12話:連邦警察の依頼
最低限の観察を終えたロルは、振り返ってライラに「安全」のサインを送ると、平静を装ってカウンターへと戻った。
ドアが押し開かれた瞬間、ロルは完璧な営業モードへと切り替わり、自慢の営業スマイルを浮かべて声をかけた。
「ハイム道具屋へようこそ。本日は魔道具をお求めでしょうか? それとも、何かお悩みのご依頼ですか?」
「おお、噂通り本当に営業を再開していたか。いやあ、懐かしいな」
店に入ってきた男は、周囲を珍しそうに見回しながらカウンターへと近づいてきた。その枯れたような、それでいて渋みのある声には聞き覚えがあったが、どうしてもどこで聞いたのか思い出せない。
(昔の常連客でしょうか? もしそうなら、絶対に逃すわけにはいきませんね。かつての常連客の心に良い印象を残せれば、再びリピーターになってくれる確率も大幅に上がりますから)
ただ、連邦警察が持つ豊富なリソースを考えれば、こんな辺鄙な小さな店から得るべきものなどあるのだろうか?
魔道具か? それとも、依頼?
「チョコ隊長、私はこのようなボロ店の助けを借りる必要はないと考えます。この事件は、あなたと私がいれば二人だけで十分解決できるはずです」
男の後ろについてきた女の口調は冷たく硬かった。
しかしその言葉は、ロルにとってはむしろ聞き慣れた評価だった。ひどく失礼な言い草ではあるが、間違いなく事実でもある。
女の言葉を聞いた男は、困ったように片手でヘルメットのシールドを押さえた。
「祭、何度も言ってるだろう。そんな言い方をしてはいかん。ここはボロ店なんかじゃない、立派なプロフェッショナルだ。すまんな、この子に悪気はないんだが、ちょっと言葉が……」
(直球すぎる、というやつですね)
ボロ店呼ばわりされたのは確かに面白くないが、ロルとしては彼女の言うことも一理あると思っていたし、プロの接客業として、いちいち客の言葉に腹を立てるつもりもなかった。
「お気になさらず。当店の立地は元々辺鄙ですし、店舗自体もかなり老朽化しています。そう思われるのも無理からぬことですよ」
「いやいや、ご謙遜を。元はと言えばこちらが失礼を働いたのだ。祭、お前も早く謝りなさい。俺はいつも言っているはずだぞ。市民の信頼あってこその我々の仕事なのだと。市民に敬意を払うことすらできなくて、どうして立派な警察官になれるというんだ」
その説教じみた口調から察するに、男はそれなりの年齢と地位にあるのだろう。ロルは、女の性格からして反発するのではないかと思っていたが、彼女は男に注意されるや否や、一切の不満を見せずに即座に九十度の綺麗なお辞儀をして謝罪した。
「申し訳ありません、先ほどは私の失言でした。後日改めて、正式にお詫びに伺うことをお許しください」
突然のあまりにも律儀な謝罪に、ロルは女の性格がますます分からなくなってきた。
「えっと……そこまでしていただかなくても結構ですよ――それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、そうだった。実は君たちに依頼したいことがあってね」
「チョコ隊長……? なんだかどこかで……あっ――」
傍らで観察していたライラは、女が男を呼んだその名前を聞いてからずっと考え込んでいたが、不意に何かに気づいたようにロルの耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。
「兄さん、もしかしてあの人、あのチョコさんじゃない? 『ロズワナ大橋事件』の英雄の」
ライラのその言葉で、ロルもようやく思い出した。エイブダムには「チョコ」という名を持つ、非常に有名な人物がいる。
しかも、そのチョコはまさに連邦警察に所属しているのだ。
ロルとライラの視線の変化に気づいたのか、男は少し気まずそうに隣の女を振り返った。
「もしかして、もうバレてしまったかな。今回の変装は結構いけてると思ったんだが」
「チョコ隊長、だから以前から申し上げていたではありませんか。いくら服を着替えても、名前の代わりに暗号を使わなければ、すぐに身元がバレてしまうと」
「うむ、どうやらそのようだな。勉強になったよ」
二人のやり取りは、ライラの推測が正しかったことを決定づけた。ロルが感じていた既視感も気のせいではなかったのだ。
すぐに気づけなかったのは、普段テレビで見るチョコは、常にアイロンのかかったパリッとした連邦警察の制服を着ていたからだ。
まるで傭兵のような格好をしたチョコは、頭のヘルメットをゆっくりと外した。オールバックに撫でつけられた白髪、風雪に耐え抜いてきたことを物語る数多の傷跡とシワが刻まれた顔。彼はニュースのインタビューでよく見せる、あの豪快な笑顔を浮かべた。
「バレちまったもんは仕方がない。単刀直入に言わせてもらおう。若者よ、我々はある事件の捜査を君たちに依頼したい。時間は空いているかな?」
今回の依頼人は、エイブダムにおける連邦警察の『生ける伝説』――チョコだった。




