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無窮重阻  作者: 核动力战列舰
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0422 あるからこそそうである

 新しい一日、朝食は一日の始まりだ。


 冷蔵庫から油条と牛乳を取り出し、ついでに超能力を使って油条と牛乳を適温に加熱する——電子レンジはすでに盧安(ルー・アン)の部屋の飾り物になっている。電子レンジで油条を加熱すると、マイクロ波で蒸発する水蒸気が不均一な凝結を起こし、油条の各部分の水分が不均一になり——美味しくない。


 盧安(ルー・アン)は今では超能力で料理をするのが一般的だ。盧安(ルー・アン)は火加減を完璧にコントロールでき、同時に調味料の粉末を小麦粉の中に均一に行き渡らせることができる。料理の腕前はかなりのものだが、盧安(ルー・アン)は他人の前でその腕前を披露したことはない。もし披露していれば、自分は他人から生まれつきのシェフと言われるようになったかもしれないが、自分はそうではないし、他人からシェフだと言われる存在にもなりたくないのだ。


 盧安(ルー・アン)が完璧にこなせることは他にもたくさんあるが、人々の目に触れることはない。その理由の多くは、他人から何かだと言われる存在になりたくないからだ。


 人間の思考には常に傲慢(アオ・マン)さがつきまとう。他の存在が何らかの特性を示すのを見ると、ついそれを当てはめようとしてしまう。他人を見る時も同様で、誰かが何かをするのを見て、その人はこうあるべきだと思い込んでしまう。実際には、誰も生まれながらにして田を耕し年貢を納めるべきではなく、誰も生まれながらにして他人のために科学技術を開発するべきでもなく、誰も生まれながらにして他人に道を譲り指導を受け入れるべきではない。もし利益が十分でなければ、極めて少数を除いて誰も献身しようとはしない。


 盧安(ルー・アン)は困惑した感情を込めてこう評した。「この世界の視線はあまりにも固執している。もし本当に一つのことを示せば、彼らに『自分はこうあるべきだ』と強制的に思い込まされてしまう。私は雷鋒(レイ・ホウ)ではない。私は自分のためにだけ行動する。」


 盧安(ルー・アン)は朝食を温めながら、プレビューで新聞を開き、他のプレビューでは携帯電話、パソコン、テレビをつけて、一斉にニュースを流し始めた。


 予演中に盧安(ルー・アン)が最新ニュースのコメント欄を見たとき、思わず笑って突っ込んだ。「この世界は本当に現金なものだ。」


 そう、世論は逆転した。女性の気変わりよりも早く。


 虎部(フー・ブー)と玄鳥部《シュエン・ニアオ・ブー》は共同声明を発表し、最新の超能力誘導薬剤が登場し、一定の確率で普通の人の超能力胚を誘導して発芽させることができると発表した。超能力交流会に関する様々な称賛の言葉が、潮のようにネット上の各フォーラムにあふれている。


 ただし、盧安(ルー・アン)はこの共同声明の最後の文を見た。「現在、衛生部の審査を待っている、近いうちに必ず皆がこの素晴らしい時代を共有できると信じている。」


 この一言に、盧安(ルー・アン)の暗い側面の感情は即座に、この情報を流した者の邪悪な意図を察した――それは衛生部を火あぶりにするようなものだ。薬の効果がどうであれ、これから衛生部の正常な検査と承認作業は世論の干渉を必ず受けることになる。特に盧穹(ルー・チョン)という悪党は、すでに上海でボランティアを募り、オンライン申し込み方式で多数の支援者の中から小規模に選抜していた。


 盧安(ルー・アン)は事前確認でこのサイトにログインした。申し込みと健康診断のアカウントが多すぎてサーバーがダウンしており、一部の掲示板では関連する詐欺の手口まで派生していた――このアカウントに送金すれば、内部の枠を取ってやる。


 一方、世論の多くは不満の声だった――枠を取れなかった人が「主催者が枠を私的に決めたのではないか」と不満を漏らしている。また、なぜ上海でボランティアを募るのか、なぜ全国で募らないのかと疑問視する声もあった。


 実のところ、民衆が興奮するのも無理はない。このような自己利益になることの前では、誰もが奪い合宇田(ウダ)ろう。この時、社会の「民意」(ポピュリズム)の力はすでに誰にも止められなくなっている。


 南京事件では、政府は過去においては傍観者的に沈黙していた。しかし今、政府が民衆に冷静になるよう呼びかけ、「調査結果が出てから技術の応用を承認する」と発言したことは、裏取引ではないかと強く疑われている。「これは上の人間が枠を分け合おうとしているに違いない」と、ネット上の世論は自然とこの方向に発展していった。


