0499 極端の誕生
趙明意が青崖山で山民たちを組織したことは、この次元ではすでに誰かが行っていた。盧安が初めてドラム世界に入った時、|演変《演変》は一度|演変《演変》将校を投入したが、結果は芳しくなかった。|演変《演変》の言葉を借りれば。「状況が崩壊した、元一!すべて君が指示を聞かず、独断で人員を撤退させたせいだ」
|演変《演変》の言う崩壊は、科学技術の面での崩壊ではない。|演変《演変》将校が残した技術はいまだにそれらのドラムシップ内に留まっている。崩壊したのは技術を掌握する人々だ。科学と技術の発展方向は、もはや検証や探求ではなく、欲望を満たすことになった。一部の船内では、文明の崩壊現象が非常に深刻である。
人食いの習性は、人類が古来より持つものだ。周口店の北京原人を例にとると、発掘された頭蓋骨の数とその他の骨格の数の比率が不自然で、しかも頭蓋骨の破損の仕方が東南アジアの人食い人種が頭蓋骨を叩き割る際の破損形態と一致している(注。北京原人は現生人類の直接の祖先ではない)。見ての通り、遠い昔、人類がまだ何も理解していなかった時代、人食いに関して善悪の定義など存在しなかった。人間はある種の社会性動物と同様に、同類が死ねば口をつける。例えば狼などの社会性動物がそうである。
人食いが一歩一歩、道徳的に最も低い行為と定義されるようになったのは、それが本質的に遅れた行為だからだ。人類はほんの少しでも進歩を遂げると、自分たちと他者との差異を区別しようとする。明らかに、人食いをしない部族の方が進歩の速度は速かった。そして、善悪の基準はそのようにして徐々に形作られていったのである。
しかし、この是非の基準は地球上で挑戦されたことがないわけではない。春秋戦国時代には、「子を易えて食う」という行為がこの是非の基準への挑戦だった。大航海時代には、船の食料が尽きた際にも、同様の状況が発生した。しかし、こうした道徳の最後の一線を挑戦した者たちは、皆心の中でこれが誤りであると認めており、困難な時期を乗り越えた後は、誰もその記憶を再び口にしようとはしなかった。だからこそ、この是非の基準は依然として揺るぎないものとして存在しているのだ。
だが、東晋という歴史時期には、本当に生存に困窮してではなく、この道徳の底線に挑戦した人々がいた。例えば、隋末の諸葛昂と高瓚という二人の人食い魔だ。この二人は士族でありながら、人を食らう際に制止されず、最後に完全に敗北したときにだけ懲戒された。もしこの二人のろくでなしが後で敗北せず、惨烈な末路を後世に示すことなく、天寿を全うしたなら、彼らは道徳基準への挑戦に成功したと言えるだろう。その後の士族たちは、自らの放蕩不羈を誇示するために、まねて人を食らったことだろう。社会では、何かが外からの制止を失うと、当たり前のものになる。例えば、二十世紀には同性愛を蛇蝎のごとく避けた大英帝国が、二十一世紀には腐国になった。
変革の時期には、どの世代も自らの思想を掲げ、前の世代の思想を旧思想と叫ぶ。しかし自分が老いると、今度はさらに新しい世代にとっての守旧派になる。天道は巡り巡るものだ。
中国の20世紀末における各世代の思想の変遷を例にとると、80年代の中国人はアメリカや西洋のすべてが良いと考え、「桜を落とす神斧華盛頓」や「アメリカの富裕層は遺産を慈善事業に喜んで寄付する」といった話が、当時国内の思想に衝撃を与え始めた。彼らは非常に勇敢に前の世代に挑戦し、自分たちだけが目を見開いて世界を見たと頑なに信じていた。その結果、90年代と00年代に生まれた中国人は、それを膝に根が生えたような遅れた思想と見なした。
もちろん、九十年代やゼロ年代生まれの人々はまた新たな世代の軽蔑に直面する。中国が自国主導のグローバル協力体制に入ると、二十一世紀の新世代からは、何でも製造できることは誇るに足らず、ただ世界のために働いているだけであり、より多くの業界のトップに立ち、それらの業界の最高技術を掌握することこそが先進的だと見なされるようになる。二十二世紀に入ると、地球上の各工業国の大部分の材料学と工学は限界に達し、各国は量の変化が質の変化を生むことを期待するしかなくなり、その結果、思想は再び変化し、さらに新たな工業思想が現れる——業界標準を掌握してリーダーになることなど何でもなく、工業体系全体の生産量を拡大し、人類が完全に宇宙へ踏み出すのを支え、宇宙で生産と生活を拡大する「星辰大海」の夢こそが最も先進的であると。
ある世代が前の世代に反発する芝居、ある世代が前の世代を古臭いと思う芝居が、地球の中国でまさに繰り広げられている。正しい基準は絶えず変わってきた。社会が追求する指標がたえず前進してきたからだ。ただ二十一世紀に入ってから、地球の指標は探求と発展の方向へ向けられていた。
しかしこの時、大渦巻き区域のこれらの回転世界における指標は、一貫して個人の強大さ、自由、悠然とした方向へと向けられてきた。そしてこの指標を立てる過程で、荊州という接頭辞のついた回転世界では、人肉食が堂々と上流社会に登場している。
この天下では、七百年前に元首(演変将校)が現れてから、蒸気機関の加工と生産の時代を開き、人類の兵器の生産量は急増した。兵士たちは工業的に鍛造された火縄銃と銃剣で、旧勢力を圧倒した。
