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69話:祭の手記4

(祭の視点)


「き、貴様……貴様は一体何なんだ……!?」


彼はついに理解した。この存在は、本気で自分を呑み込むつもりなのだと。単なる攻撃や制裁ではなく、「捕食」すること自体が目的なのだ。


しかも、アレは遊んでいる。少しずつ、確実に彼を死地へと追い詰めているのだ。


自尊心の高いオーランドにとって、そんな結末は絶対に受け入れられるものではなかった。


「願わくば高潔なる王よ! 貴方の最愛の命が進んで我が魂を捧げます! どうか私に、もっと――もっと無尽蔵の力を授けたまえ!!」


困惑と恐怖、そして狂気が入り混じった声で、オーランドは獣のように咆哮した。


その時、ライラが祭の傍へと駆け寄ってきた。オーランドがすべての呪いの人形を黒い影の迎撃に回したため、その隙を突いて彼女のもとへ辿り着けたのだろう。


ただ、少女の瞳には微塵の恐怖もなかった。それどころか、黒い影を見つめるその眼差しには、言葉で言い表せないほどの心配の色が滲んでいた。


「祭! 大丈夫!?」


「ライ……ラ? 私、私は大丈夫……だ、だけど、アレは……」


言葉がうまくまとまらない。この夜起きた出来事はすでに常軌を逸しており、頭がついていかなかった。どうしてライラは、あの悍ましい影に対して恐怖を抱いていないのか?


「体はまだ動かせる? この子がきっと助けてくれるから」


祭が首を横に振ろうとした次の瞬間、限界まで張り詰め、弱り切っていた身体に突如として暖かな流れが注ぎ込まれた。砕け散る寸前だった身体に再び力が漲り、祭は再び刀を握れると確信した。


今度は、ライラに支えられながら立ち上がった。だが祭が周囲を見渡しても、彼女の言う「この子」の姿はどこにも見当たらなかった。


「一つお願いがあるの。後で、ここの床を斬り裂いてくれない? 下にもう一つ空間があるから。私が先に下に降りて待ってる。あとは、兄さんを下に落としてくれればいいから」


彼女は地図を広げて祭の目の前に突き出した。確かに、そこには下層の空洞が記されていた。しかし、彼女の提案に驚いたというよりは、「兄さん」というその一言が、祭の心を激しく揺さぶったのだ。


「ちょ……待って、ライラ。あなた、何を言ってるの?」


「この戦いはすぐに終わる。兄さんが勝つよ。それに、止めないと、兄さんがオーランド神父を食べちゃうから」


少女のアメジストの瞳には冗談の色など微塵もなく、ただ絶対的な真剣さだけが宿っていた。対する祭は、頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるようだった。


(あの黒い影が――ロル?)


「あの黒い影が……あなたの……お兄さん?」


ライラは静かに頷き、小刻みに震える両手で、それでも力強く祭の手を握りしめた。


「今何を言ってもおかしく聞こえるのは分かってる! でも、本当に祭の助けが必要なの。兄さんを下に落としてくれるだけでいいから! 後は私に任せて! お願い!」


少女の紫色の瞳が祭の目を真っ直ぐに見据える。その揺るぎない眼差しには、ただ家族を守りたいという決意だけが込められていた。あいつが地下へ降りる前、自分に後を託した時の顔と、全く同じように。


今は問い詰めている場合ではない。


自分にできることを、全力でやり遂げる。チョコ隊長はいつもそう言っていた。


祭は一つ深呼吸をし、片手を自分の首筋のツボに押し当てると、もう片方の手でライラの手を握り返し、冷静に答えた。


「分かったわ、任せて。だけど……事後ちゃんと説明してくれないなら、お兄さんを呪い乱用の容疑で逮捕するからね」


「祭、ありがとう! 後で絶対に、全部ちゃんと説明するから!」


一方、傍らの戦闘も白熱化していた。オーランドの背後の触手は呪文の力で狂ったように増殖し、黒い液体が目尻からまで滲み出し、彼の本来の人の姿を少しずつ、完全に侵食し尽くそうとしていた。


しかし、黒い影はその足掻きを嘲笑うかのようだった。その異常なほど細い身体を激しく捩じらせると、背中から同じように黒霧を纏った触手を無数に生やした。なんと、オーランドの姿を真似てみせたのだ。