「また大騒動だな」と、ある感情態は面白がって野次馬根性で言った。


 別の憂慮する感情態はこう考えた。「これからの社会問題はどうなるのか?もう混乱し始めているのか?」


 民衆は関連政策が引き起こす複雑な社会問題に関心を持つことは決してなく、社会問題が身近に迫って初めて世論が騒ぎ出す。なぜなら、民衆は次のような問題を考えないからだ——自分が超能力を得た後、まだまじめに働くだろうか?反省に関わることはすべて、この時代の人々は選択的に無視する。誰もが超能力を得る前は、超能力を得ることが自分にとって良いことであり、社会にとっても良いことだと考えているが、結果的には自分を過大評価しがちだ。


 この社会の宝くじ現象を例に取る。宝くじに当たる人はさまざまだ(これはランダムと見なすことができ、社会全体のサンプルとして扱える)。ほとんどの人はお金がない前は、自分がお金を持てばこの社会にとってより良い存在になり、起業し、社会に還元し、社会の拝金主義的な富豪たちよりも社会に貢献するだろうと考えている。しかし、社会の現実は皮肉なものだ。見ての通り、宝くじに当たった人のほとんどは、この横財を合理的な投資に有効活用できず、むしろ無分別な消費に費やしてしまう。


 例えば、農民が宝くじに当たった後、理想的な行動をとれば、本来は土地を請け負って養殖業に使うべきだが、現実には無分別な消費に向かうことが多い。車を買ったり家を買ったりするのがそれだ。この点について、盧安(ルー・アン)も農民のことは理解できる。もし宝くじに当たった農民が自分で消費しなければ、親戚や友人たちが彼の代わりに「消費」に来るだろうし、起業しようとする当選者の考えをさんざん嘲笑うのだ。もし起業に一度失敗し、経験や教訓をまとめる必要がある時、これらの連中は慰めないばかりか、むしろ諦めるように勧め、「お前ごときが金で金を増やそうなんて、やめておけ」といったような嫌味を言うのだ。彼らが説得する理由は単純で、この幸運な当選者に現実を見せて、余計なことをするな、できれば自分たちに金をばらまけ、と言いたいのだ。


 これらの身近な人々からの打撃に耐え、失敗の経験を粘り強く総括できる者は、ただ者ではない。道理から言えば、一度宝くじに当たり、初期資金を得たのなら、リスク耐性は極めて高くなるはずで、何度か失敗しても経験を総括すれば最終的に成功する確率は非常に高い。しかし宝くじに当たった幸運な人ほど、かえって財を散じる確率が高いのだ。これは個人的な理由であり、さらに社会環境による理由でもある。宝くじに当たった人のほぼ90%以上が、突然の大金を得た後、最終的には再び貧困に戻ってしまう。したがって、これらの人々はこの社会の概況を代表していると言える。


 この概況に基づけば、もし社会に本当に一部の幸運な普通の人々が超能力を手に入れたとしたら、それは本当に民意が語るように良いことなのだろうか?


 盧安(ルー・アン)は推演して、もし本当に一部の人々が超能力を得たなら、どうして安心して働くだろうかと気づいた。これらの人々の大部分が生産活動から離れ、自らを貴族とみなし始めると、社会資源を大量に消費するだろう。このような状況では、支配階級は財政の均衡を維持するために、必然的に社会利益の分配制度を再設計しなければならない。すると新制度の下では、必然的に他の労働者への課税を強化し、より厳格な階級秩序を築き、個人の力量値に連動した社会体系を構築することで、社会の動揺問題を解決しようとするだろう。


 しかし、そのような政策がもし公布されたら、政府は一体どのような悪名を背負うことになるのか?誰がそのような政策を公布する勇気があるのか?


 現在のブルジョア政治家たちは、すでに明末の東林黨(ドンリン・トウ)の状況に似ている。東林黨(ドンリン・トウ)人が税金を徴収しようとするたびに、士大夫たちは税を担当する者を逆臣だと痛罵し、口先だけの能力を存分に発揮した。例えば張溥(ジャン・プー)が書いた『五人墓碑記』は、後世に名を残している。その結果、大明は金欠で内憂外患に陥った。そしてこの時、東林黨(ドンリン・トウ)人は失徳の汚名を崇禎(スウテイ)に押し付け、大喜びで清朝に寝返ったのだ。


 盧安(ルー・アン)は現在の上層部がどれほど厄介な状況にあるか、既に見当がついていた。これはかつて盧安(ルー・アン)がディランフィスにいた時よりも、さらに厄介な状況だ。盧安(ルー・アン)がディランフィスで立ち向かったのは、頼りにならない財閥と国家戦略を念頭に置かない軍部だった。だが今、上層部が直面しているのは、超能力者になるチャンスが欲しい一方で、失敗した場合に何の損もない退路も欲しいという状況だ――超能力者にならなくても、超能力者に搾取されない地位を求めているのだ。


