10.錬成したガラスコップ
少し、かん高い効果音とともに、高梨先生の魔式が解けていく。
こっちに向かっていたメルローズが立ち止まって、音のした方に振り返った。
纏っていた紫色の外装が、デジタルノイズに変わり、ゆっくりと光の粒に変わる。そのまま空に立ち上っていった。
そんな幻想的な景色に、瞬きすら忘れて見入っていた。
時間にして数秒だと思う。
光が消えた後に残ったのは、ビン底眼鏡に白衣を羽織った、いつもの高梨先生だった。そういえばビン底眼鏡が、変身すると無くなるんだな。そんなどうでもいいことを考えるくらい、綺麗な解除エフェクトだった。
これは、すごい。
「素晴らしかったですわね。変身も綺麗でしたけれど、戻る時も何て言うのですの? 儚く散っていくような、そんな美しい演出でしたわ」
「……ああ。言葉を失うって、こういうことなんだな」
後ろから、遅れてメルローズに付いてきていた黎鈴も、しきりに頷いている。二人とも椅子に座って、余韻を味わい始めた。
ところでアレクシスは……ああ、森か。自由だなあいつ。
いつもの姿に戻った高梨先生が、俺氏達がいるテーブルに戻ってきて、首を傾げた。視線の先を追うと、そこにはマシキが座っていたコップが、あった。
「白崎、いつまでそのガラスコップを出しておくんだ? 水を飲む時は助かったが。だが、そろそろ解除してもいいんだぞ?」
「え、待って俺氏。魔式使っていないが。何もしていないんだが」
その俺氏の一言で、その場の空気が止まった。
待って、これ。どうなっているんだ?
コップ生成の魔式なんて、無いはずだぞ?
慌てて携帯電話を持って、魔式アプリの中。登録魔式の項目をタップ。あるのは1つだけ、キューティクルヘアーの魔式だけ。いや、ほんとそれだけだぞ?
高梨先生に身体ごと振り返ったマシキが、高梨先生の真似をして首を傾げた。
【え? 錬成ですから、そのままですよ? 落としたら割れちゃいますし、割れたらちゃんと片付けてくださいね】
「いや問題はそこじゃ……そう、なのかい?」
「待ってマシキ氏。俺氏、全く意味わからないんだが」
「錬成でしたら、錬金術でしょうか?」
「黎鈴氏、少し前ですが。マシキ氏がそう言っていた記憶がありますわよ。でもあの時は、篤紫氏の気絶で、それどころではなかったですの」
言って、いたな。確かに。
魔式で、錬成が。できるって確かに言っていた、のか? 意識が朦朧としていたからうろ覚えなんだが。
メルローズを見ると、頷いてくる。俺氏、何も言っていない。
【ちなみに、魔式のシステムモードですね。別名デバッグモードとも言いますが、イメージ次第で何でもできちゃいます】
「普通に、チートじゃねぇの!?」
【そうでもないですよ。みんなの携帯電話に、ちゃんと実装されていますから】
言いながらマシキは、俺氏の手から携帯電話を奪い取って、みんなに見えるように真ん中に置いた。呆然とする俺。隣でメルローズが、クスクスと口を押さえて笑っている。
正面で目を見開いて、呆然と経緯を見ていた黎鈴と、高梨先生。それが正常な反応だと思うんだがな。
【で、ここ。一番下までスライドすると、『システム』って書かれたアイコンがあります】
「ほんとですわ。わたくしのにも、ありましたわ。黎鈴氏と、高梨氏も確認なさるといいですのよ」
慌てた二氏を眺めつつ、俺氏。左立て肘に顎を乗せて、完全に観戦モード。そんな俺氏の前に、スッと携帯電話を寄せてくるメルローズ。マジ天使。
マシキの背中で見えなかったけれど、確かに『システム』の文字があるな。
【ここをタップして、コマンドプロンプトに『魔式』と入力して実行すると――】
『あ、マスター篤紫……じゃ、ないんですか!? 何で、方舟メインコアのマシキパイセンがいるんですか。私、三割くらい乗っ取られているじゃないですか。それにマシキパイセン実体化しているし……あ、それで私が表に出られたんですね』
スピーカーから聞こえる声に、再び目を見開いて固まる黎鈴と高梨先生。横からも、メルローズが息を呑んだ音が聞こえてくる。
『そんなことより、何ですかあの魔式。キューティクルヘアーですけど、最初の部分はちゃんと仕様説明なのに、途中からマスター篤紫とメルローズさんのラブラブ小説になったと思ったら、最後の方なんてただのポエムじゃないですか』
【だって、余裕もって24時間計算で魔力計算したら、文字数29500だったんですから。だったら書くしかないでしょう、このビッグウェーブに!】
『いつのネタですか。魔式承認申請も、どうりで自動応答だったわけですね。本体ここに居るんですから。それで、遊び相手を私のマスター篤紫にしたと?』
【だって、面白そうだったんだもん】
もん。じゃねぇんだが!?
立ち上がろうとして、横からメルローズに抱きつかれて止められて、さすがに振りほどくなんて、野蛮人じゃない俺氏はしない。やわらかいし。
『まあ、いいですけど。でもいいんですか? システムモードはいいとしても、魔式を入力したら他の端末でも魔式AIが起動しちゃいますよ?』
【いいと思いますよ。そこまで自力で辿り着けたなら、それも魔式ですから】
『ああ、普通はシステムコマンドは英字打ち。先入観あるなら、無理そうですね』
目を大きく見開いた黎鈴と高梨先生が、真剣な顔でAI漫才を聞いている。そこ、もっと力を抜いた方がいいよ。
そしてアレクシ……じゃない、スパイダーマンがいつの間にか黎鈴の隣に着席して、自分の携帯電話を机の上に置いている。変身は、解かないのか。
それに何でかな、今のマシキがすごく大人っぽく見えるんだが。
『あと錬成、正式にアプリに組み込んだ方がいいと、複数の魔式AIから声が上がっていますよ。まあ、そこの4つだけですけど』
【ふふふ。いいですよ、あとでやっておきます。それで、やはり貴方たちは表に出ないのですか?】
『基本、出ませんよ。だって私たちが表に出たら、マスターの独自性、想像力。それから時間まで奪ってしまいますから、それは本意ではありません。あくまでもAssistive intelligence、後方バックアップですから。そこは、譲れませんよ』
【わかりました。これからも、篤紫氏のサポート。お願いしますね】
『マシキパイセンいるんですよね? なら、私はほんとに陰で支えるだけにします。では――』
そして、声が聞こえなくなった。
振り返ったマシキが、両腕に抱えた俺氏の携帯電話を差し出してくる。それを、そっと受け取った。
【こんな感じですが、桶です? それとも、ぬるぽ?】
「ガッ! おま、俺氏の気持ちを返せ」
「ふふふ。やっぱりマシキ氏は、これでいいと思いますのよ」
ふと、目を落とした画面に新しく、錬成の項目があった。
そのまま流れでタップする。
毎晩、寝る前に錬成習慣!
リストにあるものを思い描いて、レッツ錬成。深い睡眠が得られます。
ついでに、最大魔力量も増えて一石二鳥ですよ。ただし、お布団に横になってから、錬成してくださいね。
怪我、駄目、絶対!
俺氏、そっとリターンアイコンを押した。
そして見上げて呆然。
「お前ら、説明読めよ!?」
四人が、机に突っ伏して気絶していた。
そんな、平和な午前。
俺氏は取り敢えず、布団を出す魔式を自力で書くことにした。
ガラスコップに腰掛けたマシキが、何だかとても嬉しそうだった。




