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74話:ハイム道具屋の日常手記

なぜだか分からないが、ロルは自分の十六歳以前の記憶を取り戻したくて仕方がなかった。正直なところ、呪いのことなどどうでもよかった。だが、記憶を取り戻すことだけは、どうしても諦めきれなかったのだ。


(私には家族がいるのだろうか? 兄弟や姉妹は? 親友と呼べる人はいたのだろうか? 記憶を失う前の私は、一体どんな人間だったのか? 私がずっと見続けているあの悪夢は、一体何なのだろうか?)


その執着は恐ろしいほどに強烈で、だからこそロルはずっと自分を騙し、気にしていないふりをしてきたのだ。


「しかし——」


「全部知ってるよ! 兄さんが何を怖がっているかも……私もすごく怖いよ。もし兄さんが記憶を取り戻して、私のことを忘れちゃったらって思うと、私……」


恐怖から逃げ出そうとしたロルの言葉は、ライラの震える両手によって遮られた。ライラは眉を下げ、目尻を潤ませながらも、無理に笑顔を作ってみせた。


「だから私、これをあらかじめ書いておいたの! 兄さんは一度記憶を失っているから、記憶を取り戻す過程で、また記憶を失っちゃうかもしれないでしょ」


そう言うと、ライラはついに手にしていたノートをロルの手へ渡した。それはロルも気になっていた、ライラが夏休みの間ずっと持ち歩いていたノートだった。


「『ハイム道具屋の日常手記』?」


「名前があった方が便利かなって思って……とにかく! 私たちがハイム道具屋に来てからのこの一年間に起きたことを、全部これに書き留めておいたの。これからも書き続けるつもりだよ」


ロルにノートのタイトルを読み上げられ、ライラの顔はみるみるうちに赤く染まった。彼女はそわそわと髪の毛を指でいじりながら、ロルがノートの中身を見るのを待っていた。


ノートを開くと、そこには確かにこの一年間、ハイム道具屋で過ごしたありふれた日常が綴られていた。字は乱雑で少し読みにくかったが、そのどれもがロルにとって美しく、大切な思い出だった。


読んでいるうちに、自然と笑みがこぼれてしまう。


「これはまた随分と自由な書き方ですね。本当に、起きたことをそのまま書いただけじゃないですか」


「わ、私以外の誰にも読めなくても、兄さんにさえ読めればそれでいいと思ったの! ダメ……?」


言い終わるや否や、彼女はリンゴのように顔を真っ赤にし、慌てて両手で顔を覆って椅子に座り込んだ。まあ、日記を見られるのと同じ感覚だろうから、ロルにもその恥ずかしさは痛いほどよく理解できた。


このノートに記されているのは、面倒な出来事からスリリングな冒険、あるいはただの平凡で退屈な日常まで様々だ。


しかしそのすべてが、一度記憶を失ったロルにとっては、あまりにも尊いものだった。


それはまるで、漆黒に染まった自分の心の中に煌々とした炎が灯り、すべてを照らし出し、あらゆる不安や恐怖、恐れを門前払いしてくれているかのような感覚だった。


「ライラ、ありがとうございます。本当に、思いっきり背中を押されてしまいましたよ」


ロルは手を伸ばし、ライラの頭を優しく撫でた。今回ばかりはライラも珍しく拒否せず、指の隙間から恥ずかしそうに紫色の瞳でこちらを見つめていた。


ロルも彼女に向かって、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。


「約束します。私はこれから、自分自身としっかり向き合います。十六歳以前の記憶を必ず取り戻す。もし本当に記憶を取り戻したその時は……私の本当の名前を、一番最初にあなたに教えますからね」


