0483 人の道、不足を損じて余りあるに奉ず
孫衍道に師門へ導かれて以来、趙明意は毎日の複雑な修練を始めた。
錬体は内腑を鍛えることに分けられ、吐納法や筋を鍛え、骨を鍛える、すなわち重しを背負って馬歩を行うことが含まれる。血気を鍛えることについては、長時間の運動時に心拍数と呼吸を調整することである。
修練中、趙明意の脳裏に再びあの言葉が浮かんだ——「我々の意識と物質世界は共存しており、広義には我々の意識そのものが一種の物質現象である。物質が意識を決定し、意識の表現が物質発展の方向を決定する。意識がこの物質世界で表現されるあらゆる方法は、すべて物質を通じて現れる。」
そうだ、修行は思い通りにはいかない。「結局は物質に作用させる必要がある。その物質とは自分の身体だ。体を鍛えるあらゆる段階は身体に対して行われる。では精神を鍛えることは?一体何に作用するんだ?」趙明意は苦しそうに馬歩の姿勢を保ちながら汗を流し、体内を乱れ動く気の感覚を感じ取りつつ、あれこれと考えを巡らせていた。
孫衍道は何も言わず、しかも趙明意が尋ねた後、叱責を受けた。「好高鶩遠にしてはいけない。まず今の身体を鍛え上げる段階をしっかりとやり遂げなさい」と。
叱責されたとはいえ、表面的には素直に課題に取り組んでいたが、趙明意の頭の中は精神を鍛えることは、結局身体のどの部分に作用するのか、と想像を膨らませ続けていた。
空が白み始めたばかりの庭先で、趙明意は日の出を待ちながら、眉をひそめあれこれと思いを巡らせていた。
趙明意が星空を見上げると、ぼんやりとした中で、情報が頭の中に浮かんだ。無数の線、光の点を放つ線が全身に張り巡らされており、そのすべての線の中枢は頭部にあった。
もし現代人がこれらの線を見れば、それが神経細胞であることにすぐ気づくだろう。しかし、記憶が大量に欠落しているため、趙明意はただそれが、煉神の際に自分の身体に現れた変化の部位であることをおぼろげに理解するだけだった。そして頭の中に浮かんだこの情報は、主意識が自分にくれた答えだった。
分意識が世界の探索に努めるのとは異なり、シャトル内の主意識は、分意識から送り返されてくる疑問の処理に専念していた。
各分意識が探索の過程で徐々に展開していく中で、この時の盧安は深刻な問題に直面していた。各船の自分は記憶が欠落し、人格さえも損なわれている。限られた時間内でどうやって任務を遂行するのか。それが今回の任務の成否を握る鍵だ。
そんな中、シャトル艇内の盧安は突然ある重要なことに気づく。|演変《演変》の配下には優秀な者が多いのに、なぜ元一配下の自分にこの任務をさせるのか、と。
盧安の目には、高次元の存在は過ちを犯さないと映っている。だから、より深い理由があるはずだ。
趙明意は依然として成長に努めている。主意識の自分が今何を考えているのか感知できないが、趙明意の心には常に恐怖がつきまとい、目の前の自分の遅い進捗にパニックを感じている。だから少しも気を緩めることができない。
夜がすぐに明けた。
客室で、一晩中座禅を組んでいるように見えたが、実は密かに観察していた孫衍道は目を開けると、全身汗まみれの新入弟子を満足げに見つめた。
彼が客室を出た後、手を趙明意の脈に当て、軽くうなずいて言った。「初めて門を入ったばかりだが、学びを怠らなければ、きっと成果が得られるだろう。」
実は、孫衍道は趙明意に対してかなり満足しているどころではない。この弟子はまさに天から降りてきた天才で、体内の霊華が集まる速度は、あの大きな門派にも引けを取らない。
宇宙空間に残した盧安のあれほど巨大な超エネルギー――巨大なダークマターが、今ゆっくりとそれらの分意識がある物質と結合している。この大規模な結合こそが、趙明意が今急速に進歩している理由である。
ただ、趙明意には天才としての自覚はなく、ひたすら食事を求めていた。自らの体内に積層物質を形成するには大量のエネルギーが必要である。名門の弟子たちは、数十年、数百年と大量の物質を蓄積した霊草や霊果を直接口にする。しかし孫衍道は現在、手元が不如意であり、盧安に蓄精養鋭させるしかなかった。つまり、自身の肉体の生命活動を通じて物質を積み重ねるのである。
これこそが、この世界の生命と地球の生命との異なる点を示している。
地球上では、富を得て千軒の家を買うことができても、同時に寝られるのは一部屋だけだ。大量の山海の珍味を買うことができても、その口で食べられるのは限られた量だけである。もし暴飲暴食をすれば、肥満になったり、脳血管が詰まったりと、さまざまな問題が降りかかってくる。
人間の炭素基の身体は有限であるため、基礎的な欲望も限られている。飲食や温飽といった基礎的な欲望が満たされた後、人間は他の追求を追い求める。金銭、女性、権力……追求の方向性は様々だが、現実における最終的な競争の中では、やはり知識の探求を追い求める存在こそが、この世界に存在するのに適している。
しかしこの世界では、飲食という項目に限って、人間の欲望は無限に見える。ここの人間の胃腸に収められる量は一定ではない。
