表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/75

73話:慈愛の巨竜

大型バイクのエンジン音が次第に遠ざかり、部屋の中は再び静寂に包まれた。


しばらくして、木製のドアがギィと音を立てて押し開かれ、灰色の頭が恐る恐る覗き込んだ。


「話し終わった?」


「ええ、もう終わりましたよ。おかえりなさい。どうでした? マリーナさんから何か受け取りましたか?」


ライラは手に一冊のノートを持って部屋に入ってくると、そのまま先ほど祭が座っていた椅子に腰を下ろした。


「兄さんの身体検査の報告書と、マリーナさんからの伝言が一つ。体調が完全に回復してから三日以内に、兄さん一人で報告に来るようにって」


(どう聞いても死刑宣告じゃないか)と、ロルは内心で震え上がった。自分一人で来いと要求されている時点で相当まずい。マリーナの提示した条件はクリアしたものの、ライラを泣かせたことについて、彼女がそう簡単に許してくれるはずがない。


どう考えても自分は死んだとしか思えなかった。わざわざ体調を整える時間を与えてくれたことだけが、彼女の最後の慈悲なのだろう。


「死なないでね、兄さん」


ライラは今まで以上に楽しそうに笑っていた。互いに本音を打ち明けたことで、もう彼女が勝手に自分を足手まといだと思い込むことはなくなり、その心境の変化が彼女をリラックスさせているのだろう。


もちろん、彼女が楽しそうなのは良いことだが、同時にその美しい紫色の瞳で無言のプレッシャーをかけてきているのをロルははっきりと感じ取っていた。


そのため、ロルは自ら白状することにした。


「その……ごめんなさい。約束、守れませんでした……」


「兄さんがどの約束のことを言っているのか、私には分からないな」


ライラの珍しく意地悪な返答。これも彼女がよほど機嫌が良い時にしか見せない反応だが、ロルからすれば少々対応に困るものだった。


「両方ですよ……花火、すごく楽しみにしていたでしょう……それに、この呪いは二度と使わないって約束したのに」


過去にある出来事があり、それ以降、ロルは自ら命を絶って呪いを発動させるような真似は絶対にしないとライラに誓っていた。そのために彼自身も事故に遭わないよう細心の注意を払い、防護魔法のかかった衣服を着たり、体を鍛えたりして、そうした事態を未然に防ごうと努めてきたのだ。


今回の事件の規模が全くの想定外だったとはいえ、約束を破ったことに変わりはない。


「許してあげる……と言いたいところだけど、今回の二つの約束については仕方なかったと思うから、本当は兄さんも気にしなくていいんだよ」


ロルの自白に対し、ライラもそれ以上は追及せず大目に見ることにしたようで、手元のノートを開いて視線を落とした。


「結局、兄さんは祭に言い出せなかったね」


彼女が言っているのは胸の呪いのことだ。


事件が解決した後、祭はライラに執拗に問い詰めてきたらしいが、最終的には「直接兄さんに聞いた方がいいよ」とはぐらかしたのだという。


「ええ、私は怖かったんでしょうね……いろんなことが……」


実際のところ、ロルが自分にかけられた呪いについて考えたことがないわけではない。十六歳以前の記憶についても、思い出そうとしたのは一度や二度ではない。


なぜこの不吉な呪いは、わざわざ十六歳以前の記憶を封じ込めているのだろうか?


そのことについて考え始めると、どうしてもネガティブな可能性に思い至ってしまう。もしかすると、十六歳以前の自分はとんでもない大罪人で、この呪いはその罰なのではないか、と。


もし本当にそうだとしたら、自分はこれからもライラの傍にいていいのだろうか? 周りの皆は自分をどう見るだろうか? 恐れるだろうか? それとも、失望するのだろうか?


(だったら、一生思い出さない方がマシだ)


「兄さん、昔私に言ってくれたよね。『逃げ出したい時は、しっかり休んでからまた向き合えばいい』って」


それは一年前に、ロルがライラにかけた言葉だった。


まさか今になって、それがブーメランのように自分に返ってくるとは思いもしなかった。


手元のノートをパタンと閉じると、ライラは穏やかな笑みを浮かべつつも、強い意志を秘めた眼差しでロルを真っ直ぐに見つめた。


「兄さんは、ちゃんと休めた? もし休めたなら、私も一度だけわがままを言って、兄さんの背中を思いっきり押しちゃおうかな」


「ん? どういう意味ですか?」


「こういう意味じゃ——この子はすでに、わらわに願いを申し立てておる」


突然響いた女性の声に、ロルは声のした方へ視線を向けた。元々何もなかったはずのベッドの足元に、いつの間にか白い長髪の美しい少女が座っていた。


少女は純白のワンピースを着ており、夏らしさを感じさせると同時に、言葉では言い表せないほどの荘厳な雰囲気を纏っていた。その話し方も相まって、どこか古風な印象を与える。


