11.騒然としたランチ
「よし、できた」
名付けてオフトーン。
タップした数だけ、お布団が生成される。誰かが寝ている間は布団を維持する。誰もいない状態で10分経過すると、自然な魔力に戻る……と、こんな感じ。
【微妙な名付けですねぇ。せっかくならオフ・トーンにすれば格好いいですよ? 私が変えておきますね】
「全然変わってないんだが!?」
5枚出して、床に敷設。そのうちの1枚に、マシキが喜んでダイブ。
メルローズを始めに、全員を横たわらせてから、ふと思い立ってタオルケットの魔式も作った。いや、便利だなおい。
【篤紫氏は錬成しないんです?】
「おま、俺氏まで気絶したら、ここ死体安置所に早変わりなんだが!?」
【言い得て妙ですねぇ。理科室だけに】
「ブフォッ――」
そうして全員の寝息を確認してから、椅子に座った。
机の上に並んだ5つのコップが目に入って、思わず苦笑いが漏れた。何でガラスコップなんだよ。他の選択肢あるだろう!?
1カ所に集めて、気づいた。
「全部、デザインが違うんだな……」
【そうですね。錬成はイメージをしっかり持っていない場合は、深層心理の思い出を参照にしますからね。ほらこれ、たぶんメルローズ氏のじゃないです?】
「いやそこでひっくり返して座るのかよ」
【いい、座り心地ですよ? 篤紫氏も座れ……無理でしたね、でぶっちょですから】
「太ってないわ!」
そうしてあらためて見てみると、このコップだけは他と違っていて、少し青みがかったガラスに、少しだけ気泡が浮いている。これが、ノルウェーグラス、か。
床に顔を向けると、メルローズが相変わらず綺麗な寝顔で寝息を立てている。
不思議だよな。
なんでこんな可愛い子に慕われているんだろう。
日差しを受けた森の、柔らかい薫りを乗せた風が、理科室を吹き抜けていく。
人工太陽なのに、ここまで世界を変えられるのか。
そんな、穏やかな午前の時間が、ゆっくりと流れていく。
「さあ、お昼だぞ。起きた起きた」
たらいを叩く音が部屋に響く。
叩いているのはマシキなんだけど、まあ何ていうか、自由だな。
「……おはようご、ざいます?」
「おう。メルローズ氏、朝じゃないが。おはよう。お昼食べに行くか」
「はいっ」
大輪の花が咲いたような笑顔に、思わず意識を持って行かれそうになる。美人って、やっぱり美人だな。そんな益体もないことを考えながら手を伸ばすと、そっと乗せてきた手を、しっかりと握って引っ張った。
舞い上がったタオルケットが、光の粒になって消えていく。同時に仕事を終えた敷き布団も、ゆっくりと床に沈むように解けて無くなった。
他の三人も起き上がり、またアレクシスがいなくなった。
窓際のカーテンが、寂しそうに揺れている。何ていうか、おもちゃを見つけた子供みたいだな。
「ではな、楽しかったよ白崎」
「ああ、高梨氏もお元気で」
「ふふふっ、お前は。相変わらず、ふはははは――」
廊下で高梨先生と別れて、メルローズと黎鈴と一緒に食堂に向かう。先頭を悠々自適に歩くマシキに、思わず苦笑いが漏れた。
【おっさんぽ、おっさんぽ、楽しいなー】
「だ、大丈夫なのですの……?」
「じきに慣れるとは思うが。最初は、まあ大騒ぎになるかもしれん」
自動ドアの前で足踏みして、困った顔で振り返る姿にホッコリしつつ、俺氏達に反応して扉がスライドした。
【おおぉっ、すごいですね。実際に歩くと、景色が違いますね】
喧噪が、止まった。
真ん中の通路を、マシキが歩く。
顔を見合わせた俺氏達も、あとを付いていく。ふと、触れたメルローズの手が震えているのに気がついて、思わず手を握った。
「ああ、篤紫氏!?」
「最初だけじゃないかな。ちょっと視線が多いのは、今は我慢だな」
食券機の前まで行ってマシキは、身体ごと振り返った。
【篤紫氏、カツ丼! 取調室まで、持って行きますよ】
「いや、それどこの情報なんだよ!?」
「ふふ、ふふふ……」
お腹を抱えたメルローズの隣で、黎鈴も口に手を当てて声を押し殺しているし。
手を上げて必死にアピールしているマシキに、カツ丼を選択して食券を渡すと、颯爽と受け渡しカウンターに駆けていった。
周りの視線も、流れるようにマシキを追う。
そして、驚愕に沸き立った。
動画を撮り始める人もいれば、写真を撮る人。通話を始める人だって、ほんともうカオス。自然に人が集まっていき、マシキを中心に空間ができる。マシキが移動するたびに、その円が移動する様子は、えっと……あれだ、アイドルを遠巻きに囲むファンか?
【篤紫氏。カツ丼、貰ってきました】
「待ってな、テーブルの上に乗せてやる」
スッと、横から差し出されたハンカチをテーブルに敷いて、ふと思い立って携帯電話を手に持った。
横からメルローズが顔を覗かせる。
「どうしましたの?」
「このままだと、食べづらいよな」
魔式アプリを開いて、視線をマシキに向けた。
「5分の1サイズ?」
【私ですか? イメージで言えば6分の1の方が、格好いいですね。できる女は違うなー、な感じがしませんか?】
「わかった、5分の1な」
【え、ちょっと篤紫氏? 私の話、聞いていました?】
テーブルセットの魔式。
サイズ設定は、6分の1。カツ丼を乗せたら実際には立って食べるだろうけれど、それでも専用のテーブルと椅子があった方が、楽しいんじゃないかな。
設定を書いていたら、再び周りが沸き立った。
視線をあげると、ピンクがいた。
「……」
「そういやお昼だって思い出してさ、俺が来た」
「あ、アレクシス氏?」
「ああ。メルローズも、それに黎鈴もいたのか」
天井から逆さにぶら下がったアレクシスは、器用に糸を使って俺氏の前に着地。スッと顔の部分だけ消えて、アレクシスの顔が露わになった。ああ、高性能型のスパイダースーツか。
マシキから、一気にピンクのスパイダーマンに意識が移ったらしい。
食券機に向かうアレクシスを囲うように、人の円が動いていった。調子に乗ったアレクシスが、天井に糸を飛ばして立体起動し始めると、さらに周りが沸き立った。
【篤紫氏? 私はいつ、カツ丼が食べられるんですか?】
「あー、待って。すぐ用意する」
仕様を書き切って、テーブルの上に魔式を起動。マシキが持っていたカツ丼の、どんぶりだけ持って、できたミニテーブルに乗せると、マシキはメルローズが抱えてテーブルに乗せたくれた。
はしゃぐマシキに、嬉しそうなメルローズ。
喧噪は遠くにいるピンクのスパイダーマンが連れて行ってくれた。
今日は俺氏もカツ丼かな。
「篤紫氏、わたくしもカツ丼が食べたいですわ」
「あの、私も同じので」
「おう。わかった、俺氏に任せろ」
嬉しそうにカツ丼を食べ始めたマシキを尻目に、食券機に向かう。
アレクシスが男子生徒に囲まれて、嬉しそうに天井にぶら下がる。
そして何故か、女性とのほとんどが慌てて食堂から出てった。なんで慌てて出ていくんだ――
「って。あ、高梨先生……」
喋ったのか、アレクシス。
頑張れ。魔法少女タカナシ。
俺氏、無事を祈ってる。




