりと下りてくる。

 そんな、なんとも幻想的な空色を背景に、俺氏の家が聳え立っていた。


「まあ、普通の3LDK。平屋建ての家なんだけどな」

「方舟に移住した方の、一般的な住宅だと聞いておりますわ。その二軒お隣のお家が、わたくしたちの新居ですわよ」

「……え、マジで?」


 真ん中に『白崎工務店』を挟んだ一軒隣。家の鍵を顔の前で振るメルローズが、やっぱり可愛い。対する俺氏は、鳩豆顔だろうなぁ。頭真っ白だし。


 俺氏が住んでいるこの住宅区は、都心から離れているからか未入居住宅が多くて、両隣だけじゃなくてけっこうな数の家に、入居者歓迎ののぼりが立っていたけれど。まさか、隣を確保しただと!?

 恐るべし、メルティアル家。俺氏、さすがに想定外。


 白崎工務店の前を通ると、奥にいた父と目があった。当たり前のように手を振り合う俺氏親子に、メルローズも一緒に手を振る。メルローズを見た父の笑顔が、少しだけ優しくなったような気がした。


 家の扉を開ける前に、取りあえず肉が入った袋を収納から取り出して、そこで思い出して携帯を開いて収納アプリを開いた。そして、メルローズに袋を渡す。


 俺氏から袋を受け取ったメルローズは、首を傾げた。


「所有権は、どうなっておりますの?」

「うん。そう思って見たら、目の前で所有権が解除された」

「篤紫氏がわたくしに『渡す』って思って、手渡したからでしょうか?」

「たぶんそんな感じかな。だとすると、よくできている」


 そのまま2人でいくつかのパーターンを試す。

 再び収納すると所有権が付くのを確認して、取り出した状態でメルローズに収納を試して貰ったり、所有権を解除してから収納を――


「篤紫ちゃん? いつまでそうやって、2人でイチャイチャしてるのかな。早くその、お肉が欲しいんだけど」


 飛び上がった。

 もう二人で抱き合って、体感1メートルは飛び上がったはず。


「ふふふ。いいわね、そのリアクション。もう私のハートはブレイク寸前よ?」


 仁王立ちなのに、何だかとても優しい雰囲気の、謎な母。


 大御所、現る。


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