16. 不安定な気持ち
「長崎だったら、まずはチャンポンとカステラかあ。うん、悪くないね。オススメのお店に連れて行ってよねキナコ」
「うん、それはいいんだけど、まだ年末まで何ヵ月もありますからね? ちょっと気が早いんじゃないかな」
ある日の夜。私はお風呂場でキナコの髪を丁寧にシャンプーしてあげつつ、遠い長崎、キナコのふるさとに思いを馳せていた。
もう少し日程が近づいたら、着ていく服とか手土産とか、色々考えないとなあ。
「ちなみにつばめちゃん、うちの実家は、長崎県の中でもちょっと北の方の、佐世保ってとこなんです。大きな米軍基地とかがあって、ハンバーガーが名物なんですよ」
佐世……保? なんか、聞いたことあるような無いような。
「へえ、佐世保ねえ。今度色々調べてみるよ」
キナコの髪をシャワーで流しながら、私はいまいちぼんやりしていた。
「あ、それならつばめちゃん、佐世保の街は私にいっぱい案内させて下さい。あんまり先に調べるのはダメだよ」
キナコはまだ泡の残った髪で、いたずらっぽく笑った。
泡をきれいに洗い流してあげると、最近少し髪が伸びたのか、付け根の方がキナコ色ではなくなってきているのが目立つ。
「あれ、キナコ。そろそろ美容室行った方がいいかもよ? きちんと染め直さないと、お仕事に影響あるんじゃない?」
何せ、売れていないとはいえ、一応プロのモデルさんだもんね。
私に言われてキナコは、お風呂場の鏡で自分の髪の根元を見ようと四苦八苦している。
「うーん、よく見えないですけど、つばめちゃんがそう言うなら。じゃあ、次はどんな色に染めてみようかなあ」
は?
私は唖然とした。
「いやいやいや……キナコはかわいいから、どんな色に染めても、そりゃかわいいよ、かわいいしかないよ。でもね、あくまでも私の個人的な希望だけどね、今のきな粉色のまんまの方が、やっぱりキナコっぽいっていうか、一番かなあって」
もしピンクやら青やらの奇抜な色に染められてしまったら、私が撫で撫でタイムになんだか落ち着かないじゃないか!
キナコは慌てた様子の私を見て、久しぶりに猫のように目を細めている。
「……ふーん、やっぱりこの色じゃなきゃだめなんですね。なーるほど、つばめちゃんって結構、相手に自分の好みを押し付けるんだあ。まあ、そりゃそうですよね。だって女の子をペットにするような人ですもんね」
……なーんか、嫌な言い方。
「べ、別にそういうんじゃないよ。私の好みをちょっと言ってみただけだし。キナコの髪なんだから、キナコが勝手に好きな色に染めたらいいじゃん」
あ……なんか、私も嫌な言い方しちゃったな……。
しまった、と思っていると、キナコは急に裸のまま立ち上がって、こちらを睨み付けてきた。
ちょうど中腰になっていた私の目の前にキナコのプリティーなお胸がドンと現れる。
初めて見る、キナコの威嚇のポーズ!
「だったら、明日ピンクに染めてきますからね! ……つばめちゃんが私を、まだ猫みたいに思ってるのか、ちゃんと恋人だと思ってるのか、よくわからないよ! ていうか、こんな時までおっぱいばっかり見ないで下さい!」
あ……そういうことか。
私が昔の猫のキナコと同じ色にして欲しくて、きな粉色にこだわってると思われちゃったんだな。
ちょっとした嫉妬っていうか、未だにペット扱いっていうか、そういうので嫌な気分にさせちゃったのかな。
ていうか、そのおっぱいはむしろ、キナコが見せつけてきたんじゃないか。
キナコはプリプリしながらお風呂場を出て行った。
髪から跳ねた雫が、私の顔にかかる。
……でも、私の言い方が悪かったにしても、ちょっと怒りの沸点が低くない?
なんか、ムカつくな。
と、思った私の怒りは、わずか三分しか続かなかった。
キナコがロフトに逃げ込んだのを見て、あれ、これはもしかして、今日はもうイチャイチャ無しなの? と寂しさが押し寄せてきたのだ。
よくよく思えば、キナコと険悪なムードになったのなんて、最初に出会った日以来かも。
二人のケンカ記念日だと思えば、ちょっとこんな出来事も愛おしく感じるな。
私はそのまま何も言わずキッチンに向かい、棚からホットケーキミックスを取り出した。
「う、うまあ! ずるいですよつばめちゃん! わたし怒ってたのに! クッキーの匂いはずるい!」
手際よくホットケーキミックスで作ったクッキーは、全てハート型にしておいた。
私からの、愛の証だからね。
オーブンでお菓子を焼く匂いは、部屋中にただようから、やっぱりキナコはそれに耐えることはできなかったみたいだ。
結局、ペットは食べ物で釣るのが一番だな。
そして、ここから一気に流れを掴む!
私はにっこりと笑ったまま席をたち、まんまとトラップにかかってクッキーを貪っているキナコの腕をつかむと、そのまま床に押し倒した。
「はあ、はあ……。ず……ずるいよ、つばめちゃん……。こんなの、もう怒れないじゃん……」
私からのいわゆる、夜のお仕置き、によって、キナコは裸のまま息も絶え絶えになった。
飼い主の大勝利である。
いや、ちょっとしたケンカがある意味スパイスになって、逆にちょっと盛り上がってしまったな。
「キナコ、さっきはごめんね? 大好きだよ」
正直、クッキーを作っていたあたりで、何のケンカだったかもさっぱり忘れてしまったが、一応謝っておく。
「うん、わたしもごめんねつばめちゃん。なんか最近わたし、先代猫のキナコ先輩にも嫉妬しちゃうんです。比べられてないかな、とか、どっちの方が大切なのかな、とか」
キナコは、本当にしょんぼりした顔で、私にぴったりくっついてくる。
「前のペットだって、大切な家族だったから、どっちが好きとかは言わないよ。でも、今の私にとって一番大切なのはキナコだし、これからの私の人生でそれは、ずーっと変わらないよ」
キナコは私の胸に顔をうずめ、むにむにしながらうなずいた。
「わかってます。わたしもです。……つばめちゃん、さっきは嫌な感じになって、本当にごめんなさい」
私のおっぱいの中から、キナコの謝る声がする。
私はキナコの顔をずいっと胸から離し、2回キスをした。
「いいって。嫌な気分にさせちゃって、私もごめん。……私の嫌なところとか、本当はこうして欲しいとか、隠さないで言ってね。私、頑張って直すし」
とりあえず、今回の反省は……えっと、なんだっけ。
まあ、次回から反省する、ということで。
「じゃあ、わたしのことを、もっと好きになって欲しいです」
キナコは、何度も私にキスを繰り返しながら、苦しそうな目で言った。
「え? 今でもめちゃくちゃ大好きなのに、大丈夫? キナコは私の愛に耐えられるかなあ?」
私がふざけて言うと、キナコは私を力いっぱい抱き締めてくれる。
「もっと、もっと好きになって下さい。全然、まだまだ全然足りないよ。もっと、いっぱいいっぱい好きになって欲しいです。ずっとずっと、もっともっと、わたしを愛して下さい」
キナコは言いながら、抑えきれないように、何度も、好き、好き、とうわ言のように繰り返して、わたしにキスを続ける。