「……うん! 約束だよ!」


二人の心が一つになった後、彼らは互いの手を取り合い、待ちくたびれていた慈愛の巨竜を見つめた。


「決まったか? ならば、わらわも始めるとしよう」


二人が同時に頷くと、少女は両手を高く掲げ、その荘厳な声が狭い客室に響き渡った。


「穢れし醜悪なる者よ、わらわは今、奴等に命ずる。この純潔なる者の身体より速やかに立ち去れ。わらわは聖光の名において、奴等を駆逐する!」


呪文とともに、彼女の掌から眩い光が迸り、周囲の空気までもがその光の塊に吸い込まれていくかのようだった。


慈愛の巨竜の号令のもと、眩い光がロルの身体を包み込んだ。ロルはかつてないほどの暖かさを感じ、同時にライラの手を強く握りしめた。ライラもすぐに、緊張した様子で握り返してくる。


だが……ただ暖かいというだけで、他には何も起こらないような……。


「あれっ? そんな馬鹿な? たかが呪い程度、わらわなら容易く解けるはずじゃが……わらわは慈愛の巨竜じゃぞ……」


少女は全く効果が出ていないことに気づき、少し慌て始めた。先ほどの荘厳な雰囲気など、すでに跡形もなく消え去っている。


二、三度試してみても全く変化がなく、ロルが胸元の黒い紋様を見下ろしても、やはり何一つ変わっていなかった。ロルとライラは無言で見つめ合う……いや、何と言葉をかければいいのか分からなかったのだ……。


なぜなら今、慈愛の巨竜はまるでいじけた子供のように、今にも泣き出しそうな顔をしていたからだ。


「気にするなよ」とでも言って慰めるべきだろうか?


「わ、わらわなら絶対に解けるはずなのにぃぃぃぃぃっ!!!」


恥ずかしさと悔しさが入り混じった大絶叫とともに、一陣のまばゆい白光が瞬いた。光が収まった時、少女の姿もまた跡形もなく消え去っていた。


「消えちゃった……どこかに行っちゃったのかな?」


「さあ、どうでしょうね。ですが、今後もよく彼女の姿を見かけることになりそうな気がしますよ」


すべてがあまりにも突然の出来事だったため、部屋は一瞬にして静まり返った。ライラは少し落ち込んだ様子で俯いた。


「……失敗、しちゃったね」


「ですが、別に構いませんよ。また新しい方法を探せばいいだけのことです! この賢い私にかかれば、きっと何の問題もありませんから!」


「……うん! 二人で一緒にね! 兄さんなら絶対にできるよ」


ロルの自信に満ちた言葉に、二人は笑い合い、互いの手を強く握りしめた。


そして彼はこの機に乗じて『ハイム道具屋の日常手記』のページをめくり、ライラと一緒に読み進めた。


「そういえば、この手記にはここ一ヶ月の出来事がほとんど書かれていませんが。もしかしてこれからは、私が書くことになるんですか?」


「全部私が書いちゃったら、後で兄さんが読んだ時に親近感が湧かないかもしれないでしょ。どうせ兄さん、暇なんだし」


「あなたって子は……まあ、別にダメとは言いませんがね。でも、龍王祭の最後の部分は一体どう書けばいいんですか? 私の記憶はかなり曖昧なんですが。祭さんに書いてもらえないか聞いてみましょうか」


「それいいかもね。案外、兄さんより上手く書けちゃうかも」


「いやいやいや、いくらなんでも祭さんよりは私の方が上手く書ける自信がありますよ」


ロルとライラは互いに軽口を叩き合った後、声を合わせて楽しそうに笑い声を上げた。


彼らの笑い声は、古びた魔道具屋の中に温かく響き渡った。


この古びた魔道具屋の店名は『ハイム道具屋』という。その名の由来は、ある種族の伝統的な言葉から来ているらしく、彼らの言葉で「ハイム」は「家」を意味するのだそうだ。


龍王祭が終わり、春の百花が散り、夏の太陽が再び大地にエネルギーを注ぎ込む。新たな一年が、すでに幕を開けていた。


そしてこの『ハイム道具屋の日常手記』にも、今まさに、新たな筆跡が刻まれようとしている。

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