しかし、旧勢力は完全に打ち砕かれたわけではなく、新興貴族の中に溶け込んだ。これは、工業時代の新興勢力が旧時代の思想を捨て去らなかったからである。荊州という場所は、日本の明治維新のように、古い世家大閥と新たな権力貴族が融合して新しい貴族となった。一般の兵士は火縄銃と銃剣を用い、世家大閥の子弟はより新型の鎧を身にまとい、蒸気ハンマーで鍛造した刺突剣を手に、一般人を指揮する。
世家は相変わらず世家である。初期の工業革命後も、世家という階層は依然として大量の資源を占有し消費し続け、社会内での自己優位性を確立した。社会構造は変わらなかったが、支配階級は堕落し始めた。この七百年の間に、代々の貴族の安定に伴い、道徳基準が激変した。
第一代の元首、つまり演変士官たちの上層部は、平民から出た新興貴族を受け入れたため、平民を比較的重視していた。彼らが言う「天下の蒼生」には、平民も含まれていた。
元首が去った後の最初の百年で、社会は等級に分かれ、「望門」と「寒門」に分かれた。
二百年後には、望門の内部でも等級分けが始まり、寒門ももはや最下層ではなくなり、最下層は平民となった。
三百年後には、数代にわたって平民だった者はすでに「賤民」となっていた。社会で賤民が死ぬことは、冬に猫や犬が凍え死ぬのと同じくらい当たり前のことだった。ただしこの時期、社会の望族が賤民を殴り殺しても、やはり不仁義だと非難されることはあった。だから賤民を殴り殺す際には、新聞社に報道を禁じ、自分の名声の羽根を汚さないように命じることが多かった。
しかし400年目になると、世家中の子弟たちは、賤民を殴り殺しながら隠して報告しない偽善者行為を非常に軽蔑するようになった。そのため、彼らは直接賤民を殴り殺し、隠すことを不屑とし、この世の世俗的な罵倒さえも不屑とした。「どうにもできないだろう」という風流洒脱な態度が社会で流行し始めた。
500年目になると、堂々と故意に賤民を殴り殺すことは、もはや風流洒脱とは見なされず、むしろ軽率な行為の表れとなった。しかし、これは平民にとって良いことではなかった。550年目になると、ある家族が霊獣の生産量を高めるために平民の葬儀を禁止し、直接平民の死体を霊獣の餌にした。この時点で、賤民たちは一切の発言権を失っていた。
六百年目になると、ごく自然に、世家たちは霊獣が死体を食べるのは良くない、生きたものを食べさせなければならないと考えるようになった。この時、最新世代の世家の子弟たちはすでに賤民の存在を無視し、論理的には霊獣を最も重要視するようになっていた。そのため、亜健康状態にあるすべての賤民が霊獣の食料リストに組み込まれた。
七百年目になると、賤民たちの処理手順はすでに体系化されていた。毎年六百万の平民が生まれ、生後二週間で身体に焼印を押され、各家族の工場に割り振られて労働に就く。標準では、男性は五十五歳で工場から引き出され、獣苑に送られる。もし勤勉に働くか、懸命に昇進すれば、延期されるか、あるいは天寿を全うすることが許される。しかし、天寿を全うできる枠は限られているため、賤民は生まれた瞬間から努力を強いられる状態に陥る。もちろん、身体を保つことも必要で、もし不健康で病気になれば、当然ながらいかなる医療保障もなく、そのまま獣苑に送られる。女性は完全に物資と化し、容貌によって三六九等に分けられた。その内部の制度については、言葉にできない。
宇宙船「荆州78247」の人工知能は盧安を非常に排斥しているようで、そのため、ここでの盧安の意識に賤民の身分を割り当てた。この人工知能がこのような初期身分を与えたのは、要するに盧安のここでの意識が早く死んで生まれ変わるように仕向け、自分の支配する秩序内で勝手に騒ぎ立てないようにするためだ。まるで、ある店がある客を歓迎せず、わざとまずい料理を出すようなものだ。
その人工知能の論理に従えば、整備を担当する人間である盧安は、分意識がここで死んだとしてもそれは死とは見なされず、単に不快な記憶として扱われる。しかし、この人工知能は大きく間違っている。盧安の全ての分意識は生存本能に従った態度で各宇宙船に乗り込んでおり、ほぼ全ての分意識が自らを意識集合体の主要な中核だと考え、それぞれが分意識群の中で自らの目的を果たそうとしている。これまでのところ、自殺を望んだ分意識は一つもなく、他の宇宙船にいる自分が自殺すべきだと考えた分意識も存在しない。したがって、この荊州78247号宇宙船内では、この李252511の意識体はこの宇宙船を憎悪の対象としたと言える。
そして意識集合体の中では、趙明意を含む全ての意識が、そのような環境下で自らに爆発的に湧き起こったある種の極端な感情を感じ取っていた。
李252511の意識が現在抱く極端な感情は、盧安の意識群の各分意識を深い思索に陥らせ、自分が同じ環境に陥ったときにどう理性を保つかを絶えず考えさせている。
もちろん、これらの分意識の理性的な思考が、この李252511の意識を怒りに振り回されることなく、冷徹な感情でこの世界を見るようにさせている。
李252511号、冒頭のこの「李」は、李家という門閥の財産を表す。生まれてからずっと、彼は抑圧の中にあり、基本的な生存権すら年限を刻まれ、三十二年と制限されていた。しかし、李252511自身を除く他の全ての平民たちは、おとなしく従順で、獣の口から逃れられることを望んでいた。十歳を過ぎてから、李252511号は周囲の人々を率いて反抗しようという考えを絶っていた。
工場で配給される食料は限られているが、李252511号は最初に結丹を始めた。これで盧安のすべての分意識は自分の資質がどのようなものか理解した。