「あの罪なき子供たちを救ってくれたこと、わらわからも礼を言うぞ。そなたの勇気は、実に称賛に値する」


少女は胸元に手を当て、まるで大人のように偉そうに褒め称えた。子供が背伸びして大人ぶっているようなその態度に、そう指摘すれば絶対に怒るだろうなとロルは感じた。


ロルはライラと少女の顔を交互に見比べ、何と言えばいいのか分からずにいた。ライラも指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「やっぱり、兄さんにも見当がつかないんだね……」


「いや、えっと? あなたは誰ですか?」


頭が追いつかずに発したその質問に、少女は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「呪いに付きまとわれし男よ、そなたの知恵をもってすれば、わらわの正体を当てることなど造作もないだろう。そなたはすでに、わらわの伝説を知っておるではないか」


(伝説? 一体どの……? ああっ!)


「まさか、あなたがあの伝説の『慈愛の巨竜』ですか!?」


ロルの驚愕の反応を見て、少女は得意げに胸を張った。


想像していた「無私の精神を持つ偉大な存在」とは全く異なる容姿だが、特定の人間(おそらく自分やライラ)の視界にだけ姿を現すことができるという点から見ても、彼女は本物の慈愛の巨竜なのだろう。


ここでライラがロルに説明を始めた。


現在目の前にいるこの少女は、慈愛の巨竜の魂のようなものに過ぎず、年に一度の龍王祭の時期にしか姿を現さないらしい。


慈愛の巨竜が願いを叶えるメカニズムとしては、夜空に花火が盛大に打ち上がるその瞬間にのみ、他者の願いを実現する力を得るそうだ。


それ以外の通常の状況では、この子供の体でできるのは多少の治癒魔法程度だという。ライラが致死量の毒を盛られても耐え抜くことができたのは、それが理由だったのだ。


(まさか、伝説が本当だったとは……)


ロルは危うく「なぜオーランドの願いを叶えてやらなかったのか」と口走りそうになったが、言葉が出る直前で飲み込んだ。なぜなら、それは本当に愚問でしかないからだ。


あんな感情を人質に取るような卑劣なやり方で願いを叶えてやっては、それこそ慈愛の巨竜のイメージに反するだろう。


「待ってください。もし伝説が本当なら、ライラはすでに願いを叶えてもらったということですか?」


「実に察しの良い男だ。わらわが今回下界に降りて選んだのはこの子だ。この子がわらわに願ったのは——」


「私が巨竜様にお願いしたのは、兄さんの体にある呪いを解くこと」


ライラは少女が宣告するより早くそれを口にし、前へ出てロルの手を強く握りしめた。


「えっ? なんでそんなめったにないチャンスを、私のために無駄遣いするんですか?」


「無駄遣いなんかじゃない!」


龍王祭の前に喧嘩した時のような激しい反論だったが、本当に怒っているわけではない。ライラは不服そうに片方の頬を膨らませた。


「兄さんはいつもそう! 自分のことを後回しにする! これからはもう絶対そんなことしないって、約束したじゃない!」


確かにそのことについては話し合った。だが、ロルは兄として、ライラには自分のための願い事をしてほしかったのだ。


突然、ライラがわざと力を込めて手を握りしめ、ロルは即座にとんでもない圧迫感を感じた。


「痛い痛い。ご、ごめんなさい……でも、せっかくの機会なのに……」


それでも反論しようとするロルの態度を見て、ライラは深々とため息をつくと、立ち上がって彼の両頬をむにっと抓り、その目を真っ直ぐに見据えた。


「兄さんも、そろそろ自分の本当の気持ちと向き合うべきだよ。私、ずっと知ってたんだから。本当は兄さんも、十六歳以前の記憶を取り戻したいんでしょ?」


彼女のその言葉に、ロルの心臓は一瞬きゅっと縮み上がった。まさかライラの口からそんなことを言われるとは思ってもみなかったのだ。


以前ブートから「夢はあるか」と尋ねられた時、実はロルが一番最初に思い浮かべたのは、まさにそのことだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