「カリッ」と、盧安(ルー・アン)は揚げたての油条を噛み砕いた。「油条の味はなかなか良くて、パンにも負けない。」


 盧安(ルー・アン)はニュースについての様々なシミュレーションから思考を引き戻した。もう余計な心配をするのは面倒になったのだ。


 日本では、とある大型クレーンが鋼鉄製のコンテナを貨物船に積み替えている最中だった。


 このコンテナは普通のコンテナと見た目に違いはないが、蛇部(シェー・ブ)のマークがついた服を着た数人の蛇部(シェー・ブ)メンバーがこの貨物船に乗り込むと、苛立ちを感じ始めた。


 宇田(ウダ)は埠頭から四百メートル離れた建物の上で、目標が逃げ道に送り込まれるのを目の当たりにし、その手のひらには今、赤い結晶が握られていた。


 普通の超能力結晶とは異なり、この結晶はやや大きく、ドラゴンフルーツほどの大きさがあり、さらに微かに脈打っている――これは生きている。それは“憤怒(フェン・ヌー)”の体の一部なのだ。


 巨視的な視点で見ると、「怒り」のメインアンカーを担うこの巨大な猿は、強力な生物学的分化能力を持っており、その細胞は無性生殖によって多様な種の組織や器官に分化することができる。しかし、その分化は非常に無秩序である。この猿の左腕は毛で覆われているが、右足は海洋生物の鱗で覆われている。鱗を剥がすと、昆虫の甲殻が生えてくるかもしれず、毛を抜くと、魚の骨棘が生えてくるかもしれない。遺伝子レベルで見ると、この猿の遺伝子変異は非常に混乱していることが分かる。


 この無秩序な遺伝子の作用は、蛇部(シェー・ブ)のメンバーからは副作用と見なされている。結局のところ、皆が望んでいるのは、「怒り」と名付けられたこの存在が人類の超能力の成長を刺激することであり、人間を怪物のように変異させることではないのだ。


 幾度の努力を経て、蛇部(シェー・ブ)はついに安定した胚体を製作した。この胚活体は、元の状態を永遠に維持し、それ以上変異することはない。これこそが、宇田(ウダ)が手にしているものである。


『宇宙の影2』のストーリーでは、巨猿が倒された後、これが急速に宇田(ウダ)の体内に浸透し、宇田(ウダ)は「憤怒(フェン・ヌー)」の主錨を受け継ぎ、そして七つの主錨はすべて人類のものとなった。


「憤怒(フェン・ヌー)」のメインアンカーを完全に継承した人類と類人猿は異なる。まず、人類は類人猿のように遺伝子を無秩序に変えたりしない。この類人猿が遺伝子を無秩序に変えたのは、動物が持続的な憤怒(フェン・ヌー)の感情の下で、その単純な理性が完全に崩壊してしまったからだ。もし思考と理性を保つことができれば、肉体は安定した状態にある。物語の中では、完全に人類が継承した「憤怒(フェン・ヌー)」のメインアンカーは、一定範囲内で短期間、近くの超能力者のランクを引き上げることができ、その代償として、引き上げられた超能力者は数時間後に衰弱状態に陥る。


「宇宙の影」第四部のストーリーでは、宇田(ウダ)は強敵鄧雯(ドン・ウェン)の爆発に直面し、鄧雯(ドン・ウェン)を引き分けに持ち込んだが、怒りの感情に思考が衝撃され、思考と全身の遺伝子が崩壊寸前に陥った。彼はそのまま北極地域で氷漬けにされ、脳の一部だけがかろうじて活性を保っている——おそらくは人間が睡眠中に夢を見ている程度のレベルで、電子計算システム内の論理で思考を補助しつつ、細々と日々を過ごしている。


 この鄧雯(ドン・ウェン)と戦力が拮抗する強力なアイテムに対し、輪廻者たちは収取欲よりも利用欲しか抱かない。彼らは無意味な怒りを受け入れたがらない。宇田(ウダ)の周囲の輪廻者たちは、宇田(ウダ)を利用して鄧雯(ドン・ウェン)と一戦交えさせ、神風特攻隊の精神を発揮させて鄧雯(ドン・ウェン)を弱体化し、傲慢(アオ・マン)結晶を奪取しようと企む。誰が宇田(ウダ)に「怒り」を掌握させたかと言うと、ストーリー中で宇田(ウダ)は「怒り」を掌握する能力を発揮したのだから、「傲慢(アオ・マン)」の戦力を相殺する役に配置されるべきなのだ。

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