15. ペットの方言
仕事を終えてアパートに帰ると、珍しくキナコが迎えに出てこなかった。
なんだか寂しい気持ちになっていると、リビングの方からキナコの声が聞こえる。
ま、まさかこの私達の愛の巣に誰かを連れ込んでたりとか?
私は音を立てないよう、抜き足差し足、慎重にリビングに近づいていった。
「……から! 本当だって! そがんことなか! ……ばってん、怖かもん。もし断られたら、どがんすっとよ……」
あ、久しぶりのキナコの方言。
地元の人と電話中だったか。
まあ、浮気じゃないのはわかってました。
玄関にキナコの靴しか無かったし。ていうか、私達ラブラブですから。
私は、ガチャりとリビングのドアを開けて、でも電話の邪魔にならないように声は出さず、ハッとこちらを向いたキナコに手を振っておいた。
キナコはちょっと困ったように笑いながら、こちらに手を振り返す。
「ねえ、今その人が帰ってこらしたけん。電話一回切るよ? どうせまだ先の話やろ? ……だけん、ちょっと待たんね……」
私は、あら気にしないでいいのよウフフ、といった素振りでスーツを脱いだりしていくが、耳は全身全霊でキナコの方に向けている。
方言をもっと聞きたい、という気持ちが半分。相手が誰なのか、何の話なのか、と気になっているのが半分だ。
「……わかった。わかったってば。……うん、聞いとくけん。……もう、わかったって言いよるやろ、そがんこと言わんでよ。……うん、うん。……うん、また。」
キナコはため息をつきながら電話を切ると、私の方に駆け寄ってきて、力なく私の腰に抱きついた。
「つばめちゃん、おかえりなさーい……」
なんとも元気のない声。
私はキナコの頭を撫でつつ、にっこり笑った。
「ただいま、キナコ。電話は地元のお友達? なんか、大変そうだったけど」
「いや、お母さんです。……つばめちゃん、今日ごはんの後、ちょっとお話いいかな?」
なにか深刻そうな表情のキナコ。
これは……よくわからないけど、夕飯はちょっと頑張って、キナコの好きそうなメニューにしてやるか。
「はああ! うんまあ! なんで、なんでわたしがグラタン好きなの分かったんですか? うまあ……」
よし、楽勝。
グラタンが嫌いなやつなんていないからね。ちょっとシーズンオフの料理だけど、最近少し涼しくなってきたし。
マカロニと混ざった、こってりのホワイトソース。たっぷりかけたチーズにほどよい焦げ目。
「チーズすごい……おいしか……」
ふふ、ちょっと方言が残ってるキナコ、かわいかかわいか!
「で、さっきの話って?」
食事を済ませ、紅茶を淹れてから話かけると、キナコはだらんと私にしだれかかりながら、またため息をついた。
「あー……いや、うん、ちょっとちゅーしてからにします」
思い付いたように、キナコは私の顔を押さえてキスをした。
私が何か言おうとすると、またそれをすぐ自分の唇でふさいでくる。
ほほう、そっちがその気なら、こちらにも考えがありましてよ。
私はキナコをソファーに押し倒すと、馬乗りになったまま笑顔でキナコの服を脱がしにかかった。
「……はあ、はあ、参りました……」
一戦終え、顔を赤らめたままのキナコから、敗北宣言を引き出した。
付き合い始めた当初は、私も初心者ゆえにいろいろと力量不足を感じていたが、最近ではもはや、キナコの夜の弱点はほぼ完全にマスターした自信がある。
しかし、やっぱりキナコはかわいいなあ。かわいいしかない。
ただの美人は三日で飽きるというけど、キナコのかわいさは不滅。永遠。
かわいすぎるから、続けてもう一戦もアリだなこれは。
「わああ、言います! ちゃんと話しますから、ちょっと休憩させてよ!」
一戦終えて息も絶え絶えになったキナコは、次なる攻めを再開しようとした私の腕を押さえて、ついに観念した。
ていうか、キナコは一体何と戦っているのか。
そもそもキナコから話があると言ってきたくせに。
軽く服を着なおしてから、もうすっかり冷めた紅茶で喉をうるおし、キナコは話を始めた。
「……さっき、お母さんと電話してたんですけど、最近私がお金の無心をしてこないから、逆に心配になったみたいで。……ほら、夜のお店で働いてるんじゃないか、みたいな」
ああ、私と暮らすようになってからは、そりゃお金はあんまりいらなくなってるもんね。
……実質はヒモだから。
「それで、その、今は恋人、女の人と暮らしてるから、お金には困ってないって言ったんですけど」
ほうほう。確かキナコのご両親は、キナコが同性愛者だってことは知ってるんだもんなあ。
しゃべりづらそうにしているキナコの頭をゆっくり撫でて、私は無言で話を促す。
「ほら、なんというか、そういう相手にお金で迷惑をかけるような生活は、結婚できるわけでもないのに、ダメだよって言われちゃって。いや、そりゃそのとおりなんですけどね」
「私は一切、迷惑だなんて思ってないからね。ていうか、実質結婚だと思ってるから私は。扶養だからねこれは」
力強く宣言する私に、キナコは遠慮がちにキスをプレゼントしてくれる。
「……で、売り言葉に買い言葉っていうか、わたしも、その、実質結婚してるようなもんだからって言ったんですけど……そしたら、その、相手を連れて挨拶に来なさいって」
おお、まあそりゃそうか。
お母さんたちからしたら、かわいい娘をとられるっていうのは、相手が男でも女でも一緒だもんね。
「いいじゃん、ちょうどそっちのご両親にも挨拶行きたいと思ってたしね。で、いつ頃がいいかな?」
私の言葉に、頭を撫でられたまま、キナコはふんわりと笑った。
「……ふふ、つばめちゃんのこういうとこ、本当に大好きです。わたし、もし断られたり、そのことでギクシャクしたら怖いなあって、少し不安だったんですよ。いつも、悩んでたのがバカらしくなるんだよね」
へへ、おバカな猫ちゃんだなあ。
キナコの実家に行けるなんて、私からすれば、いわゆる聖地巡礼みたいなもんだからね。
「キナコは変なとこで気にしすぎだよ。私がいかにキナコを愛してるか、まだあんまり伝わってないのかな? ……お母さんたちに、きちんとご挨拶させてくださいって、伝えておいてね」
キナコは、またふんわり笑って、そして押さえきれないように、また私にキスをした。
「うん。……つばめちゃん、大好き。」
まったくもう、かわいすぎるのは罪だよキナコちゃん。
「で、年末年始で実家に帰ろうかと。だから……つばめちゃん、そのとき、一緒にうちの両親に、挨拶に来てくれますか?」
ちょっと照れたような表情で上目遣いになるキナコ。
あざとい。そしてかわいい。
「もちろん。ありがとうキナコ。私をご両親に紹介してくれて。……それじゃあ、年末なら、早めに飛行機予約しないとね。いや、長崎行きってそもそも飛行機の便はあったかなあ」
次なる我が家の旅は、キナコの地元ツアーになりそうだ。
……いや、さすがにまだ気が早いか。
明日も最高気温は30℃くらいだって、天気予報も言ってたしね。




