3話:ハイム道具屋
「まずは自己紹介からですね。私はライラ・マフィロと申します、よろしくお願いします。そしてこちらが私の兄です」
少女は背筋をピンと伸ばし、冷静でありながらも礼儀正しい口調でそう言った。
「ロル・マフィロです。苗字が同じなので、名前で呼んでくれれば構いませんよ」
青年は笑みを浮かべて補足したが、その眼差しにはどこか気怠げな色が混じっていた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
中町区の外れにひっそりと佇むこの三階建ての古い木造家屋は、エイブダムで営業している一件の道具屋である。
店名は『ハイム道具屋』。その由来は、ある種族の伝統的な言葉で「家」を意味する「ハイム」から取られたものだという。
外壁の大部分は「棲賽季」と呼ばれる薄緑色の蔦に覆われている。季節の移り変わりに合わせて色を変えるというその蔦は、初夏を迎えようとしている今の時期、まだ爽やかな薄緑色を保っていた。
三階建てとは言っても、実際は二階建てに屋根裏部屋がついているだけだ。そんな大げさな「三階建て」という謳い文句は、十中八九、当時の悪徳不動産業者のセールストークだろう。建物は古く、立地も中途半端。もし無理にでも長所を挙げるとすれば、せいぜい横に小さな駐車場が併設されていることくらいだ。
エイブダムという都市は、大きく「上町区」、「中町区」、「下町区」の三つのエリアに分かれている。
上町区は都市の中心部に近く、各国のトップ企業が進出しているエリアだ。衛生面も治安も一流で、非常に繁栄している。身も蓋もない言い方をすれば「金持ちが住む場所」である。
中町区は都市をぐるりと囲む橋脚を中心に発展したエリアで、エイブダムの住民の大多数がここで暮らしている。そのため、様々な国から来た人々と店がひしめき合っており、賑やかさだけで言えば上町区にも引けを取らない。
下町区は中町区のさらに外側に位置し、主に漂流者や傭兵、そしてスラム街で構成されている。ここは実質的にエイブダムの都市範囲には含まれておらず、衛生や治安の悪さは推して知るべしといったところだ。
そしてこの道具屋は、よりにもよって中町区と下町区の境界線という微妙な場所に位置している。車を使わない場合、中町区の繁華街まで歩いて二十分もかかり、駅へ行くなんてもってのほか。治安も比較的緩いため、どう見ても店舗を構えるのに適した場所ではない。
この道具屋が他と違う点があるとすれば、魔道具の販売以外に、どんな「依頼」でも引き受けるという裏稼業を行っていることだろう。
いささか荒唐無稽に聞こえるかもしれないが、少なくとも依頼を受けるかどうかの決定権はロルにある。危険すぎる依頼や違法な依頼は、当然ながら拒否することができた。
一年前にこの道具屋を引き継いだばかりの頃は不安も大きかったが、働き始めて一年も経てば、ロルもすっかりこの生活に慣れきっていた。
立地の悪さゆえに、普段は客などほとんど来ない。一日の大半はかなり暇を持て余している。
意外な点があるとすれば、たまに舞い込んでくるその依頼が、想像以上に面白いということくらいだ。
店舗の一階が主なスペースとなっている。自由に動かせるショーケースと本棚に少しだけ商品が並べられており、その多くはアクセサリーや護符といった生活用の魔道具だ。種類は少ないが、これでも一応、細々とした客足は保証されている。
狭いカウンターの横には、古い革製のソファが二脚置かれている。これはロルがわざわざゴミ捨て場から拾ってきたものだ。誰かの不用品とはいえ、もとは高級な革が少し破れていただけで、持ち帰って簡単に修繕し、綺麗に磨き上げれば十分に使えた。
向かい合わせに置かれたソファの片方にはロルとライラが座り、もう片方は依頼人のために空けられている。
実際のところ、店舗にしては並んでいる商品があまりにも少なく、「お粗末」と表現してもいいレベルだが、これにはちゃんと理由があった。
時刻はちょうど九時を回ったところ。サラリーマンが仕事を始め、夏休み中の学生たちがそろそろ目を覚ます頃合いだ。
中町区の外れに、突如として「ドカン」という轟音が響き渡り、騒がしい一日の幕開けを告げた。