その光景に、オーランドは完全に呆然と立ち尽くした。


不意に、彼の脳裏に一つの情景が閃いた。自分でも予想だにしなかった、ずっと見下してきたはずの、あの辺境の教会の景色だった。


広々とした草原で、あの不器用で太った男が、子供たちと共に大声で笑っている。


自分が見下していたはずの、しかしひどく美しい光景。オーランドは虚ろに二度ほど短く笑い声を漏らし、直後、そのすべてをヒステリックな絶叫へと変え、黒い影の触手と真っ向から激突した。


両者の触手の鍔迫り合いは、ほんの最初の一瞬だけ互角に見えた。


しかしすぐに、黒い影の触手がより速く、より圧倒的な力で、オーランドをねじ伏せた。


ライラの言った通り、この戦いには最初から一切の公平性など存在しなかったのだ。


オーランドの触手が粉砕されると、黒い影は瞬時に肉薄し、彼の身体を地面へと叩きつけ、そのまま胸を踏みつけた。そして鉄槌のような拳を雨霰と振り下ろす。その凄まじい衝撃に、下水道全体が崩落しそうなほど揺れ動いた。最後の一撃が止んだ時、オーランドはすでに意識を失っており、身に纏っていた呪いの気配も霧散していた。


黒い影が手を伸ばし、オーランドの首を掴み上げようとしたその瞬間、祭は今こそがその機だと直感した。


彼女はあの憧れの背中を思い描き、心に巣食う恐怖を無理やり押さえ込むと、抜刀し、飛ぶような斬撃を黒い影に叩き込んだ。


黒い影の頭が、ゆっくりと不自然にこちらへ向いた。その異様な眼球が彼女をじっと見つめるが、祭に対して攻撃を仕掛けてくる様子はない。ライラの言った通り、目標以外の者への反応が極端に鈍いのだ。


あの不吉な瞳に見つめられるだけで、祭の心は激しい恐怖に鷲掴みにされた。


だが、もしこの黒い霧の下にいるのが本当にライラの兄なのだとしたら、彼女はこの一度に賭けなければならない。もう一度会いたいと願う、あの人のために。


祭の刀が鞘に納まり、呼吸が止まる。次の瞬間、鍛え抜かれた抜刀術が炸裂した。


黒い影は呆然と首を傾げていたが、その足元の床は先ほどの轟撃でとうに脆くなっていた。祭の一撃はその勢いのまま、地面を真っ二つに叩き割り、崩落させた。


祭は前方に宙返りし、黒い影の頭を蹴って飛び越えた。手持ちの黄色い結束バンドで意識を失ったオーランドを素早く縛り上げると、彼を引きずって反対側へと跳躍し、黒い影が下層の空間へと落下していくのを見送った。


下の空間はそれほど広くなく、高さは三メートルほどしかなかった。黒い影は身軽に着地し、即座に身を屈めて跳び上がろうとしたが、事前に床を破壊して下で待ち構えていたライラが、一歩踏み込んでその影の懐へと飛び込んだ。


「兄さん! もう十分だよ! 私たちの約束、忘れちゃったの?」


ライラが優しくその影を抱きしめると、少女の言葉を聞いた黒い影は即座に反応を示した。頭を抱え、左右に激しく振りながら苦痛に悶え始めたのだ。だが、腕の中にいるライラを傷つけるような真似は決してしなかった。


「戻……れ……!」


聞き慣れた声。掠れて途切れ途切れではあったが、はっきりと聞こえた。それは、祭が二度と聞くことはできないと思っていた声だった。


黒い影を覆っていた黒霧が次々と消えていく……いや、胸の炎に吸い込まれていくと言うべきか。しばらくすると、霧の中から漆黒の髪が現れ、祭の見知った輪郭が姿を現した。


胸元の炎が消え去った後、そこにはまるで刺青のような黒い紋様が刻まれているのが、祭の目に映った。


霧の中から姿を現したロルは、そっとライラを抱きしめ返した。だが彼の意識は長くは続かず、自分が抱きしめている相手を確認した直後、そのまま気を失ってしまった。


「お疲れ様、兄さん。ゆっくり休んでね」


少女は兄の背中を軽く叩きながら、優しくそう囁いた。


その光景を、祭は生涯忘れることはないだろう。彼女は何も言葉を発することができず、ただ頭上から、このあまりにも不思議な兄妹の姿を見つめることしかできなかった。


こうして、この龍王祭の騒動は、唐突かつ不可思議な形で幕を下ろしたのだった。

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