11話:あと25日
龍王祭まで、残り二十五日。
今日も夏が近づいていることを誇示するかのように、太陽は早くから空高くに昇っていた。
マリーナさんと「月に依頼三件」の約束を交わしてから、すでに五日が経過している。
この数日間の光景は、ほぼロルの予想通りだった。客足はまばらで、たまに生活用の魔道具を買いに来る人がいなければ、果たしてこの店がまだ世間に認知されているのかさえ疑わしくなるレベルだ。
最初は三件の依頼くらいなんとかなると高を括っていたロルも、今ではそのノルマがもたらす重圧をじわじわと感じ始めていた。
全く依頼が来ないわけではないのだが、犯罪や違法行為に絡むものは、すべて彼が自ら断ってしまっているからだ。
マリーナ自身は違法な依頼を受けることに対して特に反対はしていなかったが、それでもロルは極力そういったものには関わらないようにしていた。
なぜなら、犯罪絡みの依頼は必ずと言っていいほど後腐れが悪いからだ。もし万が一、相手から「もっと協力しろ」と脅されでもしたら、抜け出すのは至難の業だ。
最悪の場合、警察が店に乗り込んでくる可能性だってある。そうなれば、自分たちは完全に終わりだ。
「難しいですか?」
ロルは湯気の立つホットミルクの入ったマグカップをカウンターに置いた。
「ありがとう、兄さん。すごく難しいよ。薬草は乾燥すると匂いも色も飛んじゃうから、花びらの形でしか見分けられなくなるの。しかも、水に溶かした時の効果がそれぞれ違うから、覚えるのが本当に大変」
「聞いているだけで頭が痛くなりそうですね。でもまあ……ライラなら絶対に大丈夫ですよ」
最近のライラは、毎日大半の時間をカウンターで過ごし、夏休みの宿題とマリーナから出された課題に取り組んでいる。たまに魔道具を買いに来る客がいれば立ち上がって接客するくらいだ。
彼女が何度も眉間にシワを寄せている様子から察するに、先ほど言っていた「乾燥薬草」の分類に本当に苦戦しているのだろう。
そもそも、ロルがライラを店で働かせることに反対していたのはこれが理由だった。この仕事は暇な時間が多すぎるため、大抵の時間は自分で何かすることを見つけなければならないのだ。
まだ若く、学生でもあるライラには、もっと「青春」というものを謳歌してほしかった。とはいえ、青春の定義は人それぞれだ。もしこれがライラ自身の選択であるならば、兄としてはもう何も口出しするつもりはない。
これほど熱心に勉強している彼女の邪魔をするわけにもいかず、今日のロルもまた、ソファに寝そべってはどうやって依頼を獲得するかウンウンと頭を悩ませていた。
なにしろマリーナにあんな大見得を切ってしまったのだ。もし達成できなかったら、マリーナに文字通り殺されるかどうかはさておき、何よりもライラにがっかりされるのだけは絶対に避けたかった。
(どうやら、本腰を入れて依頼を増やす方法を考えないといけないようですね。とはいえ、一体どうすれば……)
ロルが知恵を絞っていると、不意にライラの耳がピクリと動いた。
「兄さん、お客さんみたいだよ」
亜人であるライラは、常人とは比べ物にならないほど優れた聴覚と嗅覚を持っている。ロルは慌てて立ち上がり、店内の木枠の窓から外を覗き込んだ。
最初は狭い駐車場には誰も見当たらなかったが、やがてロルの耳にもその音が届いた。重厚な大型バイクが道路を走る轟音だ。
間もなくして、漆黒の大型バイクが颯爽と駐車場に滑り込み、エンジンを止めた。バイクには二人の人物が跨っていた。
ヘルメットで顔は隠れているが、体格と服装からして男女の二人組であることは一目で分かった。
大柄で筋骨隆々な男は豪快な足取りで歩き、一方の小柄な女の歩き方からは、一目で厳格で規律正しい雰囲気が伝わってくる。
だが、そんなことよりも重要なのは、女が身に纏っているその服装だった。それは彼らの素性を明確に示していた。
(連邦警察……どうしてこんなところに?)
連邦警察は、エイブダムに存在する数少ない専属の公的機関だ。八ヶ国の企業のいずれにも属さず、エイブダムの法規のみを遵守して設立された、各企業を牽制するための組織である。
八ヶ国の企業を牽制するという目的を除けば、普段の業務は一般的な警察と何ら変わりはない。
だが近年、八ヶ国の各企業がこぞって自国の息のかかった人間を連邦警察に送り込んでいるという噂がある。本来は自分たちに都合の悪い事件をもみ消すための布石だったのだろうが、各国が送り込んだスパイの勢力バランスが見事に釣り合ってしまった。
結果、どの国も手出しできない膠着状態に陥ってしまったらしい。結果として連邦警察の組織力は全体的に底上げされ、より強固に各国の企業を牽制できるようになったというのだから皮肉な話だ。
そんなとんでもない訪問者が、まさかこの店にやってくるとは。
連邦警察の象徴である白い制服のコートを、女は一糸乱れぬ様子できっちりと着こなしていた。赤いネクタイまでしっかりと締めており、まるで雑誌のインタビューを受けるエリート警察官そのものだ。
(見ているこっちが暑苦しくなるな……)
制服のサイズ感からして、女はかなりスレンダーな体型をしているようだ。しかし、腰の後ろからふさふさとした黒い尻尾が垂れ下がっているのを除けば、彼女の腰に帯びられた身の毛もよだつような太刀が、彼女が連邦警察において決して「頭脳労働担当」ではないことを間接的に証明していた。
一方、隣に立つ男は黒い半袖のスポーツインナーを着ており、露出した太い腕にはくっきりと浮かび上がる筋肉と無数の傷跡が刻まれていた。誰が見ても、この男が相当な修羅場を潜り抜けてきた歴戦の猛者であることは明らかだ。
黒いズボンにはホルスターに入った拳銃が見える。全体的な出で立ちは警察官というより、むしろ傭兵に近い。だが、ロルはなぜか、この男の顔――いや、雰囲気をどこかで見たことがあるような気がしてならなかった。
先ほどまで「ちょっとくらい違法な依頼でも受けるべきか」と悩んでいたロルにとって、このタイミングでの警察の訪問は心臓に悪すぎる。
(やはりお天道様はしっかりと見ているのですね。違法な依頼には絶対に手を出さないことにしましょう)