宿屋では、数キログラムの肉料理、饅頭、果物が運ばれてきた。趙明意は左手に饅頭、右手に肉の切り身を持ち、がつがつと食べている。皿に山盛りになった食べ物と、趙明意の痩せ小さな体は極めて不釣り合いだった。
趙明意はこの世界での自身の違いを感じ取った。これらの食べ物が腹に入ると、本来なら非常に腹が張るはずだった。しかし、これらの食べ物が胃に入り、胃の筋肉の強い蠕動運動によって、素早く腹部(丹田)へと進み、腸の中で何度か動いた後、丹田内の気の巡りによって、暖かい熱流となって全身に広がっていった。
「満腹になったら、精を練り気に化すことを怠ってはならぬ。」と孫衍道は懇々と教え諭した。
趙明意はテーブルの皿を見てから、恥ずかしそうに言った。「師匠、まだ召し上がっていないのですか?」
孫衍道はやや安心したように言った。「今の私には食べ物で精を練り気に化す必要はない。修練の者は、金丹を結んだ後は、金を服し玉を吞み、これらの不純物のないものを摂取するのだ。」
「不純物?」趙明意は自分の皿を見て、それから自分の腹を触り、はっと悟ったように言った。「ああ、わかった。食べ物には不純物が含まれているから、食べれば排泄する。排泄とは不純物を排出することだ。師匠は修行が高いから、もし食べ物からまた摂取しようとすれば、食べる量が多すぎる。もし食べ物で精気を練っていたら、毎日不純物を排出するために、便所にこもり続けなければならない……」
パシッという音とともに、孫衍道は趙明意の頭を叩き、怒鳴った。「師を軽んじるとは!そのような汚い言葉を使うとは、門派の戒律というものを思い知らせてやる!」そう言って手を振り上げ、叩こうとした。
趙明意はすぐに許しを請うた。孫衍道は趙明意がひたすら「師匠、私が間違っていました。師匠、叩かないでください」と言うのを聞いて、思わず首を振り、怒っているのか呆れているのかわからない様子で言った。「とっとと稽古に行け。」
趙明意が去るのを見た後、孫衍道はゆっくりと言った。「あなたの悟性は極めて高く、心性は純朴だが、しかし口に遮るものがないので、災いが身に降りかかる恐れがある。」
確かに、趙明意が脳内補完した高級修練者のエネルギー獲得の状況は本当だ。高級修練者にとって、食物の中には消化できないものが多くある。例えば食物繊維は、畳性物質を取得した後、これらの物質は排出される。
その点で、妖獣と人間は異なり、妖体は常人のそれをはるかに超えている。妖獣の胃腸はあらゆる有機物を消化できるように進化しており、その強酸・強アルカリ環境は工場の化学反応槽さながらである。たとえ人間が腐敗しても、その環境下では完全に分解され、隅々まで消化されてしまう。妖獣が人を喰らうのは、人間の精気(畳性物質)を得るためであり、そのため髪の毛一本に至るまで、残さず食らい尽くすのだ。
人間は妖獣とは異なり、胃腸をこれ以上変化させることができないため、残された方向性は二つしかない。
一つは、特殊な方法で食材を飼い馴らし、それらの珍味をじっくりと煮込むこと。
この時代、世家大族は特殊な方法で霊果を栽培し、霊畜を飼育し、特殊な煮込み調理法で食物を畳性物質に富む食品へと練り上げる。これらの真法は、現在の朝廷に残る世家大族にのみ保持されている。これらの世家の子弟は、国を治め家を整え天下を平定し、食物は飽きるほどに精緻を求め、切り身は細かく切るほどにこだわる。これらの人々は筆を執れば朝廷で揮毫し、重鎧を着ければ長戈を振るう。
其二、結金丹、金を飲み玉を食し、羽化登仙する。
実は、食物が人体内で酸化する過程である。強還元性の物質が体内に入ると、体内の畳性物質が電子を失うのを代替し、自然により効率的に畳性物質を生成する。このように、金丹は金属を消化する器官である。
実は、この二つの方法に明確な境界はありません。道門の弟子は金丹を結ぶことを好み、西北の多くの名門正派は毎年大量の銅鉄を収集し精錬しますが、山間の霊果も採取しています。一方、朝廷の世家や高門は食物を煮炊きしますが、同時に金や玉の類を服用することもよくあります。
道門は広大無辺な出世の道を歩み、儒門は一身の浩然の真気で入世修行をします。実際には、これらは安定した利益があるからこそ、彼らはこのような堅持をしているのです。道門は金を服用する必要があるため、鉱物の集まる山岳地帯に留まります。一方、儒門は大量の有機物を必要とするため、人口の密集する平原に住み、社会統治を維持し、人間社会が自発的に資源を集める秩序を保っています。
しかし、妖族から見れば、人間はすべての生物の中で最も畳性物質の含有量が高い食料です。そのため、世に出て人を害するなら、利益を侵害された儒門は当然、姦悪を斬り除くべきなのです。
一人が倦まず弛まず取り組めることは、理想や信念かもしれないが、集団が倦まず弛まず取り組めることは、理想や信念だけでなく、必ず利益が維持している。
各意識体が様々な疑問をフィードバックした後、大渦巻きの外で盧安は黙々と総括し、そして各分意識に懸命にフィードバックした。
「世家道門は、いかなるロマン主義も抱く必要はなく、本質は依然として利益が集まってできた社会構造である。」翌朝の勤行の時、趙明意の脳裏にこの言葉が浮かんだ。




