12.茂木先生の苦悩
【はいはーい、物理特化ホログラムの、プリティマシキちゃんが通りますよー】
前から来たグループが、マシキに驚いて左右に分かれていく。その後ろをメルローズと並んだ俺氏、黎鈴の順番で付いていく。その後ろから、お昼休みが終わったグループが何組か付いてきている。
ちなみにアレクシスは、お昼休みが終わっても引っ張りだこだったから、そのまま置いてきた。
「みんな驚いて、マシキ氏を二度見していますわ」
「まあそうだよなぁ。フリフリの魔法少女ドレスなんて、目立つからな」
「篤紫さん、そこじゃないと思います」
「わたくしも、黎鈴氏に同感ですわ……」
教室にさしかかったところで、中から女生徒が四人出てきて、その場で硬直した。その視線の先は下、マシキが首を傾げて、ツインテールが揺れる。
【こんにちは。プリティマシキちゃんです、よろしくね?】
そして、黄色い悲鳴が響き渡る。
女生徒四人がしゃがんだ直後に、俺氏の視界が真っ暗になって、いい香りが鼻をくすぐる。顔を覆う温かい手のひらは、そうだメルローズの手だ。
「見ちゃ、駄目ですのよ?」
「……はい」
いや俺氏、見える見えないより、この状況の方がヤバいんだが。後ろから目を覆っているから、自然とメルローズのお胸が背中に押しつけられている。この、何というか、もう……最高。
そのまま、目を覆われたまま少し歩き、止まったところで解放された。
ちょうど見えた窓の外には、校庭でいくつか固まるグループ。黒焔の魔式が上空高く唸りを上げていた。
水球の中を、水着で泳いでいる集団がいるが、心なしか水が茶色く見える。たぶん、改良とかされてくんだろうな。
見回りしている体育教師の……誰だっけ。お疲れ様だな。
「午後の授業の前に、連絡事項の追加だ。半分くらいしかいないみたいだが、こっちに注目してくれ」
「篤紫氏、座りますわよ」
「ああ」
教室の中には見える範囲で3グループ。その全員が、教壇に立つ茂木先生に注目していた。ちなみにだが、俺氏の前にはこっちに顔を向けたメルローズと、その隣で苦笑いを浮かべて半分前を向いている黎鈴。
「連絡事項の追加ってーと、あれか。さっきの錬成の話か?」
「うおわっ、アレクシスいつの間に!?」
「ああ、今だ。なんかいた方がいい気がして」
隣にはもう見慣れた、桃色地に緑蜘蛛の巣の、スパイダーマン。アレクシスがしれっと座っていた。窓の方に顔を向けると、開いた窓から吹く風に、レースのカーテンが揺れていた。
「教室にいたみんなには先に伝えたが、魔式アプリ内に錬成が追加され……た。いやどうした内田。その人形は、なんだ?」
「マシキちゃんです。特等席で聞くって言ってまして、連れてきました」
「いや、そのだな。まぁ、分かった。教壇に置いてもいい、その代わりすぐ前に座ってくれ」
「はいっ」
さっきの女生徒、内田に脇を抱えられたマシキが、そのまま置かれて教壇の上に立つ。同時にクラスが沸いた。
……いや、待て。何でマシキがあそこにいるんだ?
慌てて立ち上がり――
【あ、どうも先生。うちの篤紫氏が、いつもお世話しています】
「んんっ!? はあああ!?」
驚いて、仰け反って黒板に激突。その場に蹲った茂木先生、ごめん。俺氏の相方が。
そうして一瞬で静まりかえった教室の中。教壇まで駆け寄ると、尻餅をついていた茂木先生と目が合った。
「白崎。お前の相方なんだな?」
「ああ。そうなると思う」
「ならいい。ちょっとびっくりしただけだ」
手を差しのばすと、しっかりと握ってくれた。そのまま引っ張って起こした。
【あ、篤紫氏。ここに、ここにさっきの机とテーブルを、プリーズ】
「椅子とテーブルな。でも本当にいいのか、茂木氏?」
「茂木先生な。まあ呼び方は、お前がいいならいいが。でだ、次までにはもう一つ、教壇を用意しておく。今日の所はここで我慢してもらってくれ」
「ありがとう、ございます……」
「ふふっ、似合わんな。ふははっ」
【篤紫氏? 椅子を、テーブルをっ!】
さっと、教壇の上に椅子とテーブルを作ると、きびすを返した。ふと、俺氏を見ていたアレクシスと、目があった気がした。実際には蜘蛛の巣マスクだから、目なんて分からないんだけど。
「それから、ウィリアムス。ちょっといいか?」
「ああ、なんだ?」
「スパイダーマンはいい、格好いいから問題はない。だがな、怪我だけは絶対に気をつけろよ」
「……うっす」
「じゃあ、続きな――」
途端に湧き上がる教室。
気持ちは、俺氏も分かる。何だよ、茂木先生カッコ良すぎなんだが。
そうして自分の机に戻ってやっぱり、蜘蛛顔がじっと俺氏を見ていた。
「どうした、アレクシス氏」
「俺さ、感動したんだ。俺、茂木先生になる」
「無理だが!?」
駆け寄る生徒達。
そんな中、何とも恥ずかしそうな苦笑いを浮かべている茂木先生が、印象的だった。
「落ち着いたな、話を進めるぞ」
相変わらず可愛い笑顔で俺氏を見るメルローズを見ながら、耳だけ茂木先生に向ける。
横にいたはずのアレクシスが、最前列に移っているのは仕様なんだろう。
「まず、原則として。校内での錬成は、原則として禁止することに決まった」
「ちょっ、何でだよ!? 魔式アプリの標準機能なんだろう?」
「そうなんだが桜木、そうじゃないんだ。まず全員、自分の携帯電話を机に置いて、錬成の項目を開いて欲しい。ただし、スライドは、まだするなよ」
立っていた人が、慌てて近くの机について、再び教室が静まりかえった。
「読むぞ。『毎晩、寝る前に錬成習慣。リストにあるものを思い描いて、レッツ錬成。深い睡眠が得られます』、ここだ」
誰かが息を呑む音が聞こえた。
メルローズは、何かに気がついて俺氏の髪に手を伸ばしてきた。頭に埃が乗っていたらしい。
「職員で検証した結果、使ったと同時に、意識を失って気絶した。つまり、むやみに使うと危険だと言うことだ」
ちらっと、教壇を見るとマシキが舟を漕いでいる。自由かよ。
説明しながら、茂木先生のマシキを見る目が、何だか優しくて。やっぱり、茂木先生。すごいなって思ったよ。
「スライドして、残りの文だ。『ついでに、最大魔力量も増えて一石二鳥ですよ。ただし、お布団に横になってから、錬成してくださいね。怪我、駄目、絶対!』だそうだ。だから今後は、魔式のコマ、グループディスカッションにおいて、一人だけ。錬成を使っていいものとする」
再び、クラスが沸き立った。
すごいな先生達。この短期間で、そこまで決断したのか。
「あとは、できれば先生達がいるところでやって欲しいが、誰も聞いていないか――」
茂木先生に目で合図された内田が、そっとマシキを抱っこして連れ去っていく。
思った。
マシキって、俺氏のAIじゃなかったっけ。
「帰る場所は、篤紫氏のところなのですのよ? マシキ氏が楽しいならいいと思いますわよ」
「それもそうか」
ふと気づく。
アレクシスが、またいなくなっていた。




